欲望の資本主義感想

2017、2018、2019年と前後編全部見終わった(再放送)が、これは本当に、何度も見返す価値がある優れた「動画」であることは間違いない。

本も出版されているから、是非、動画を見る時間がないのなら読んでもらいたい。スマホは解約したらいい。スマホ3ヶ月分で本題はペイできるし、そのあとはNHKのBS見られる衛星契約をすればすばらしい。NHKをぶっ壊せではなく、スマホをぶっこうわそう。
NHKオンデマンドでも見られる

最近店に来る浪人生によれば、勉強ができない小学生、中学生は、まずは国語の読解力を向上させることを最優先に取り組むべきだとしている。

およそその通りである。なぜなら、すべての教科はまずは教科書があり、教科書には日本語が書いてある。日本語がきちんと読めなければ話にならない。

自分が経営している塾では、基本、問題出題、回答、説明、全部文字を読まなければならない。科目は数学、算数だが。この、タブレットで、算数や数学の概念が日本語で説明されるのだが、こっからしてつまずく人が多い。要は日本語を読むことができない。

で、欲望の資本主義の話に戻るけれども、この長い、力作のまあ、結論としては、人間はそもそも弱くて、怠惰で、ときに善人、ときに悪人。およそ合理的な選択などとは無縁の、欲望だけにドライブされた単なる「生き物」に過ぎない。そっから出発するべきだし、そこから離れすぎてはいけない。

今の先進国の資本主義が行き詰まっている(たとえば低金利とか、国の債務残高が増える一方、とか、対外資産を増やすために通貨切り下げて自国産品をバーゲンセールしたり保護貿易に走ったり、とか)理由として、このTVの訴えは、資本主義はもともと「市場」があった。市場では、まあ、必要なものだけ、交換して、物々交換だけだと不便だから、債権関係を形にした「貨幣」が生まれた。

それで、弱い者、不安定で不完全で、不合理な生き物は、だいたい事足りて生活して来れた。ところがそこに欲望が持ち込まれる。なんの欲望かというと、貨幣を「もの」と見なし、ものとしての貨幣を愛するフェティシズムである。カネへの変態倒錯が持ち込まれた。

カネへの倒錯を強めると、目的が成長になる。資本の目的が、成長になってしまう。これが間違いの元だった。成長なんて、資源は有限だから終わりが見えている。でも、無限の成長が人間の欲望には内在されている。そこにジレンマが生じる、というか、無理ゲーだったってこと。

この無理ゲーの果てに、今がある。今、どうなっているか。世界の富の半分を、8人が寡占している、そういうとんでもない状況だ。

ほとんどの人が、貧困化する。貧困化したところに持ってきて、神経症的なナショナリズムや保護貿易が跋扈しはじめている。ファシズムの土壌がこうしてできあがってきている。

しかし幸い、歴史が繰り返すほどまだ、前回のいちばんヤバい事態(もちろん第二次世界大戦)から時間が経っていない。そこまで人類はバカではない。

いまこそ、政治を民衆の手に取り戻し、おかしくなった資本主義を、アダム・スミス時代の「市場」(いちば、と読む)のありかたに戻すとかしようよと。そういう提案だと思う。

そういうところに持ってきて、この夏、れいわ新選組が日本で出てきた。すごいことだ。欲望に基づく、破たんが内在された成長にブレーキをかける政治勢力。そこに大西つねきとか、これまで大きな声になりにくかった長い長い「物語」が、声になってSNSなどで拡散をはじめた。

いまそういうところまで来たと思う。消費税はたしかに上がるかもしれないけど、これは一時的なもの。すぐに、たぶん3年以内には消費税はゼロになると確信している。

このように消費税は一時的な些末な問題で、次の衆院選とか、何回かの総選挙で、きちんともっと、世界が持続可能なかたちでいられるように、国ぐるみで動いていくことができるかもしれない、その見通しが、建てられるようになったと思う。ワクワクする未来が見えてきた。

皆さんはどう思いますか?

このブログの人気の投稿

宮台真司まとめ

消費税についての本質的な発見を2、3点

One Voice Children's Choirについて