専業主婦だっていいじゃん

上杉氏のコラムを読むと巨大メディアの相貌のうち暗く深い溝のようなものを垣間見ることができる。メディアを批判的に読み解くことのできる国民し過去の私のブログなんて読まないだろうからあれだけれども、ちなみに私の言説スタンスが摘菜収氏と似ているかもしれないということに今日気がついた。やたらニーチェとか哲学とか言ってるし。早稲田出てるし。

でも本当はちょっと違うんで。私はもっと、フェミニストというか。家事育児について真剣に考えたい。

ところで先日、学生時代の友達と話して驚いた。東京女子大学を出た優秀な彼女は、まさに専業主婦にこそなりたいといっていたのだ(まあ実際、そうなってるんだけど)。

彼女は二歳半になる息子の世話を午前中、一生懸命することについて、何の疑問も持たない。それどころか、かわいくて仕方がない、あずけるなんてかんがえられないという。溺愛だ。

ここでまた衣食足りて礼節を知るという言葉が出てくる。衣食は、最低限の生活の必要。礼節は、それが満たされて始めて出てくる高次の文化的活動だ。

彼女の場合、この高次の文化活動欲求が出てこない。非常に知的で聡明であるにもかかわらずである。

私は、彼女の「一番の幸せは、純粋に専業主婦だけをやれること」だという言葉に、返す言葉を失った。というか、家族社会学の山田昌弘先生は、むしろこういうタイプの女性が過半数だと本に書いていたのを思い出した。

となると、私含め、女性から専業主婦の地位を奪い、社会参加に駆り立てようとする力はいったいどこから来ているのだろうか? わかった。なぜ、専業主夫が子供を預けて働かなければならないかというと、夫の収入が低いから。なぜ低いかというと、経済のグローバル化の中で、貿易相手国との給与所得の差が均衡してくるから。

なるほどー。女性から専業主婦の地位を奪ったのは、経済のグローバル化の進展だったんだー。

冷静に考えれば、私だってもし、嫁さんだけの収入で子供だけ育ててればいいのであるとすれば、それはそれで結構なことだよ(もっとも私の場合は根がオタクなので空いた時間を家事育児以外の「高次な文化活動」に使うかもしれんが)。

いろんな人が、結婚式のプロフィールで、夫への一言という欄に「お料理がんばります!」と書く。それこそが幸せな家庭なのである。ジェンダー額の研究者が言うように、お料理をなぜ、女性だけが担わなければならないのか、とかは、今の若い人のほとんどが考えていない。なんとまあ。


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