ハンス・ロスリングと魔法の洗濯機では出て来なかった論点
洗濯機を使えるのは世界70億人のうち20億人。20億人の「Washing machine line」より上にいる人は、洗濯物の手洗いという重労働から解放され、図書館へ行って本を読んだり、語学を勉強したりする時間が手に入った。
私は幸い、ハンス先生の言うWashing machine lineより上の20億人のグループに含まれるから、洗濯物を手洗いする労働は免れている。
しかし、ハンス先生も気が付かない(というかこのプレゼンからは割愛されている)、まだ残されている労働というのがある。今、このブログを書いているのは深夜1時半。台所のシンクには、6時間ほど前に家族がとった夕食の食器の洗い物がそのままの状態で残っている。
ブログを書き終わるまで、洗い物は片付かない。なぜなら洗い物担当は私だから。洗い物のメインの部分は幸いにして食器洗い機がやってくれる。しかし、食器洗い機に入らないものや、前に使った食器を食器洗い機、ちょっと待って、大事だから箇条書きにしよう。
- 食器洗い機に入れる前の下洗い
- 食洗機の中にある前に洗ったものを取り出す
- 取り出した食器を食器収納棚へ分類収納する
- シンク周辺の清掃
- ゴミ出し
- ゴミ箱のビニール袋の交換
- 台拭きの消毒
- 食器洗い機に入らない大きな調理器具や哺乳瓶を洗う
洗濯機もそうなのだが、確かに洗濯機が登場したから、手で洗濯物を洗わなくても済んだ。しかし、洗濯機に洗濯物を入れたり、出したり、乾燥機にかけていいものとダメなものを仕分けしたり、ダメなものは外に干したり、乾いたら乾燥機から出してたたんだり、それを分類して収納する手間は残っている。
洗濯機(食洗機も)は、膨大な化石燃料を消費するのだが、その割には、述べてきたように付随する細かい労働が残る。じつは、洗濯機は失敗なんじゃないか? もちろん手洗いに戻るのはありえないのだが、洗濯機で終わってはダメな気がする。失敗というより、途上であることは間違いない。洗濯機よりももっと進化した、エネルギーを消費しない別の発明がなければ人類はダメだろう。
洋服や食器を、出して使って洗ってしまうというこのサイクル自体を見直すというのはどうか? 洗濯機も食器洗い機も不要になる。洋服の代わりに、裸の状態で表面に、特殊な塗料をスプレーで吹きかけると、洋服と同じ効果が得られるというのはどうか? メイクと同じで、夜風呂で落とせば良い。
食器は、宇宙食のように全部チューブで吸う感じはどうだろうか。歯ごたえや歯ざわりは殆ど無いのだが、温暖化対策が急がれるこの際、それは諦めよう。調理したものをすべて、惣菜ごとにミキサーにかけて、そのミキサーから出ているチューブに口をつけて吸えばいい。複数の家族がいる場合は、自分専用のチューブを持っていて、それをミキサータンクにその都度付け替えて使う。洗い物は、そのチューブだけとなる。
一食に係る時間も短縮されて、あまった時間は読書や語学の習得、ブログ書きに使える。