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コロナがベーシックインカム導入機運を加速させている

最近、私がこの10年ほどこのブログで言い続けているベーシックインカムについて、そろそろもうこれ本気で実現させたほうがいいんじゃね?という気運が世界各地で盛り上がっている。たとえば、フランシスコ教皇(ローマ法王)は2020.4.12、復活祭の日の講演で、「主立った社会運動や組織の兄弟姉妹たちへ」という書簡を発表。その中で教皇は、「今こそ、ユニバーサルベーシックインカムを検討すべき時かもしれません。これは、『権利のない労働者など存在しない』という人間的でキリスト教的な理想を現実のものにすることでもあります」とのべたらしい。また、フィンランドやドイツで、小規模ながら実際に定額を給付する実証実験を始めている。世界銀行はExploring Universal Basic Incomeというリポートを発表した(ダウンロードできる)。国連開発計画(UNDP)は臨時的なベーシックインカムの導入で、コロナの世界的拡大を防げるのではないかと提言している。私が読んできたいろんな経済学者や文明思想家、歴史家からは、必ず最後に、ベーシックインカム始めろと言ってる。あたりまえだ。資本主義は格差を拡大するばかりで、もはや底辺に置いてけぼりを食った人たちはいわば衣食足りなくて礼節知らずになってる。先進国で起こっている、解決が急がれる社会問題、例えば黒人差別、移民排斥、日本ではコロナ自粛警察、あおり運転、児童虐待、あとはまあ少子化とかうつ病や自殺の増加、少子化、生涯未婚率の上昇など。こういうのは要は金があればある程度何とかなる気がしているが、その根拠は昔から言われている「衣食足りて礼節を知る」だ。心に余裕がないと何やっても社会はだんだん壊れていくに決まってる。その余裕は最低限度の収入、これを統治権力(国家)が担保してやらないといけない。財源が心配な人たちには、私はいくらでも説明してあげることができる(膨大な関連書籍を読んでるので)。もちろん、時間がない人には短く説明もできる。近所の管理物件の壁に、ベーシックインカムとだけ書いたイメージ広告を掲出した。ベーシックインカムなんて言葉も知らないほとんどの人たちに、まずは身近に目に触れてもらって、良いイメージを持ってもらうことから始めている。ザイアンス効果ってやつだね。
じつは、政治家の中にはベーシックインカムやれって言っている人たちもいる。ところがこの動画…

炎上事案について

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SNSで、一般国民同士で誹謗中傷しあっていて見るに堪えない。匿名でネットで何でもかける場所があれば、当然そこに汚物が投げ込まれる(ひどい書き込みがなされる)のは、哲学はもとより政治学、法哲学、行動経済学からも人間の脳神経科学からも、社会心理学からもつまりあらゆる科学的見地からほぼ「自明」である。匿名でやりたい放題なのは300年前のホッブスの万人の万人による戦闘状態(『市民論』1642年)の「まま」ということであって、今私たちはそこつまり、ネット空間に、これから、国家、監獄、警察、軍隊、国民国家制度を新規に構築しなければならない。人間というのはもはや、なんの「世界観」も「価値」も「道徳」も、そんな見たことのない他人と共有出来るわけがない、これはもう完全に明らかになっている。せいぜい家族、友達くらいまでだろう。世界は存在しない。私が思うに、つまりネット炎上を防ぐのは公的部門の仕事ではないかと言うことだ。その際、行動経済学のナッジを利かせてしっかりと規制をかけていくことが当然に求められる。こういうこというと、え、それ自由じゃないじゃんと言う輩が出てくる。私もそう思っただろう。しかし、行動経済学のナッジの科学的有効性が公知となった現代社会では、最大多数の幸福の最大化のためにやれることやるべきことをやらないというのは、自由ではなくて、むしろそれは消極的な「選択」であり、非科学的で誤った意思表示に他ならない。そもそも哲学を在野で研究している私からいわせれば、「自由」なんて概念は陳腐化していて、なかなかに扱うのが困難なんだがね。ただ、どんな自由化、誰が言っているのか、何の反対語か(強制?)とか、しっかり考えはじめるのには好適。さて、炎上の被害者を「かわいそー、おお怖」と放置し、他人事で済ませる態度こそ、まさに炎上して国民同士で傷つけ合わせておきながら、企業オーナーや官僚、政治家の身分の再生産だけが最優先される今の政治を翼賛とまでいわないが、追認していることになる。ではどうしたらいいかというと、すぐにお住まいの地域の自治体の議会の議員の連絡先を調べ、訪問するなり手紙を書くなりして、この問題について公的にどんなことが出来るのか、考えてもらえばよいだろう。それ以外にない。しかし、そのためには、切手代とか、電話呂金のコストが発生する。もちろん、調べたり連絡したりとなれば、そのことのた…

資格は完全に無意味化

少なくともそれで喰っていこうと思ったら、資格取得のために勉強するのはぜったいに間違っている。特に、AIの進展により、メディアの報道によれば行政書士、司法書士、税理士、会計士は喰えなくなる資格の筆頭になっている。基本的にはすべてこれらの資格は、行政に提出する書類作成の代行になる。近年、法務局も裁判所も税務署も、本人が行けば極めて親切に教えてくれる。これは考えてみれば当たり前の話だ。憲法などで、国は国民の福祉を保証しなければならない。その幸福追求の途上において、種々の行政手続きが必要になる。その手続きを本人がやろうとして、税務署や法務局にやって来た。そういう国民に対して、税理士に聞いて、とか、司法書士に頼めば?といって追い返すことは違法のそしりを免れない。食えないからといって役所に来た生活保護受給希望者を追い返すことさえ今はやりにくくなっている。ましてや、きちんと法手続をしようとやって来た国民の質問にきちんと出来るまで答えないなど許されるはずがない。ところで、わたしはAFP(ファイナンシャルプランナー、2級FP技能士)という資格を保持している。もちろん、ご多分に漏れずこの資格では飯は食えない。この資格のおかげで、所得が増えた年はこの16年間、一度も無かった。逆に、年会費や維持費(継続テスト受験料)で毎年2万弱かかっている。2004年に取得して以来、16年間払っているから、32万円を日本FP協会に払っている。収入はゼロなのでここだけみると完全に赤字である。収入をもたらさない活動なので、これは仕事ではなくて、「余暇活動」「趣味道楽」と呼ぶべきものだろう。司法書士:月額2万(入会金30万)行政書士:月額7千円(入会金30万)弁護士:月額5万弱(入会金不明)税理士や会計士、司法書士の知り合いが私にもいるが、私の知り合いに限っていうと、その資格のおかげで独立して収入がある人はいない。どっかに勤めて生活している。しかもその勤め先で、必ずその資格を持っている必要がある人はほとんどいない。要するに、士業はオワコン、少なくともそれで食べていこうというのはオワコンだろう。もちろん、私のように単なる向学心から勉強したいという人は別だ。資格勉強も、生活のためではなくて、趣味の読書の延長程度にとらえれば、それなりに面白いものだ。ただ、先に書いたように、月額数万単位でかかる趣味。これは家族とよ…

前野隆司先生の受動的意識仮説について

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前の先生の「受動的意識仮説」について最近勉強したので発表する。まず私の長年のナゾの数々が、受動的意識仮説によりあらかた解決した。勉強やダイエットが三日坊主で終わるのはなぜか?例を挙げるまでもない地位職業を問わず「やらかす」(キレる)のはなぜか?政治家の失言とか芸能人の不倫とか、あおり運転とか自粛警察とか。地頭がいいというのはどういうことか?意識、自分、宗教などがなぜ陳腐化するか?そもそも意識があるとして「寝てる」ってどういう状態か?人間の数兆の細胞を、意識が全部コントロール出来るわけがないそもそも受動的意識仮説は、能動的意識仮説の真反対の考え方。これが出発点だ。能動的意識仮説は、まず意識が先にあって、すべての人間の行動は、「喉渇いた、ジュース飲もう、買いに行こう」というふうに脳内に意識が湧き起こり、その結果脳から指令が出てジュースを買いに行く行動がはじまるというもの。脳内の因果関係としては、「ジュースを買いに行こうと思う」→買いに行くである。一方受動的意識仮説は、この逆なので、まず買いに行くという行動が起こる。で、「喉渇いた、ジュース買いに行こう」は後付けなのである。ここで、そんなバカなと思うのは当たり前である。ここで読者に寛容をお願いしたいのだが、そもそもみんな当たり前と思っているたとえばダーウィンの進化論。あれアメリカの4割は信じていないので。じゃあそいつらは人類の進化をどうかんがえているか? もちろん、人は神様(創造主のキリスト)が作った、以上! 当たり前なんてものはこの世に存在しないのでよろしく。で、じゃあ、なんで、ゼロベース(ジッとしている状態)からジュース買いに行くって、どういう指令で筋肉に信号がいくのかーい? 前野先生の説明によれば、人体の自律神経系統(内臓を動かすなど人間が寝ているときでも働いている系統)からまず信号として脳に喉渇いてるぞと行く。すると別の自律神経回路がじゃあ水分を求める必要があるなとなり、まず目とか、脳内のエピソード記憶などから周辺の自動販売機などのデータを動員して、で、即座に手や足を動かして歩き出すという行動となる。その0.3秒後くらいに、やっと、意識(脳)が、これらの無意識の行動(自律神経由来の行動)は「喉が渇いたからジュースのみに移行」と意味づけるというわけだ。他にも例がある。動画で言われていた。人間の意識の働きを、企業の社…

波頭亮氏とじゅんちゃんの対談 哲学入門チャンネル

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わたしが尊敬している波頭氏。ホントにえらい。この人は頭がいいだけでなく、社会をよくしていこうときちんと考えている。そしてその結果、絶望してる(涙)。
まあ、普段このブログは、一桁とか、多くても30人ものたくさんの読者の皆さまにご高覧いただいていて感謝なのだが、先日「ヘライザー」をタイトルにもってきただけでどっかでバズって420人もの閲覧数。これはエンタテイメントの力について後ほど考察したので一つのヒントになる。
今日は、近所のチェーン系外食店(価格高め)に行ってきた。驚くべきことに、そこで働いているのは、全員がわたしが卒業した中学校のOGやOBであった。彼らは全員大学生である。
つまり、学生アルバイトだけで、その店は完璧にまわっていた。
で、飲食バイト、学生と聞くとたぶん、さぞかしblackなんだろうと思ったらこれがまったく違う。むしろ、サークルのようなノリである。男女とも仲良く(当たり前だ、年齢も近く全員地元でオナチューなんだから)。
正直、見ていて、まあ制服を着こなして颯爽と接客する様子は、学生時代によく観に行った学生演劇っぽさすら覚えた。今風に言うとコスプレだ。
こういう体験を踏まえて、波頭先生の動画を見て思うことは、たしかに企業は競争をすりゃいい。政府は企業に補助金やら税優遇で、競争の公正をゆがめてはならない。しかし、同時に、こんな学生の大切な居場所であり稼ぎの場になっている企業が、単に競争上の理由であっさり店じまいしたら私はそれは、彼らへのたとえばBIなんかで報いるだけでは済まない気もしている。社会関係資本がそこでは共有されている、生み出されてる。そういう居場所としての仕事場をどうとらえたらいいのか、これは考えるのはとても楽しい。
で、もう一つ、波頭先生が動画で言っていた。私も読んだ、ジョナサン・ハイトのなぜ人は右と左に別れるのか、という本について。結論から言うと、DNAで生まれつきそういうイデオロギー判断をするように組み込まれているという。これは科学的な話しである。
波頭先生は、嘆く。公文書改ざんしたり黒塗り文書出したりはては、議事録を全部なかったことにしたり、記者と毎日夕食したりと言った民主主義の根幹を揺るがすようなトンデモ政権に対して国民とメディアの支持は盤石である。いったいどういうわけか。
私や、この動画チャンネルの主宰者である在野の哲学者じゅんちゃんも、日々の配…

竹中平蔵氏のベーシックインカム論を批判する人たちを批判する

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竹中平蔵氏がベーシックインカム導入、国民一人あたり7万配ったらどうかといっているがいっせいに批判されている。批判する人たちの主張は、おもに次の2点だ。7万は少なすぎる生活保護、厚生年金をなくすのはあり得ない竹中氏は生活保護、厚生年金も止めて7万にすればいいといったらしい。私は2004年にファイナンシャルプランナーの勉強をして合格し今も継続教育を受けて、年間1万数千円を上納して資格保持している。それで社会保障とか政府の税金の使途について興味を持って勉強もしてきた。さらには資本主義がポンコツ自動車で、かといって他に乗り移る車もないし、何とか巧くこれに乗り続けないといけない人類の未来も、世界の英知の著作を読んで絶賛共有中なおかつ読んだ本を無料で地域に開放するオープンライブラリーを勝手に作って拡散中である。この結果、このブログのドメインや表題の通り、もうベーシックインカムしかないというのが私の訴えの結論である。それで言わせてもらいたいが、かつて、これほど政権に近い人物が、ベーシックインカムを唱えたことはなかった。このこと自体をまずまっすぐに評価し、じっくりと味わいたい。うれしさのあまり、仕事が手に付かないほどである。不肖私、もう10年以上前からBIを言い続けてきた私にとって、まあたしかに小さい政府を施行する新自由主義者もBIをいうのは知っていたにしても、BIはまずもってその本質は、マネーの再分配の政策だということだ。つまり、政策である。ここで、ぷっと笑ってしまう。政策というのは、法律を作るための方針のようなものだ。BIには法律の整備が必要だ。ではその法律を作る人はだれ?もちろん国会議員だ。だから、政策の実現には法律を作れる国会議員が必要になる。で、今、BIを批判している勢力の人たちって、たぶん野党だろう。そいつら、私の見立てだと小選挙区制が変わるかなにかしないと政権のバトンはぜったいにやってこない、つまり法律になんか関わることは一切出来ない。無理筋(野党支持は無理筋のおとぎ話と思ったから自民党党員に私はなったのである)。そいつらがポジショントークでBIを批判している。まったく、論外である。それは彼らの永田町就職活動なんであって、国民の幸福とは無関係な話だろう(本項の結論としては、社会のバージョンアップのためには赤ん坊つまり次世代が物心つく前から金を渡す、金=時間だから、…

幸せとは何か

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あるユーチューバーはもともと地方のキャバクラ店でとてつもない売上をたたき上げ、一財産を若くして築いた聡明な女性である。 今年3月ころに、お客のひとりと結婚。結婚した理由は浮気しなさそうだというのと、とても好きになったからというもの。ふたりの幸せな新婚ライフは、彼女のYouTubeチャンネルを通じて広くシェアされた。 ところが同年8月には、夫が、夫のSNSで残念な書き込みをして炎上することが度重なる。夫はユーチューバーの配偶者であることを公言している。この炎上を夫はまったく気にしなかったが、妻のほうが精神的にまいってしまう。 ふたりでいるときはとても親密に、いちゃいちゃでれでれしていたし、もちろん夜はふたりで寝た。このことは新婚当初の動画で本人が言っている。彼女は大好きな夫とふれあえることで幸せを感じていた。 ところが、炎上事案が生じてからは、ベッドは別々である。そしてこれも動画で本人が言っているのだが、離婚も視野に入れているようである。この間わずか半年足らず。 いったいなぜこんなことがおこるのだろうか? もともと生物の成り立ちとして、男は、歳を取ってもやんちゃな男の子のままだったりする。一方女性は、男性より頭がよく、また社会的コミュニケーション能力も優れて紛争を好まない。そういうのはさておき今日はこの二つの動画を紹介したい。まず、幸せってなんだろうか?
同じ前の先生による動画だが、今度は、人間の意識に関する興味深い視座。

ポランニー、労働や貨幣が商品になじまないことから資本主義の危機を指摘

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労働を商品にするからこういう動画が登場すると思います。もちろん、動画があるから現実社会にそういう事実があるというのは因果律から言っておかしいんですが、蓋然性がないと言い切れませんよね。まずみて下さい。


ちょっと動画とは趣旨が一見異なるんですけど、要はこの動画は中抜きがおかしいといっている。しかし中抜きもおかしいが他にもおかしいことはある。
私はかれこれ20年以上にわたって、支払われない労働つまり、家事育児をやってきたんですけど違和感と疲弊感しかないです。それはどうしてかというと、そもそも労働というのは商品化されるべきものではないんだろうと。もし、労働が商品なら、私の家事育児労働はなぜ支払われないんでしょうか?
オイそこの資本主義、答えろよ!
なんでオレの、今日も120分くらいやった、床掃除、皿洗い、ゴミの分別、こどものお世話(スクリーンオフのためのあれこれ)、こどものアルバイト先に提出するための履歴書の作成のサポートや印刷、こういうのなんでだれも1円も払ってくれないんだよ!
説明なんてできっこないんでしょ、私のアンペイドワークがアンペイドの理由を。もちろん正当化だってできません。
じつは説明している人はいるんです、たとえばミード。いろんな未開社会をつぶさに観察した結果言えること、それはその社会が、性差に基づいて、ある種の役割を男にやらせることに、単に決めただけという身も蓋もないこと。要は理由はなくて、ある時点でそう決めたあと、ずーっとその社会がダラダラ全霊踏襲してきただけってこと。オエッ(嘔吐)。
人間が生まれながらにして自由や人権享受出来るんだったら、ベーシックインカムしかないだろうよと。それがないから搾取に甘んじたり、無償のままに甘んじざるを得ないんだよ。
ポンコツ大工のオッサンも、このあと紹介する若い哲学者も、結局同じことを言っている。資本主義のポンコツぶりを言っている。


資本主義のポンコツぶりは端的に言って、ほとんどの経済学者(数式大好きただし自然科学分野へのコンプレックスから来る変態的フェティシズムからの)が説明出来ない、いまのこの国家債務大膨張マネー大増刷にもかかわらず続くナゾの低金利と、一切起こらないトリクルダウンとすべての労働、商品の低価格化による格差の拡大。
ポンコツ大工ですら言い出してる。どうする? 少なくとも私は無視出来ない。

昨日に続き、ヘライザー様。上記まで…