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ルサンチマン諸君、カタルシスはアートで味わおう

ネット上で誰でも何でも言えるようになった結果、非常に数は少ないけれど、ネトウヨとか、ネトサヨのトンデモカルト暴言が伝え漏れてくるご時世だ。

私はSNSにはそんなに知り合いがいないのでこういう体験はないが、先日あるラジオで、「知人がネットでネトウヨに与するような書き込みをしているのを見たときほどがっかりすることはない」というのを見た。

実際に、知り合いがそういうことをしたら(たとえばLGBTを生産性がないと攻撃した破たん政治家を擁護したりしたら)、私はその知り合いとは直ちに関係を断つか、またはランチに誘うなどして最終的には別の方法で憂さ晴らしを勧めようと思っている。

憂さ晴らしというとふざけているように聞こえるかもしれないが、鬱はれっきとした病気で、トンネリング(視野狭窄)の中で、見苦しい前近代的な発言をネットに書き込むのは「憂さ」がもはや周囲に迷惑になるほど重篤化してきており、鬱病になりかけていることを意味していると私には思える。したがって、ここではやはり、憂さ晴らしが喫緊の処方となるだろう。

私がおすすめする憂さ晴らし、それはアートだ。絵画、詩作、何でもいい。なにかを創出することがもっともすばらしいことだと思う。

アートが人にすばらしい効果をもたらす証拠は、科学的に次々解明され、枚挙にいとまがない。ただ、わかりやすいところでいうと、これまたNHKクローズアップ現代の世界が注目!アートの力が社会を変える!とか、ドヤ街と詩人とおっちゃんたちをみるとよいだろう。アートは何より人を幸福にしてくれる。そして、孤独から脱する機会を与えてくれるし、健康長寿にも効果がある(医者がそういうほどである)。

そもそも人類は、何千年何万年も前から、壁に絵を描いたりしてきた。「表現欲求」は本能に根ざした切実なモノであるはずで、それを抑えたり、ないものと思い込んだりするのははなはだ不健康で、不幸への片道切符となり得る。どんなひとでも、絵を描く、絵が下手なら、詩を書く、文章を書く(これのブログ!?)、そういう表現活動を日常的に暮らしに取り入れて、幸せになることができるのだ。

ネトウヨの諸君は、みっともない排外主義の受け売りや擁護はやめて、何でもいいからはじめてみたらよいと思う。

ただ、詩作については一点だけ注意したいことがある。それは寝不足になると危ないということ。

NHKクローズアップ現代…

消費税はあげなくても破たんしないらしい

高橋先生のこの記事によると、消費税の増税は財政健全化のためには不要である。なぜならすでに財政は、負債=資産となっており健全になっているからだ。

にもかかわらず、政府与党は躍起になって増税に前のめりだ。というかほとんどの識者は、上げないといけないと思っているようである。

毎年1兆円増える社会保障費に充当するために消費税を上げるというのは、つまり貧乏人は不摂生の責任は自分たちで何とかしてほしいというのが、為政者および資産家たちの本音。たしかに公的部門が多くの債権を持っているとはいえ、それをみすみす健全化などのために、つまりお国のためなんかに計算に入れられるのはまっぴらだということであろう。

税は、社会保障の分も含めると勤労者の所得の半分近くに迫っている(国民負担率、財務省のHP参照)。そして、その勤労者の給与はもう何年も上がっていないどころか下がっている(厚労省があれこれ操作してもそれは隠しようもない)。上場企業の株のPBRとか、いろんな指標はどんどん上がってきているし、内部留保も過去最高に達しようとしている。

国民はこうした不都合な真実を、マスコミや政府によって目立たないようにされてしまい、麻薬的な記号消費(ボードリヤール)に奔走している。陰謀論を言うわけではないので、まさにこれは「神の見えざる手」により、穏やかに格差社会が進展していく。

とにかく私は、消費税などというチマチマしたモノでごまかさずに、堂々と法人税とか、GAFAによって海外に移転された莫大な富をこの国民に戻すよう、ベーシックインカムという「水道」を通さないといけないと引き続き声を大にして訴えていきたい。

財源を言い出して「力への意志」に陶酔するのはバカの典型

何でもかんでも、再分配の話をするや否や、それをかぎつけて「財源はどうするんじゃ」とつっこむ輩は珍しくない。自我が貧弱で、社会的包摂にも恵まれず、いつも悔しい思いをしているから、そういう自分のアイデンティティを支えるために、記号的消費がかさんでいるに違いない。生活に必要以上に金がかかるから、さらに税金が上がるのはたまったものじゃないと、視野狭窄の中でわめく。偉そうに財源を主張するのは、このように、みじめな境遇をカミングアウトしただけの結果に終わるからきをつけてほしい。
「財源はどこから出すんだ」という話になる。でも、よく考えてみてください。年金で約50兆円、医療で約40兆円もの予算をかけている。一方で、極端な話、日本のすべての大学を無料化した場合でも、2兆~3兆円くらいあれば足りる。ケタが全然違うわけですよね。出典 財源をうんぬんするのは財務省だけで十分なのであり、私たちは国民として、今や世界的にすっかり恥ずかしい、取るに足らない「限界国家」、消えゆく国になるその瀬戸際にある。

引き続き、孤独なアイデンティティをでかい話やばかげたファンタジー(たとえば噴飯の「美しい国」とか!)にもたれさせかけて生きていきたいのなら、現実逃避をやめてまずはしっかり人の話を聞いたほうがいいだろう。若い人たちの特殊詐欺犯罪(振り込め詐欺など)による「再分配」がどんどん進んでいる。振り込め詐欺による世代間所得移転に比べれば、私のこのブログ、私のベーシックインカムの訴えなどホコリ以下といっていい。

ただ、一つだけ老婆心ながら言い添えたい、振り込め詐欺は、若い人への、高齢者からの再分配に、結果としてなっている。年間何百億円もの金額で、二桁パーセントの勢いで毎年増えている。とはいえ、100兆円に迫ろうとする年金、医療の予算に比べれば、数百億円は微々たるものだ。

子育てしやすい社会が到来するのはみんなが死んだあと

子育てしやすい社会とは、どんな社会のことか? 私の答えは、金の心配なく、子どもといつまでも一緒に過ごして遊べる社会のこと。つまりベーシックインカムで生活が保障されている社会のこと。そうした時間を親子が過ごせてはじめて、子どもの持つ「愛される権利」が充足される。

それに対し、現政権がいっている「女性が活躍できる社会」「女性が輝く社会」。こういうのは幼稚園児の寝言並みに間違った、トンデモオカルト論であり、意味がまったく分からない。

この国の、致命的に馬鹿な首相(とその放送作家)は、これをいうときに、女性が、いったい、どこで、どんな尺度で「活躍」したり「輝く」社会を目指しているのか。これがまずわからない。

そもそも子ども育てるのに、仕事とか、育児といった線引きは成り立たない。生き物としての人間が、子どもに愛情表現したり、世話をする状況において、「はい、5時なので、バイバーイ」とかあり得ない。まずこの現実を見ないといけない。そうしたら、もっぱらこれを担っている人に、もっと活躍しろとか、さらになにかかがやけとかいうのは、ほとんどディスリであり、テロ的言説とさえ言える。つまり、保育園もろくすっぽ作っていないが、とりあえず何時から何時までは働け、と強要しているわけで、その間の子どもの世話についてはナンの言及もない。(おまけにクソ狂ったオリンピックとかをオッパじめているので、ますますヤバい)。ここがまず重要だ。百歩譲って、保育園を整備してみたとしても、家事は盛りだくさんで、この家事が有償(つまりベーシックインカム)にならないかぎり、女性がさらに活躍したり輝く余裕など一ミリもない。というか、今女性の多くは、子育て育児、がんばっている。

そして、もう活躍もしたくなければ、輝きたくもない、それ以前に、余計なお世話だと、政権の戯言にいらついている。

男性が育児参加したらじゃあ、どうなるか。その男性(つまりたとえば私のことだが)の「生産性」がだだ下がりするだけ。育児参加した男性の労働時間は減り、成果物ももちろん減る。それでいいんだろうか?

小学校で習う漢字も読めなければ、沖縄の知事とカンペなしで話しもできない。ほんとうにおわってる。

パラダイムシフトを待つしかない。つまり、今の世代が全員死んだ後の話しである。そのための種まきとしてこのブログはある。

NHKスペシャルマネーワールドも「BIしかない」

NHKスペシャル マネー・ワールド~資本主義の未来~第2集▽仕事がなくなる!?
見た。
このブログで再三話している結論になった。たぶんプロデューサーやディレクターが読んでいる本が私とかぶっているということだろう。その結論とは、今後数年から十年程度のあいだに、ほとんどの人の仕事、とりわけホワイトカラーや専門職(会計士や弁護士など)の高給取りの仕事がAIに代替される、というもの。だから、政府はベーシックインカムの政策を何とかして実現しないと、社会不安となってヤバいぞと。人が死ぬ事態になるぞと。そういう結論だ。
今、すでにベーシックインカム状態になっている人というのは日本にも至る所で目にすることが出来、またその数は増え続けている。それは誰かというと、年金生活者や、相続地主(アパマンで家賃収入で暮らしている人)、創業株主とその係累等、(中小)企業のオーナー代表者のことである。
そういう人たちが、はたして、面倒な仕事の全部を近隣植民地から引っ張ってこられた奴隷に丸投げし、自分たちは不労所得で自由を満喫したローマ市民と同じように暮らしているのかどうなのか? 私は実際のところは分からない。人によるだろう、それは。そんな、何百万人もいる人のかたまりについて、どう暮らしているか、況んやローマ市民とくらべてどうかなど、分かるわけがない。
ただひとついえることは、こういう不労所得の人たちが、たくさんある時間を使って、よりよい社会を作り出すために文化や哲学思想を深めて、ルネサンス時代のような豊かな社会状況になっているのかどうか。良い政治家を選んで、前世代が将来に向けて希望を持てる世の中にしているのかどうなのか。国際的なさまざまな指標を見る限り、日本は残念ながら恥ずかしいほど低いレベルにとどまっているというのが私の印象だ。
それはそうと、AIでは昔の産業革命時代のように、ブルーカラーの仕事を奪うということではない点に注意が必要である。昔は、イノベーションによって、一部の雇用がうしなわれはしたものの、新しい雇用がまた生み出された。しかし今回は違うというのがもっぱらの学者たちの見解だ。
私は都合により、この4月頃からプログラミングの勉強をはじめた。もともとVBAとか、PHPとか、pythonとか、ちょこちょこ必要なものはかじってきたが、今回はウェブサイトのフロントエンドでは欠かせないJavas…

貧困と疎外

沖縄の若い貧困女性を取材したラジオを聞いて分かったのは、彼女たちは小学校高学年で学校に行くのをあきらめ、十代で妊娠してすぐ離婚し、シングルマザーとなっている。そして、一様に、「中国が攻めてくる」ことをもっともおそれている。同じ世代のママコミュニティーはおもにSNS上にある。国際条約など知るよしもなく、「みんなが言ってるよ」ということだけを根拠に、「ネトウヨカルト」思想にすっかり染まってしまっている。(ちなみに、「中国脅威論」が気になって気になって仕方がない方は、1度、心療内科か地域の福祉事務……(以下省略))
 この沖縄の事例が、全体の何人かは知らないけれども、少なくとも琉球大の教授が調べた限り、こうした女性は増えているらしい。
 非常にまずいと思う。
 もう一点、慶応大学の学生グループが調べたのを朝日新聞で見たんだけど、今の年金制度は、将来世代がもらえる分を、今の高齢者が先食いしているような状態になっているらしい。というか、そもそも日本の金融資産の多くを保有する高齢者を利するために、日銀が株価を支えたり国債を買っている時点で、十分に高齢者優遇の構造。それに加えて、年金も今の高齢者の、いうならばベーシックインカムのために若者から吸い取られていることがもう完全にはっきりしている。
 国民年金は、20歳になると払う義務が生じる。奨学金を借りた学生は、そこからこの年金を払うことが推奨されている。貧しい学生に借金までさせて、この国は高齢者にお金をばらまいている。
 もう今の30歳以下の人は、そして子どもがいる40歳以下の人は全員、いますぐまずは過払い金があるかどうかを司法書士法人イストワールに電話して「スッキリ」するのではなくて、生活保護を受給できないか、地域の福祉事務所に行くべきだろう。
 さらにいうと、大事なお金が、若者を搾取するシルバーデモクラシーの、このクズな構造を堅持したまま、低い生活保護の捕捉率を放置したまま、2年後の土建屋とメディア(いずれも黄昏れた業界だ)のための最後の花火――オリンピックのために使われようとしている。
 ここでは、マルクスのいう「疎外」という概念について、勉強をはじめるときだと思う。いったい何でこんなことになっちまったのか。はーあ。

タワマンでも子どもが優秀に育ち、死産率も下げるには?!

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2018.9.21のTBSラジオ荒川強啓デイキャッチでは、タワーマンションでは次のような問題が実証されてきているといっていました。
子どもの成績が伸び悩む死産率が有為に上がる鬱病になりやすい死亡リスク高まる(高層階からのマウンティングストレス) 理由としては、人間(ここでいう人間というのはサピエンスのこと、サピエンス全史読もう!)はこんな高い塔の上で「生きる」ためにそもそもできていないから、あらゆる不具合が出るのが当たり前ということ。詳しくは、このラジオクラウドで聞けるので、TBSラジオクラウドで検索して聞いてね。

タワマンなんてものに住んで不具合が出る。まったく不思議じゃないですよ。むしろタワマンに住んだほうがいいなんてのは、自然には受け入れがたいあり得ない話しで、それは不動産や建築資本の息のかかった学者やメディアだけで見られる「フェイク」といって間違いない。(消したのはあとから読んでみて気持ち悪かったから)

ポジティブなことをいうのがこの媒体の志なので、じゃあ、運悪くタワマンに住んだらどうやってこれらの問題を克服すればいいのか。簡単です。
なるべく子どもを自然に連れ出し、自然と触れさせる実家(タワマンではない)で子作り&出産運動する 何でも、タワマンは上層階は気圧が低いらしい。私は低気圧で偏頭痛とか、あれこれ不具合が生じるので、年中低気圧だったらマジつらい。しかし、タワマンに住んでいると、エレベータに乗って下に降りるのがおっくうになり、だんだんこもりがちになります。しかしそれが諸悪の根源でしょう。何とかしてこれを克服して、タワマンの害を減らす努力が必要です。

風を感じない。緑を見ることができない。季節を感じない。こうした低刺激環境では、人間の感覚が劣化して、ひいては感情や意欲、集中力も減衰してしまうそうです。怖!!

住むだけでこんな努力をしないといけないなんてたいへんですね。古屋を改造して住んだほうがよほどましです(cf.埼玉の仙人)。

だいたい、塾の経営wをはじめて思うが、勉強に興味も関心も持たない子どもは、頭がいい悪い以前の話しで、いちばんヤバい。頭が悪くても? 勉強対象に意欲や好奇心があれば、その分野の成績は上がるし、それで勉強成功体験でほかの科目も上がり、結局頭が良い人に変身できる! でも、そもそも意欲がないんだったら、勉強をはじめたとしても一秒で眠気が襲…

勉強法の罠

私の趣味は勉強法でした。つまり、私が好きなのは勉強そのものではなく、そのやり方をあれこれたしかめる趣味的な読書のことです。中学の頃から勉強法が好きでした。実際のところ、勉強法を実践するのは、勉強法を読み聴きすることとはまったく異なる種類の活動だということです。そしてそれは、苦行であり、地獄です。

いつの時代も、膨大な数の「勉強法」本が発売されています。そして、こうすれば東大に受かる、こうすれば司法試験に一発合格する、勉強こそコスパが高い、等という惹句に煽られて、楽しく勉強法を読みます。そして、「やればできるんだ」という未来への(じつは根拠のない)自信に満たされる。こういう読書体験を続けてきました。

そして、肝心の勉強はしないのです。当然勉強法の効果は上がりません。「やればできる」けどやらない。だからできない。そのまま年月が経っていく。いい車を手に入れても、目的地に向けて出発せず、車を眺めるだけで満足してしまう。でもじつはこれが「普通」なんです。

勉強法の本は、著者が輝かしい、そしてやや異常性すら帯びる「神童」なのにもかかわらず、自らを「普通」「暗記は苦手」「スマホで気が散る」など、読者と同じレベルに落として話を始めます。勉強法という商法のこれは定石なのです。が、もちろん、神童が普通のワケがありません。彼ら彼女らは、車を手に入れるやいなや、一目散に目的地に向けて走りだし、走り続けることができる、非常にめずらしいタイプの「個」なのです。

私は塾の仕事を始めて1年以上経ちますし、また自分の子どもを育てていて思うんですが、勉強なんてものは勉強法がどうのこうの以前に、やりたくない、不愉快で耐え難い苦行であることに変わりはありません。どんなに環境を整えても、たちまち眠くなるのが勉強ですし、それで寝ても、また勉強しはじめれば例外なく眠くなります。

ですから、眠くもならずに猛勉強をして、(仮にそこに勉強法のハックはあったとしても)東大に、司法試験に、ガシガシ受かる「普通の」子どもというのは存在しません。もともとすごい子どもが、さらに教育投資や文化資本の後ろ盾を得て、やっと受かるのが東大であり、難関資格なのです。勉強法なんてものは、うどんにかける七色唐辛子程度のものに過ぎないのです。

ある勉強本のアマゾンのレビューにこう書いてありました。
率直に申し上げて、方法論は参考になるやも知…

士業のおわりと取り戻される自由

人口減少で市場が縮小し、資本主義のエンジンである金利も説明が付かない低迷を続け、株価は政府がかってやっと水準を維持しているありさま。

もはやタコが自分の足を食べている、そんな資本主義の黄昏が、夏の終わりの「カナカナかな」虫の音と共に妙にリアルに感じられる今日この頃、こんな本を見つけました。

バベる! (単行本)――萱原 正嗣 岡 啓輔 (著)
自分でビルを建ててる人がいます。2005年~着工、今も途中です。地下一階、地上三階。
私この人を取材したテレビ番組見たことあるんですが、自分のビルを建てることに時間とお金がかかり、無収入だというのです。
こういう人にこそ、ベーシックインカムが必要なのではないでしょうか?
そして、これから話すとおり、じつはほとんどの人が、このような「自分で建てる」「自分でやる」つまり士業に頼まない世界がやってこようとしているのです。
建築士、弁護士、医師、会計士、税理士、行政書士、保育士。
行政と個人の法的関係を調える代行業の皆様です。もちろん、命の安全にも関わっています。彼らは、お金をもらって、個人が本来やるべきことの一部を代行します。
昔は、個人はお金を外部の市場から稼いできて、そしてそのために時間がなくなってしまうため、余ったお金で本来自分がやるべきことを士業の人に外部委託していました。
ところが、外部の市場が腐ってしまったため、個人にお金が入らなくなりました。その代わりに、暇な時間がふえました。
お金と時間は、私が思うにトレードオフ(どっちかということ。両方は選べない、質量保存の法則を思いだそう)。
家庭を持つほとんどの人は、男女老若問わず、その暇な時間、政府からおしつけられた家事育児に狂奔することになっています。しかしベーシックインカムが始まれば、ちょっとだけこの家事育児の陳腐なアンペイドワークから時間を取り戻せます。

二歳児童発見「師匠」に学ぶ幸せの作り方

2018年夏に、山口県で行方不明になった二歳の男児を、78歳の「ボランティア師匠」(と呼ばれている一般=行政でも、男児の関係者でもない完全に素人の男性)が発見しました。

この人は65歳で自営していた鮮魚店をやめてから、日本を徒歩で縦断したり、登山道を整備しながら山登りしたりとすごい人。

学歴も何もない人間だが、残りの人生を社会にお返しさせてもらおうと思ってきた さて、この大師匠は、日本を縦走するにも、登山道を整備するにも、一日二日でできることではなく、長期的な目標を立ててじっくり取り組むことに取り組んでいます。

ここで注目したいのが、一定の目標を立てたり、ずっとそうなりたいと願ってきたことが実現すると脳内に分泌される脳内物質「ドーパミン」です。お金持ちになりたいと思った人が宝くじに当たったり、大学や資格試験に合格してもこの物質がでて人はハッピーを味わえます。

わたしも僭越ですが、知っています。わたしの場合は、一流大学に合格したい、というのと、彼女がほしい、というのでしたが、それらがかなえられたときは、確かに世界が違って見えたものでした。

しかしこのドーパミンは、数日で雲散霧消してしまいます。つまり、日常に戻ってしまうのです。確かに、大学に合格したり、日本を歩いて縦走したゴールに達成したあと、数日もすればまた元の日常がやってくる、これは当たり前の話です。

そこでまた人間は、新しい目標を立てて、ドーパミンによるカタルシスを得るプロセスに戻るわけです。それが結局、人類の遺伝子に組み込まれた「成長」ということなのかもしれません。

ボランティア師匠の例でいうと、次々と「偉業」を成し遂げています。日本を歩いて縦走する、山に登山道を整備する、もちろん東日本大震災でもボランティアに駆けつけています。そして今回、行方不明児童を自ら単身で乗り込んで、見事にさがしだしたのです。師匠の家は大分で、山口まではもちろん自分の負担で車で行くわけです。

次に、アドレナリンという物質について考えてみたいと思います。ジェットコースターに乗ったり、クラブでギャーギャー騒いで踊ったりして盛り上がると脳内に分泌される「アゲアゲ物質」それがアドレナリンです。

師匠も、子供を見つけるために自宅を出発するときとか、不明になった場所の山に入って探し始めた節は、この「アドレナリン」がでていたことでしょう。そして、山…

すべての教育はBIに通ず

同じ教科書を7回読む 東大を首席で卒業したNY集弁護士山口さんがおっしゃるおなじみの勉強法です。

同じことを繰り返す得意と苦手をくみあわせる(三〇分ごとに) 準備から片付けるまでをセットで考える 2番目は、集中力を持続させるための工夫。国語を30分読んだら算数を30分解くとか。
3番目は、時間と空間をコントロールする良い習慣を身につけることの大切さ。勉強は乱雑なものがあふれた「適当な」空間だとなかなかはかどらないだろうという。それを片付けるのもまた勉強の習慣に含めれば自己管理力が高まり非認知能力の向上につながる。

しかしそうはいってもこれできないんだったらはい就職もそこそこで、最後はロボットに職を奪われてしまうっす、みたいなのがいまの世。

勉強法は短期的な効果ではなく、「読んで考える」という人間だけがゼロ円でできることをしっかりとできるようになることが一番大事だと思う。

まあそのためにもベーシックインカムが重要だ。勉強しよう、読んで考えようったって、レジうちとか荷さばきのバイトしないと高齢者向けの仕送り(家賃と社会保障費の支払い)ができない現状では、話にならない。

勉強には時間が必要。そのためにはベーシックインカムが必要。それに、(BIが有ろうとなかろうと)勉強ができない人が世の中、実はほとんどだから、そういう人のことも考えれば、ますますベーシックインカム必要だろう。

ベーシックインカムを勉強嫌いの人に与えないのなら、誰が彼らに喜びを与えるか。ギリシャとかアメリカ、イギリスの例を持ち出すまでもなく、それは極端なイデオロギーや、カルト集団である。それらは政党の形をとって、次第に民主主義の中で広がっていきます。そうするとどうなるか。人類は歴史を、愚かな歴史を繰り返す道をすすむことになるでしょう。

いかがでしょうか(とかいっておいてコメント欄はないんだけどね)、すべての教育はBIに通じるんです。


ベーシックインカムしかない

ベーシックインカムというのは社会制度の抜本的な変更を行って達成される新しい富の再分配システムのことです。

具体的には、国民全員がだれでも無条件に、十分に高い現金を政府からもらえます。月々7万円程度だといわれています。

行政機関による審査がいらないので、給付コストがかかりません。また全員が同額をもらえるため、もらっている人いない人で妙な軋轢が生じません。

現状の社会保障給付のうち、健康保険は維持されるでしょう。ただ、年金や生活保護、ひとり親世帯への給付はベーシックインカムと似ているため見直されると思います。

私は哲学的な観点からこの制度を支持しています。つまりこの制度は、国民国家を維持するための国民の必須の義務である、「民主主義を考える」時間を捻出できるからです。

みんな考える時間がないから、短期のことしか考えない無策の政治家に唯々諾々と投票します。ほかにまともな候補がいないから、という理由で、嘘つきで不誠実な与党が支持されつづけていますが、これだと民主主義国家は壊れます。ほかにまともな候補がいないのではなくて、ほかに候補がいないかどうか考えないし、ましてやじゃあ自分が政治家になろう、つまり自分や周りの「推し」の人物の被選挙権を行使する可能性も思い至りません。

考えればわかることだともいます。しかし、だれも考えないのです。

ベーシックインカムで毎月7万とかもらえるのなら、ばかげた税金対策で農家が建てたアパートマンションに毎月6万7万もの家賃を払うための労働はいらなくなります。その時間で考えてほしいし、考える義務があります。

考えないというのは、ドイツの哲学者マルクス・ガブリエルによれば、「過ち」なのです。思考停止というのは間違いであり、倫理的な犯罪です。

いま日本は人口減少で、先進国に類を見ない、いびつな人口構成になっております。少数の現役世代が、同じ数くらいの働かない高齢者に仕送りをしています。医療費も高騰を続け、財政は毎年税収と同じ額を新規に借り入れています。

もちろん、突然ボカンといって、円が暴落してエネルギーも食料も海外から買えなくなることはあり得ないと思いますけれども、税府財務省は、このままではやばいので、(べーしくインカムなどの「寝言」ではなく)消費税を上げないとまずいと騒ぎ立てます。

しかしそれでは状況は改善しません。消費税は30パーセント近くまで上げ…

basicincome.jpに変更

当ブログのドメインは従来のconcern.jpからbasicincome.jpに変えました。

私の訴えのうち、近年ますます重要性を増すベーシックインカム導入。このテーマをドメインにしてしまうことで、より強くメディアとしての主張が伝わるのではないかとおもいます。

さて、最近は物事を訴えるにあたって、ある教育社会学者が言っていた勘所を三つ紹介しましょう。これらの勘所をしっかり押さえなければ、伝わるものも伝わらなくなります。

真実(事実)を述べる道徳(倫理)的に正しいことをいう誠実に伝える たとえば今はやりの極右排外主義や、極端な保守思想。これらは私は決してすべての人に伝わることはないと思っています。なぜなら、これらの極端な考え方はいま述べた勘所のうち、せいぜい3の誠実に伝える態度くらいしか該当しないからです。

偏向した極端な思想に染まってしまう人たちというのは、彼らがおかれている思想状況が深刻なまでに貧しくなっているからではないか、と拝察します。大変僭越ですが、客観的事実でもなく、明らかに道徳的におかしい宗教や言説、イデオロギーにハマっている、はまりそうになっている場合は、運動をしたり、行政の支援サービスを検討したり、専門医療機関を受診するなど、スクリーン越しにネットを見る以外の方法で長期的な問題解決に乗り出すことをお薦めしたいです。

もちろん、安倍政権のように、嘘ばかり言う(モリカケ問題)、道徳的に間違っている(過労死遺族と会おうとしない。災害が起こってもカジノ法案を優先する)、誠実に伝えない(国会の答弁では誠実さのみじんもない)にもかかわらず、ずっと支持されてている事象があります。これは何か、別の要素(株価とか金融緩和とか土建優先とか原発推進とかアメリカへの徹底した追従など)で政権が支持されている(というか、変わっちゃ困る事情)が絡んでいるので、今回の議論はたいして関係ありません。つまり、安倍政権は前述した3つの勘所を全部無視しても支持されている、やっぱり彼の言う保守思想は正しいじゃないかというのは違う話です。全然彼の保守思想が支持されているのではないですから(支持されているのは別の理由です、繰り返しますが)。

安倍政権を支持するかしないか。極右かどうか(極右じゃまずいんだが)。そういうのはさておき、さあ、私のこのベーシックインカムを導入する運動に参加してみてはどう…

幸せとは「身近な人との良質な関係」――数十名の75年に及ぶ追跡調査から判明

幸福な人は長生きします。長生きするのは健康だからです。健康は身近な人との良質な関係によってのみ担保されます。

幸い、ネット上――TwitterやFBなどのSNSのことですが、そこには、幸福な人生を送っている人たちの居場所はありません。SNSはもはや完全に、不幸な人たちが原因も分からず悶々とした結果、マウンティングに噴き上がって一時の「スッキリ」感を得たり、逆にひどく落ち込んだりする「不幸のループ」が暴走している現場に成り下がりました。

幸せになりたいのなら、いますぐ身近な人との関係を良いものにするか、またはもし人が身近にいない孤独状態におかれているのなら、新しいコミュニティーにはいって、少なくともスマホを置いて外出することからはじめるべきでしょう。

最近私は、地域のNPOが主催するオープンソースや格安コンピュータ(ラズパイ)の勉強会に参加してきました。

オープンソースやコンピュータのDIYというか、ラズパイのようなフリーのOSの世界は、真っ黒な画面に黙々とコマンド(命令文)を打ち込む、終わりなき設定作業に孤独に打ち込む趣味の世界ととらえられています。

しかし、実際のところ、ウィンドウズやマックのようなプロプライエタリ(営利目的)のOSではなく、リナックスのほうが、たとえば宇宙開発とか、各種サーバーインフラとか、スーパーコンピュータとか、ものすごく重要な領域で圧倒的に多く採用されています。

趣味ではなくて、むしろこれは人類のミッションというわけです。もしリナックスのようなオープンソースのOSがなければ、コンピュータのOSはアップルかマイクロソフトといった私企業の意のままに操られることになり、これはたいへん危険で憂慮すべき事態しか招きません。

ですから、このNPOのラズパイ、オープンソースの勉強会はものすごく意義があるんですけれども、実際のところ、NPOのスタッフは全員60歳以上のおじいちゃんたち16人。参加者は、ほとんどが50歳以上の何者か分かりませんがラズパイに関心を持つ市民13人。天気の良い日曜日の午後だったんですがね。

ただ、冒頭の動画を見たあとでこの会を思い出してみると、この地味で参加者の少ない、マニアックな勉強会は少なくとも幸福に満ち溢れていました。私はとてつもなく楽しかったですし(そこはすいません、ちょっとこれは楽しいと思うかどうかは個人的な資質により…

One Voice Children's Choirについて

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アメリカの任意団体で、子どもだけを成員とする合唱団「One Voice Children's Choir」というのがあります。率いているのは日本人で、MASAの愛称で呼ばれる福田真史(ふくだ・まさふみ)さん。

合唱のテクニックは教えず、子どもが本来持っている力を見つけ出してあげ、励ますことですばらしい合唱団を作り出しました。
NHKBSドキュメンタリーでも放送されたし、もちろん本家の合唱団のYoutubeチャンネルは数十万登録者数を誇り、しっかりとした地位を築いています。
私も娘が中学の合唱部に入っていて、合唱のすばらしさ、魅力を知っていましたが、別に(多くの保護者であるように)うたっている子どもを見て泣くほどでもないし、心を動かされる(ほど上手いなー)というような経験もありません。
そんな私が、このOne Voice Children's Choirでは泣けるほど感動しました。もちろん、私固有の、英語で歌われると涙腺が緩む特殊なフェティシズムもあるかもしれませんので、差し引いて読んでいただきたいです。
地域の合唱団や中学の合唱部は、これからは全部英語で歌えばいいのだと思いました。
最終的にはこの合唱団のように、広告収入である程度BI的にメンバーにお金がわたるしくみが絶対に重要です。
いま日本の社会は、宮台真司氏がいうように、経済のために社会がまわっている(本来は逆で、社会のために経済がまわらなければならない)し、それどころか、社会を削って経済を持っている状態です。
いちばんのしわ寄せは、子どもや女性など社会の弱者に出てきます。格差社会が進行し、また大学学費の高騰により、たいへんな負担で勉強して社会人になってみても、はたして幸せな人生、豊かな人生は見えるのでしょうか? 希望を持って、社会に出ようと勉強をがんばろうという空気は、今の日本にあるのでしょうか? まったくありません。
ではこの合唱団の動画をご覧下さい。


ちなみにアメリカでは社会の中で希望が失われ、格差社会が進んだ結果、involuntary celibate(インセル)という勢力が登場しています。インセルについては別に稿を起こすこともあるかもしれませんが、要するに、将来に希望が持てないような社会は、想像を絶する理由によって、巨額の外部コストを負担することになるという話しです。

さてもう一個…

ADHDの私が落ち着いて集中できるようになった、たったひとつの理由

私の人生は、やるべきことが出てくる、やる、フィードバックが得られるのくりかえしでした。というか、先進国の成人の活動はそういうことに収斂していきますよね。仕事も生活も。

私の問題は、これは10代になるとすぐ自覚したんですが、物事に集中できない。飽きっぽい。物忘れ、ケアレスミス、おっちょこちょい、物を無くす。こういうのに苛まされ続けてきました。

子どもの頃は、たとえばいまでも忘れないのですが、冬にプールの微生物を採集しようという理科の授業で、網をプールの底に落としてみたり。大人になればなったで、本の注文部数を間違えて何千冊も多く発注したり。消費税の書類を出し忘れて何十万円も損したりとか。枚挙にいとまはありません。

なにかに取り組んでいるとすぐほかのことが気になります。そして実際、途中で放り出してほかのことをはじめてしまいます。その結果、何も完成せず、中途半端な成果しか得られません。また、大人になるとこの弊害の影響は深刻化します。

特定のビジネスをおっぱじめても飽きてしまって苦痛になります。もちろん、さすがに放置するわけにも行かないので、我慢してやるんですが、年々、うんざり具合が高まってきていました。収入(売上)が減っても、決まり切ったことをやるのが精一杯なので、必ずじり貧になるのです。家計は火の車になります。

KADOKAWAの川上社長がこういっていたのに非常に共感を覚えました。引用します。
僕は、仕事をすることが退屈で仕方がない。結果が分かっているのに、結果が出るまでには半年かかったりして、かったるくてやっていられない。それを数学を勉強することで、何とかごまかして毎日を過ごしているのです(笑)。(週刊ダイヤモンド2018.6.27)  結果が分かっていること、これまでに何十、何百とやってきた所作、活動、これをやるのがもうダメなんです。会社勤めも、何がいちばん「恐怖」だったかといえば、役職を上り詰めていって、席があそこに移って、そして部屋があそこになって、最後定年、お花もらってはいさよなら、みたいなそういうのが日常的に見えるわけです。それがもう無理でした。なぜ無理かというと、生き物としての人間の最大の恐怖である「死」へのコースに見えるじゃないですか。結局は、毎日会社いにいって、そして何十年後かは、あの個室の中にいるハゲの社長みたいに加齢臭を発する老齢となり、定年で終わ…