金がなくても手に入る優越感

昨日金曜日、真夜中の午前零時。日付も変わり、一日の疲れで手に血管も浮き気味、人生のすべてに倦んだ私の目に飛び込んできたのは、高架の上で止まっている一両の中央線下り快速電車の姿だった。

最近の電車は静かだから、停車時は無音だ。高架の上で、暗闇の中一筋の光となって静かに浮いている。相当違和感のある光景だった。遠目から見る車内の様子は、金曜日の夜なのでそれなりに混んでいる。東京西部に買った、住宅ローンの残る家やマンションへと帰る勤め人たちが多かろう。

しーんとしてみんな下を向いて、スマホをいじったりしている。みんな、この午前零時の真夜中に、静かに浮いてとまっている不条理な光景の当事者なのに、ほとんど動かない。おそらく車掌は信号待ちだからなどと停車の理由をアナウンスしているのだろう。

程なくして、車両の前方、赤信号が黄色に変わった。すると、シューっというブレーキの音が闇夜に響き渡る。ブーンという電気音とともに、ゆっくりと車両が走り出した。

ただ見ていただけだが、黄色の信号に変わった瞬間を、車両に乗っている誰よりも早く、運転士と同時に私だけが見たんだと思うと、その情報強者ぶりにすっかり調子がよくなった。

こんなことでとてつもなくテンションをあげるくらいしか。いやこれは、貧乏人が身につけた今を生きるスキルのひとつかもしれないし、単なるルサンチマン的欲求の満足かもしれない。

というわけで、國分功一郎さんの暇と退屈の倫理学をアマゾンで買った。アーよかった。ちなみに彼は小平に住んでいるので近い。しかも保育園に駐車場を作れとか学校の校長にあれこれ働きかけて地域社会をよくする活動もしているという(文化系トークラジオlife10月25日放送、より)。

立派な哲学者だからね。新刊で買ったよ。

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