若者が仕事が好きでたまらないふりをするのはなぜ?

ニューヨークタイムズのこの記事によると、最近の特にIT企業で働く若者、あるいは、はやりのコワーキングスペースや、WeWorkでラップトップ(常にそれはアップルでなければならない)の「黒い画面」(コードをいじっているという意味)に一心不乱に向かっている若者が、いったいどうして、実際には仕事をしていない人たち、つまり、株主、法人の所有者ら)のために搾取に甘んじている人生を仕事にささげることができるのかについて興味深い分析を行っている。

彼ら、ミレニアム世代では教会に行く人が減っているので、仕事に何らかの「霊性」(スピリチュアルなフィードバック)を求めているというものである。

まあわかりやすく言えば、ちょっと寂しいし、だから狂ってるし、おまけにバカだから搾取に気が付かずに燃え尽きるまで働いている。

彼らが宗教的献身をもって働いて、まあそこそこの給料を得、奨学金の返済に一息付けても問題は残る。その結果、たいていのIT企業がそうであるように、彼らの労働で彼らの法人の所有者や株主が得た利益は、ほとんど税金がかからないタックスヘブンに送金される。

そうすると、落ちこぼれてIT企業にすら働き口を得られなかった同国、同世代の若者は、満足な公共サービスを得られず、余計わびしい思いをすることになる。それこそが外部コストだろう。自分が搾取されていることに気が付かないのはもとより、同じ国で暮らすほかの人も困ってしまうことに気が付かない。

法人の所有者や株主たちは、余計な真実に気が付かないように、おしゃれなオフィスやイケてる福利厚生で「目くらまし」をする。さながら教会の壮麗な建物や祭壇のように会社の働く環境に「霊性」盛りを怠らない。

見た目はいいし、いけてるかも知らんがとにかく、人類全体から見たら本当に間違ったことである。なにがって、その働きすぎが、だ。公平さを欠き、持続不可能で、富の寡占化を加速させる。

というわけで、労働は週3日以内、一日6時間以内にして、残った時間は子供とか、年寄りの面倒を見るように法律を変えるべきだろう。ただし適用されるのは、働きすぎ宗教にはまりがちなタイプの人たち、ホワイトカラーエグゼンプションの対象職種に限ればちょうどいいかもしれない。

そういう意味では、安倍政権の「女性活躍」は全くもって間違っている。女性はただでさえ子育て育児家事掃除、洗濯、弁当作り、送迎などで大活躍している。女性は本質的な意味で働いている。働いていないのは、活躍していないのは、格差を加速させて国の公共サービスを骨抜きにするIT企業の男性従業員たちである。

男性が地域で活躍する社会にするために、いわゆる「就労人口」を減らしてしまえばいい。そうしたら本当に慌てるだろうな。これが、今のこの古びた体制の崩壊を早める。いわゆる「加速主義」というやつだ。

汚いオフィスはゲームする子供に占拠される。こんな環境なら、「働きすぎ」教にはハマらないですみそう

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