民主主義のストレステスト

男尊女卑のこの国で、お母さん革命が起きている。女性たちが原発の再稼働を止めようと運動を始めた。

世田谷で、いいだてむらと同じくらいの2.7マイクロシーベルト(一年間で20ミリシーベルトを超える、そうすると子どもの場合1万人に200人以上が癌で死亡する)が検出された(あとで原発事故と関係ないと分かる)。

そして、福島県の、国際的には目をむくような高線量(470ベクレル)で汚染された「汚染米」が、農民や高齢者の支持を受けて当選した知事によって首都圏の消費者に向け「トップセールス」されることになった。

1ベクレルでも、空間に放射線がピョーンと出てきて、それが人体のDNAを傷つける。修復されるかもしれないし、されないかもしれない。されなければ将来ガンになる。福島の知事は、安全性をアピールして売り込みたいといっている。470ベクレルのどこが安全か。まったく安全じゃない。首都圏の消費者をバカにした話だ。

私は即座に小金井市の教育委員会に電話をして、例のごとく質問した。失敗した民主主義の産業廃棄物である、放射能汚染された福島県産米を子どもの給食に出すのかどうかを。

訊いたら学務課の加藤さんから教えてもらったところによると仕入業者の出してきた米のリストに当該県産は含まれていないとのことであった。

この国はかように狂っているわけだが、結局民主主義をこれまで、議会制民主主義ということで、投票したらあとはお任せ(若者は投票にすら行かない)、頭のいい東大卒エリートに、行政もお任せでやってきたことのしっぺ返しが来ていると思って間違いない。議会制民主主義では、国民は投票するまでは自由の身、そのあとは奴隷、無になるということを、哲学者のルソーもいっていた(と、東京新聞の社説で読んだ)。

まったくだ。

もはやこれは民主主義のストレステストのような局面である。ノーベル賞受賞者の大江健三郎氏が、6万人脱原発でものスピーチで、私たちは集会やデモによってのみ、主張しうるといっていた。投票ではないところがミソで。メディアも私たちの主張を無視するし、政治家は行政やアメリカの意向ばかり気にして有権者の話は無視。デモやブログ、ツイッターで、日本でも「福島の春」みたいな、正しい民主主義の運動が起こってくる、そういう気運が高まっている。

戦後の混乱期に近い数の生活保護受給世帯の伸び。激増する高齢年金受給者。枯渇する財源。国際的な与信枠に不気味に近づく国債発行残高。

民主主義のストレステストでは、ひとりひとり国民が、担い手として判断力が問われる。ひと言でいうと、それは途方もなく時間がかかるし、面倒な作業である。でもやらないと歩いているそこら辺で被爆して癌で死ぬかもしれないし、暴徒化した人たちにけがを負わされるかもしれない。

このブログの人気の投稿

太陽光発電導入記完結編 発電開始!HEMS AiSEG設定奮闘記

アキバチューナーカンカン設定奮闘記【重要追記あり】

家庭裁判所が決める成年後見人、成年後見監督人月額報酬