書籍の自炊、問題点

作家らが最近、横行する自炊業者100社以上に宛てて質問状を送ったという。作家のこの活動はむなしい努力だと思う。法律を変えなければダメだろう。今の法律だとグレーっぽいし、罰則があっても果たしてそれで取り締まりがあるのかどうか。たぶん無さそうだという感じがする。

本というのはこれからはフェティシズムの対象、コレクションの対象となる。昔みたいに、一冊一冊番号が振られ、図書館や、一部の収集家、専門職だけが「蔵書」として購入することになる。

その他の本は、ネットでデータで流通するほかない。紙で読みたければ、その日読むだろうページ数だけプリンターで印刷すればいいだろう。最近のプリンターのほとんどは、製本印刷といって、数十ページのものを、二つ折りにして小冊子にできるよう、印刷する機能がある。

図書館なら借り手が出たら、その都度、借り手が持ってきた電子書籍へ閲覧期限付きでダウンロードさせればいいだろう。

そもそも毎日新刊書が300点もあるのはおかしい。その流通の意義は消費者の利便性とは(電子書籍環境がこれだけ整ってくると)縁遠くなったし、地球環境保護の観点からも望ましくない。新刊書が膨大に出るのは出版社や書店のキャッシュフロー対策という側面がある。

そんなわけで、数千冊の蔵書を、アパートまで借りて管理している当家の「自炊」事情を紹介しよう。さすがにアパートを借りているとなると経済合理性から家計に不合理な負荷がかかりすぎる。そこで今年春から、整理することになった。

必要な本は次の3つに分ける。処分、売却、電子化、蔵書。蔵書は十分の一程度にすることが目標だ。

電子化では、保有する印刷会社の資源、断裁機やPCネットワークシステム、単能工といった資源を使って効率的に行う。

スキャンスナップで読み取り、NAS(Network Attached Storage=ネットワークに接続されたデータサーバ)にどんどん入れ込んでいく。必要な本は適宜「テキスト検索できるPDF」に変換(これが非常に時間がかかる)していく。そして、今のところ読む端末はソニーのリーダー。安いし電池の持ちがよく、軽いので採用したが、画面が小さいのでPDFで四六版だとスクロールしないとダメだ。また、テキスト化した場合、ページ数やヘッダーに印刷された要素が、本文のすきまに入り込んできてしまう。改行コードもいちいち各行の終わりに入るので、そのままではとうてい読むに耐えない。もちろん誤読もそれなりにある。

少なくとも四六版原寸が読める程度の大きな画面の端末が必要だ。



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