レンタルなんもしない人研究



今日のBGMはVeruca Salt Song『チャーリーとチョコレート工場』です。

2019年5月、新しい元号がスタートしまして。普通にお祝いの気持ち、平和の天皇いいなーって思っていたんですが、人によっては天皇をドイツの(以下省略)。まあいろんな人がいるんだなーと思った次第です。

国分寺に、去年からおもしろい人がいると知っていました。ツイッターで主に活動している、レンタルなんもしない人さんです。

この人、NHKのドキュメント72時間のディレクターに訊かれて、収入は貯金を取り崩していると。なにしろ、依頼者のもとに行くのに交通費しかもらわない。驚きですが、これってハンナ・アーレンととか、ハーバーマスが重要視している市民社会の「活動」ととらえることがイイと思います。

こういう人が生きている世の中ってのは豊かだし、しかもお子さんも奥さんもいらっしゃる。そして、驚きの需要。1日3件くらいこなしている。ツイッターのフォロワーも十万とか。およそ無視できる規模の活動ではありません。

「なんもしない」とかいって謙遜しているわけですが、依頼が引きも切らないのはどういうことでしょうか?

ヒントは、昨日私が読んだ東畑開人さんの『居るのはつらいよ』にあると思います。

よく、寄り添うとかいいますよね。確かに、昔はちょっとへこんでも、会社とか、家族が折れそうな心を支えてくれました。でも今は、日本の世帯の3割が一人世帯。会社も株主重視で、派遣社員も増え、コミュニティーとして人を暖かく包摂してくれる居場所ではなくなりました。

会社で孤独。家でもひとり。こうなると人間、何もしたくなくなってきてしまいます。かといって、制度として無償で公共から提供される「ケア」サービスはどうにも微妙な居心地の悪さ、利用するための心理的コストが半端ない。ちょっと寂しいだけなのに、書類書いたり、「職員」と面談したり。役所に並んだり。おまけに会社を休んでいかないといけません。これではまるで囚人か何かです。

そこで、なんもしない人の出番です。交通費さえ払えばすぐ来てくれる(人気化によりすぐではなくなった模様だが)。

私は彼を呼ぶことにしました。彼くらいがちょうどいい、そういう「背中をそっと押してくれる」人が私には必要です。私は家族もいれば、仕事もあり、なんの問題もありません(多動で心療内科に通っている以外)。しかし、収入はとびきり低い。家族のと幸せ、家族との時間を大切にし、物理的にこれを増やそうとしたら、当然収入は低くなる。残酷な資本主義のトレードオフです。おい竹中、なんとか言え!

とにかくいいたいのは、彼のような人が「貯金を取り崩して生活」しないで済むように、ベーシックインカムを今すぐ導入して欲しい。ベーシックインカムがもらえるなら、彼みたいな人がもっともっとたくさん出てくるに違いない。

そして、そういう、なんだかよくわからないけど、今までにないけど、何か新しくて、そして人の心が間違いなく温まる活動。これが非常に重要なんです。

ところで私が彼を呼ぶ理由、なんだかわかりますか。確定申告の最初の一歩である、領収書の集計を始めるまでを見守って欲しい。誰か「第三者」が、その時間にくるとなれば、さすがのADHDも押さえ込める、そういう期待なんです。こういうふうにせっせと集計してまとめてみたところで、数年たったらゴミ箱に捨てるだけ。確率からいって税務署がやってくるなんてことも想定できない。虚しいんですよすべてが。ひとりじゃできないんです。だからなんもしなくてもいい、「人」が必要です。

以上です。ベルーカ・ソルトの親子と一緒に、資本主義もゴミ箱へ。

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