ポツンと一軒家がなぜ大人気なのか――道徳基準から考える

2014年に買って読んだジョナサンハイトの『社会はなぜ左と右に分かれるのか』によると、人は道徳受容センサーとして次の6種類を備えている。
  • ケア
  • 自由
  • 公正
  • 忠誠
  • 権威
  • 神聖
それで、これは味覚の受容体になぞらえて著者が説明しているのが分かりやすいので私もそうするけれども、味覚も、苦み、酸味、甘みなどそれぞれの役割を持つセンサーに分かれている。人が、例えばカレーが好きだとか、ケーキが好きだ、というのは、それぞれのセンサーの感受性がほかのセンサーに比べて高いから、(たぶん)そうなっている。

で、たとえば、誰かがケーキが好きだというとして、それに対して、間違っているとか、死ねとか、ディスるのはおかしいというのは自明だ。

誰かがラーメンが好きだとか、カレーは辛いほうがいいとか言って、チリパウダーをバンバン入れているのを見て、ディスることはしないだろう。

道徳も同じで、あいつは権威主義だから、とか、リベラルだから、と言って、それを批判するのは、ケーキ好きを攻撃するのと同様、おかしいし間違っているという主張となる。

リベラル派が今一つ力を得られないのは、保守派が上記の6道徳受容体をバランスよく備えているのに対して、自由と公正とケアしか頭にないからだとハイトは指摘している。これは全くその通りだなと思う。

そして、通常人間というスピーシズは、権威とか、神聖に偏りがちらしい。長いものに巻かれろ、寄らば大樹の陰というではないか。それに、神がいつの時代も大人気。面倒くさいことも、不幸も、みんな神のせいにしてしまえば、とりあえず楽に生きられる。

放っておけば、どんどん保守化していくから、リベラル的な価値観は、努力して維持しないと。それに、リベラルでいるには金がなきゃいけない。明日家族がくうめしだいを心配しながら、自由だの、ケアだのいう余裕はふつうない。それよか、きつい労働に耐えられるのに十分心酔できる、何か偉大な権威とか神様が求められる。今だいたい、みんな貧しくなってきているから、自然に保守化していくのである。

特に日本人は、欧米に比べて権威好きで、保守的な傾向を持っていることは各種調査でも明らかになっている。ルールを守らない人に、異常に厳しいということである。それだけ日本人が置かれている状況がいろんな意味で貧しくなっていることを意味している。

暴走者がひき殺すべきなのは、(ここからやや不正確、潤色ありです)信号無視する人間か、それとも信号が青の時にわたっている動物か、という質問でも、日本人はほかの国に比べてはるかに多数の人が人間を殺すといっているらしい(cf.人間と動物、暴走車がひかざるを得ないとしたらどちら? MITの自動運転システム研究サイトが究極の選択で意見を求める)。

この間シリアで拘束されていたジャーナリスト安田純平さんが解放され、帰国した。彼へのバッシング(主にネット上に渦巻く)も、自己責任論で、お上(=国、外務省)がいかないほうがいいと言っているのに、その権威の助言を無視して勝手に行ってとっつかまったんだから、死んで当たり前みたいなのとか、安田さんの顔を見ただけでむかつく、みたいなことをネットでいう人が多数出た。欧米諸外国から見ると、こうした日本人のリアクションは「ドン引き」されている。やっぱり日本は途上国だとか思われているに違いない。さすが、ちょっと前まで切腹みたいなサイコパスなカルト処刑を堂々とやっていただけのことはある、みたいに。恥だ。いいんだろうか、せっかくの神聖日本が、自分たちのみっともない言動で辱めを受けているんだが。言葉が違えば入ってこないから、いいのか。まったく、やれやれ。

さて、ポツンと一軒家という番組は、グーグルアースで、山の中にポツンとある一軒家を見つけて、その家の主を実際に訪ねるドキュメンタリーである。

この番組が大人気で、行く先々で、登場する高齢の地方のだいたいは過疎地の人たちが見ていますという。過疎地の高齢者がだいたい知っている番組、それがポツンと一軒家だ。

で、この番組の面白さは、まずはいったいそんな僻地にだれが住んでいるんだろうという、意外性、驚きがまず第一にある。あと、単にその一軒家を訪ねるだけではなく、そこに暮らしていた人の歴史を紹介する。これが毎回見せる。当然、「一軒家」の持ち主の全員が超高齢者だから、昭和の時代に話がさかのぼり、高齢視聴者は、自分の人生に重ねて楽しめる。やれ、戦争で帰ってきてどうのとか。おじいちゃん、その前のおじいちゃんがどうのとか。それに、盆と正月には大勢の家族が集まる、というのもよくあるパターンだ。今核家族化で失われている、大家族へのノスタルジーも堪能できる。

なかでも多くのポツンと一軒家の主に共通する、「不便な家とはいえ、先祖から受け継いだ家を自分が守っているんだ」というイデオロギーが、とりわけ共感を呼ぶ。これこそ、人が感染しやすい、「権威」「神聖」「忠誠」そのものだ。プンプン臭う。オエッ。

こうしたストーリをスタジオのかわいいアイドルねーちゃんに見せて泣かせたりすれば、高齢者はコロッとならない理由はない。

だから、だいたいこの番組は気持ち悪い(リベラルの私からすれば、「不味い」)シーンが多いので、録画してそういう、食えない不味いところはほとんど早送り。保守道徳センサーが反応するところはみない。過疎地域を車で走って、廃道や廃村めいたところとか、酷道とか、朽ちた家などを「鑑賞」できるところに限りみている。

そういう、廃村、廃道、過疎のポツンと一軒家には、私が大好きな「自由」があるし、建物をこまかいフェティシズムにもとづいて手入れしていく「ケア」(微妙にずれてる?)のおいしさがあふれている。本当にすばらしい番組だ。家に居ながらにして、本来は高額の交通費と時間を払って味わうこうした「料理」を、この番組は代わりに行って撮影し、中まで見せて、おいしく「料理」してくれるんだから!

というわけで、保守(忠誠、権威、神聖カルトの皆様)からも、私のような偏向リベラル(自由、ケアだけしか見ないので誰からも相手にされない)にも愛されることができているのが、このポツンと一軒家だ。

人気になるのにはこうした理由があった。

このブログの人気の投稿

太陽光発電導入記完結編 発電開始!HEMS AiSEG設定奮闘記

アキバチューナーカンカン設定奮闘記【重要追記あり】

家庭裁判所が決める成年後見人、成年後見監督人月額報酬