2020年4月~大学学費が無料に(所得制限付き)

前回の投稿でも書いたとおり、通常の家計に於いて、大学学費のインパクトは他の支出にくらべて突出して大きい。

特に、高3の2月、滑り止めも含めると10校くらい受けるし、また、2月中に入学金を振り込まないと、せっかく合格しても入学する権利を失う。ほとんどの私立大学は、2月中に入学金を振り込ませて生徒を確保するが、これは、国立大学の発表が3月になることに関連している。親や奨学金の都合を考えず、国立大学に生徒を取られたくないことだけを念頭に置いた期日が設定されているのだ。これでは、借金を背負って社会に出たとしても高卒より生涯賃金が低いことも珍しくない昨今では、子を大学へ入れたいと考える親は減る一方だろう。

今、ほとんどの大学は、少子化のために存亡の危機にたっている。学費、つまり生徒が集まらなければ、倒産しかない。大学もまた一私企業の経済で回っている。しかも、大学を出ればまともな会社には入れるから(実際は本当にわずかな人だけの狭き門だから、これは完全に虚構なのだが)、という有効性に黄色信号がともって何年もたつフィクションが存在意義ときては、不安で理事たちは眠れないに違いない。

社会を見てみよう。給与所得者の所得がこの20年で、下がり続けているうえに、増大の一途をたどる社会保障の源泉徴収で可処分所得はますます減り続けている。FPは高齢化社会にあっては、給料の2割3割は持って行かれてしまうので、奥さんも働くべきだとずっと言ってきた。実際のところ、周りを見ても専業主婦はすくなく、たいていはパートの仕事をしている。しかしそんなことをしても、このばかげた2月の学費振り込みを前にしては焼け石に水である。

このように、家計のために各家庭が奔走して、そしてやっと子供1人、2人、育てられるかどうかのところである。しかし、3人ともなれば、つまりうちは、大学学費のために家計はアウトになる。だから私は、ベーシックインカム論者になって、ブログもそういうタイトルにしたのだが、ベーシックインカムではなく、今般の自民党の高等教育学費無償化、こういう社会保障的な給付政策も歓迎せざるを得ない。

ケチな自民党政府が、大学無償化に舵を切ったのはどういうわけだろう。こういう政策をやられると、私などは現金なものなので、自民党の個々の政治家がどんなにポンコツでも、自民党で良かったと思わざるを得ない。トランプを支持したラストベルトの連中と心境は同じだ。花より団子。背に腹は代えられないのである。

私は、いくら醜いイデオロギーが吹き出ていようと、私の家計にプラスになる政策を実行してくれる政治団体を支持する以外にないのである。

今、先進国は、過去最高の債務残高が積み上がっている。そして、将来世代に借金を回し送りにしているなかで、絶対に政治的に譲れないある指標がある。この指標は、金があろうとなかろうと、先進国という船に乗っている人間は皆関係してくる。

先進国のアキレス腱、それは長期金利だ。
万が一長期金利が上がったらどうなるか。政府は利払いのためにまともな行政サービス、公共投資ができなくなる。そうなると、政治家はもちろん、仕事を失う。

金利が上がれば、通常は株価が上がるのだが、市中のマネーが長く続く量的緩和のために株にもまわって、低金利なのに株価は高い水準だ(これを持って景気がいいとするのは本質を見誤る)。

一部の無策で無責任な経済学者からはトンでも扱いされている、水野和夫さんという人がいる。彼は、低金利が資本主義有史以来、最長を更新している今、まさにこれは資本主義の終焉の始まりだと言い続けている。株式会社も終わると言っている。たしかに、新しい企業、外資系企業の多くは株式会社ではなく、合同会社になっているし、お金も借りない。金借りて何か作ろうったって、もう誰も買わないから当たり前だ。金がいらないのなら株主もいらないから、公告だの取締役の再選だのと余計なコストもかからず済む合同会社にすればいいのである。

ところで金利の話に戻るが、金利が万が一上がろうものなら何が起こるか。まずアメリカを見ればわかるが、株価は下がる。株価が下がると、年金などの原資に含み損が生じる。さらに国債の価格も暴落して、金融機関に深刻なダメージが広がる。

そして、政府与党は経済界からものすごい圧力(恫喝)をうけ、何が何でも金利を下げるよう、働きかけを開始するだろう。もちろん、シルバーデモクラシーの日本では、株や金融資産を保有している高齢者も、高金利になれば黙っていない。

このように考えると、金利を上げることはもはや先進国では政治的にきわめて難しい。それに、今国会を見ると、金利の話ではなく、どうでもいいことを野党が責め立てている。金利以外のことをわめけばわめくほど、確かにそれを見た良識ある市民はそれは野党を応援するし唾棄すべき様相を呈している自民党を嘆く。しかし、彼らが本当にあきれ唾棄すべきなのは、もはや持続することができなくなった「資本主義」システムそのものなのである。

自民党の悲劇、それは実際のところこの低金利(株価)を維持することだけが存在価値になっているのだが、その本質はあまり理解されず、表面的なゴシップや代表者の馬鹿さ加減にばかり注目が集まっているところだ。

足下では、まだ一応豊かでお客さん状態でぬくぬくと育てられている子供たちが、スマホ中毒化し、将来への意欲をゆっくりと失わせていることが気になる。そりゃそうだろう。働いても、結局、何年も昔の世代がこしらえた借金の支払いのために働かなければならない。しかも、働いても働いても、お金を持っているだけで働かないでいる人のほうが、お金を早く増やすことができる(ピケティ)。勤労の動機もまた、資本主義の終焉とともに色褪せ続けている。そんな子供たちに、どんな希望を語れるというのだろう。

いや、語れる。今ならまだ間に合う。資本主義がこのように終わっていくという現実をしっかり見据えて、新しい地球規模のイデオロギーをこしらえるために、今こそわたしたちは立ち上がるべきだろう。新しい。そう、新しさこそ、すべての熱狂とやりがいの源泉だ。そして、無から有を作り出す創造主の尊さもある。

地球上の富の半分を寡占しているのは、いまや、たった8人なのだ。終わりの始まりが今、ここに記された。

最後に、私が常にチェックしているルトガー・ブレグマン(オランダの歴史学者で気鋭のブロガー)がこの間のダボス会議で発言した。要は、先進国は一部のタックスヘブンに富裕な個人や法人の金がダダ漏れしている現状を放置、無視して、ひたすら現状維持のために、人を煙に巻くような、何となく正しいことを抽象的に話して終わっていることに一石を投じた。つまり、ダボス会議の金持ち連中相手に、「税金の話をすべきだ」と、叫んだのである。

富裕層の税逃れを許し、貧困層からはしっかり徴収する。やばいっしょ。ねえ。


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