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経済と貨幣

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今日は、哲学がなぜ、人々にとって最も必要な、いわば私は哲学は、現代人が備えるべき常識の一丁目一番地と思っているわけですが、その理由を述べたいです。
世の中にはいろいろな学問がありますが、哲学は「私とは何か」を真正面から取り扱います。ほかの学問で、こうした漠然とした問いを追及するものってありますか。ないです。ほかは全部、物理学、医学、経済学など、対象とするものがしっかり標ぼうされています。
現代資本主義社会、それも、人口現象が始まって高齢者が社会の多数を占める民主主義社会において、格差の拡大が大変な問題になっています。私が最も違和感を覚えるのは、例えば、弱者や貧者に対して、政府はもっと支出すべきだというと、必ず、同じ国民の立場の者が、「金の無駄遣いだ」「自己責任だ」「働け!」「財源はどうするんだ!」とか言い出す。
私はそういう人たちに対して、いったいあなたは何の立場で、何を守るためにそういうこと言っているのか、考えたことがあるのかと思うのです。たぶんないでしょう。彼らつまり、国民の生命健康と最低限度の文化的生活を守ろうとする政府の支出に反対する人たちは、間違いなく自分たちがいったい何者なのか、考えたこともない。ただ単に、ワーワーわめいて、憂さ晴らしやマウントしてすっきりしたいだけなんだとさえ思ってしまいます。
弱者のために国が支出しないのであれば、当たり前ですが早晩あなたにも支出されなくなるんです。
それに、経済学をちょっとかじれば分かることですけれども、政府が支出するんであれば、お金をつかってくれる起業家と、消費性向の高い消費者(つまり貯蓄ゼロの低所得なひとたち)にまず真っ先に配るべきです。
とかこういう話ですね。これを理解するのに、絶対に欠かせない知識がある ります。それがまさに自分とは何かということです。哲学的素養です。
まず自分=国民です。国民国家には、主体がいくつかあります。人の種類で分類すると、法人と、自然人です。法人には、会社はもとより、地方公共団体(村、市、町、区)、そして国や裁判所も含まれる。財務省もひとつの団体です。
いったい自分とは何か。この答えは、日本国憲法に書いてある国民でして、私=国民であり、主権者である。この理解が一丁目一番地の知識です。
この部分を吹っ飛ばして、国の借金が大変だから貧乏人には金を配るな、働かせろ、なんていったら、あなたは財務官僚や財務大臣…

匿名者のSNSのクソリプや誹謗中傷は嫉妬やルサンチマンが原因

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憚りながら申し上げると、内田樹さんという哲学者が著書『そのうちなんとかなるだろう』で書いていたことなのだが、SNSで匿名で、発信者に対する誹謗中傷やクソリプを上げる人たちの動機には、嫉妬があると。
で、なるほどと思った。ニーチェはキリスト教の原動力にはルサンチマン(分かりやすくいえば嫉妬)があると言ってた。
嫉妬は怖い。ただ、私は、有名なマズローの欲求五段階説にしたがって問題を整理すればそれほど怖くもない。
赤ん坊が、腹が減ればギャーギャー泣きわめく。あれは生存の欲求が脅かされてるので、全身全霊でアラートを発している。そうしなければ、その個体は次世代に遺伝子を残すというそもそもの埋め込まれたミッションを達成出来ない。だから、その泣きわめきに対して、うるさいとか、ギャーじゃなくて「すいません、おなかが減りました」というのが論理的に正しいとか言ってもまったく意味がない。
クソリプや誹謗中傷を匿名で行う人たちも、この赤ん坊の泣きわめきと結局は同じ欲求に由来している。つまり、SNSやネットで輝かしく、すばらしい地位にいる人たち、注目を集めている人たちに対して、そこにいるのはお前じゃない、オレなんだ、オレのために場所を空けろと言っている。そして、その場所にオレが行かないと、今の現状では自己承認欲求が満たされないので、もう早い話が死んでしまう。腹が減った赤ん坊の状態なのだ。
大人になった人に、小さいころ、ギャーギャー泣いてたでしょう?といったら、たしかに。オレはまだこどもだったからと言えば済むし、まったく自然でなんの問題もない。でも、SNSで噴き上がってクソリプ上げた人に、アンタそんな書き込みしてたでしょうと非難したらどうか。こどもだったから、とかいう言い分けは通用するか。ネットの誹謗中傷のせいで人が死んだり、鬱になったりしている。赤ん坊の泣きわめきとは異なり、重大な責任が生じている。
同じ欲求の充足を満たそうという人間の反応でありながら、赤ん坊と、匿名者のクソリプは、結果の重大性が大きく異なる。
私たちはこうしたしくみを知ったわけだから、ネット上に、ルサンチマンに駆動されたひとたちが、赤ん坊のようなレベルでわめき散らす場所を作ってはいけないのではないかと気がつく。
それはもちろん言論の自由云々とはまったく無関係な話だ。赤ん坊の泣き声に、言論の自由がどうのこうのなんていわない。
それで、赤ん坊…

MMTをドヤ顔で批判する「評論家」「学者」の性的倒錯について

この記事に典型的なように、MMT(一言で言うと基軸通貨の国はどんどん自国通貨をすって国債を積み上げてもインフレにはならないから平気理論)の危険性を指摘する学者や評論家も多い。

MMTをたとえば今の日本がやったときに、海外の投資家が日本売りをはじめるリスクを否定しきれいないから、危ないよというのがその主張の要旨だ。
まったくその通りで、べらぼうな政府がじゃんじゃん円を印刷して国民に配りだそうものなら、まあ、その通貨は大丈夫かなと思わないほうがおかしいだろう。
ただね、だいたい、MMTや緊縮財政論者に共通しているのは、そこまではたしかに、一定の合理性もあるし認めよう。円の暴落は怖いよねと。私はそれ分かってる。だから、もう一律に国民に配れというのはちょっとどうかなと最近思い始めている(ウソですが)。
そもそも、ドル、ユーロ、円、この3つの基軸通貨の信用を守るために、これまで日本人は身を粉にして働いてきた。で、そうやってなにやらがんばった結果ある程度豊かにはなった。蛇口ひねれば飲める水が出る。電気も、ガスも、水道もちゃんとしている。治安もよければ乳幼児死亡率も低い。失業者も家族が面倒見て求職中から外す統計ハックによってずっと低いまま(これはさる高貴な家族の人たちが象徴として、つまり彼らは働いていないがまさか失業者にカウントすることができない、そしてそれこそ日本の家族のあり方でモデルだから、家族に養われている人は失業者ではないという「数式」に由来している)。
ただ、勤労=善という価値観があまりにもはびこった結果、働けない人はダメ、みたいなことを、あろうことか国民同士で言い合いをするようになっている。これはぜったいにまずいだろう。いくら基軸通貨円がだいじったって、働けない弱者を同じ国民が攻撃するのはあり得ない。あんたらはじゃあ、働いていない人は全部攻撃するんだろうか?給与所得者なんて、全国民の半分も行っていないから、過半数を敵に回すのね、ご苦労様。
つまり働いていない人=悪というのは、成り立たない批判だし、そもそも基本的人権を蹂躙していて犯罪だ、そんなの。うちらの高貴な人たちをもその対象にしないといけないぞできるか?ぼくはぜったいにできないがな。
で、そうやって国民同士の行き過ぎた道徳観、規律意識のせいで、最近は副作用ばかり目立つわけでしょう。格差拡大。貧困の増大。サービス産業担い手低賃金…

絶望を希望に変える経済学――ノーベル経済学賞受賞学者もベーシックインカムしかない

最近読み始めたのがこの本。


この著者のひとりはアビジット・V・バナジーといって、2019年にノーベル経済学賞を受賞した人。
ただこの本読んでわかるし私もうすうす感じていることだが、まあ、だれもこういう話題に関心を示さない。
経済学者がいくら政策を奨めても政治家もその支持者も一顧だにしないらしい。民主主義がもうそれだけ厳しいことになっていることだろう。
理不尽を受け入れるのは生活のためで、そこをベーシックインカムみたいに、だぶついた金融経済のマネーを所得の低いほうから順に配れば、衣食足りて礼節を知ることができて世界はよい場所になる。

子どもばん・私のコロナたいさく【けいざいせいさくこみ】

私のコロナたいさくは、みっつあります。・外でモノにさわったり、家にかえったらしっかり手あらいうがいをします ・ひまつを、とばさない、とばされないようマスクします ・わたしたちこどもや、お金をあまりもっていないわかい人たちに国がお金をくばります
さいしょのふたつは、ウィルスのことをがくしゃの先生からきいて分かった、とても簡単でだれでもできるたいさくです。しかもとてもゆうこうだと言うことです。
みっつめの、お金をくばるというのは、せかいのえらい人たちや、がくしゃの先生がみんないいだしました。
こうれいしゃやすでにお金のある人に、お金がくばられても、けっきょくぎんこうのよきんに入ってしまい、いみがありません。
でも、ぼくたち私たちのようなことどもや、子どもをそだてているわかいお父さん、お母さん、あとはお兄ちゃんお姉ちゃんにお金をくばれば、ぜったいにお金をつかう自信があります!!
わたしが今ほしいのは、ニンテンドースイッチのそふとです。お父さんやお母さんは、くるまのいじひに使うと思います。お兄ちゃん、お姉ちゃんは、だいがくのがくひや、サークルかつどうに使うと言っていました。
ぎんこうよきんに入れたままにすることができるひとは、私のまわりに一人もいません。
どうか、おねがいです。
私は、ちゃんとマスクもするし、てあらいうがいもしますから、国のえらい人は、わかい私たちにお金をくばってください!!!今すぐにです!!
とうきょうとこがねいしりつこがねいだいさんしょうがっこう 39ねん3くみ いちはらりょうたろう

公共図書館を作っています

https://www.newsweekjapan.jp/ooba/2020/07/post-83.php
この記事にもあるように、公共図書館は市民なら、というか人なら誰でも入れる民主主義の最後の砦だ。
じつは私も「公共」図書館を作っている。設置も運営も一私人だが、理念は「公共」つまり公に供されるものである。
近所の物件は大家が関心を失いその維持や補修、環境衛生と防犯を私に託した。私は私財を投じて物件を丁寧に守っている。その物件は世界的なあるカテゴリーにおける「聖地」となっている建物の目の前で、その聖地にまつられたというか今もいる「神様」がしょっちゅううろうろしているので、気を抜くことができず、建物の外観や機能をととのえる際に要求される考え方や価値観は極めて重要だ。
政府や自治体が予算ありきでワーッとくる「箱物」とは異なり、私は命を吹き込み、そしてその維持のために毎日気を配っている。
そういう建物の一角を図書館に使用という試みである。すでに、昨年春にオープンしたが、今回はその拡張工事である。
ネットはもうバカと暇人のもので残念なことになっているので、図書館への流路という「単機能」をシンプルに使う戦略でいく考えだ。

ベーシックインカムしかないと竹中平蔵さんもいいだした

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ベーシックインカム導入に、竹中平蔵さんが前向きな発言で話題となっている。週刊エコノミストの記事によれば、月5万円を国民全員に配ればよいという。
まったく賛成だし、反対する理由が一ミリもない。
この期に及んで財源がとか言い出すのは百歩譲ってポジショントークでやむを得なかったのかもしれないが、それ以外の一般人がそれを言ったらばちょっと理解ができない。お金要らないの?お金ないと死んじゃうんだけど、それ財源がどうのこうのでじゃあ死ねっていうの?それくらいぶっ飛んでいる。
つまり、お金そんなに配らなくてもいいし、財源が心配だし、将来世代への先送りや通貨の信認がどうのこうのごちゃごちゃって、それ今までもずっと言われててそのことだけ気にしてたら結局この20年で中間層消えたし産業は壊滅、国民一人あたりの生産性も低ければ、子どもの貧困もOECDでワースト、どこに配って消えたのか、なぜか政府債務は爆上がり。それ金持ちが貯め込む金になって不動産と株だけ暴騰みたいなおかしな世界じゃない?
もはや、新自由主義の権化みたいにも言われている気の毒な?竹中平蔵さんでさえベーシックインカムって言い出した。
これ見て勉強しよう。

偶有性とはなにか?脳の栄養素

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脳は、サイコロを振ったりじゃんけんしたりみたいに完全にランダムでもダメだが、完全に思ったとおりのことしか起こらないことも退屈する。その中間に偶有性という領域、まあつまりちょっとスリリングで、挑戦しがいがあるが、能力を超えているほどでもない感じの活動に一番興奮するという話だ。
偶有性がほどよくある活動にうまく没頭出来れば、ドーパミンが出てシナプス結合が行われ、脳の能力がアップする。やったー!
私がここ2週間のあいだにやってることってまさにそれで、廃墟同然の建物の内装を徹底的にリフォームして、人々の想像を超えるファンタスティックでインクレディブルな場所をどんどん作っていくというもの。
木を切る、ペンキを塗る、穴を空ける、コンクリートも穴を空ける、ペンキを塗る、電線を結ぶ、照明を取り付ける、掃除をする。すべての動作は一時間程度で「小さな達成」をもたらしてくれ、ドーパミンが出てコンサータもいい具合に相まってフロー状態に入る。
非常に満足度が高く、完全に時間を忘れる。いつはじめたかも思い出せないほどである。
私にとってはDIYがまさに偶有性がたっぷりある脳のための活動なんだろうと思う。

結局逃避→夜型のメカニズムが分かってきた

今朝四時半でもう外が明るい。
今日は家事、洗い物、ゴミ捨て、床掃除(夜の部、40分)からの逃避で次のようなことを手がけられた。
・子ども花火見守り、火付け係、後片付け ・DIY電線関係からの逃避で天井への合板取り付け ・DIY電線設計、イラレで ・じゅんちゃんと茂木健一郎のYoutube見る(10分くらい) ・DIY工事現場清掃、ゴミ捨て ・DIY裏のストレージの上の樹木や枯れ葉の除去と波板設置工事その1 ・DIYベンチ解体し資材リサイクル ・同その2として波板打ち付けも波板用釘紛失につき翌日に延期 ・営業エリアの清掃、ゴミ捨て ・ちょっと離れた支配床にwifi飛ばすも電波不安定(一時間以上) ・溜まっていた書類の片付け ・いろいろな更新手続き書に押印したり
そして午前3時10分ころついに洗い物着手、ものすごい気分が悪くなるがここまで引っ張った自分が悪いんだけれども、そもそも洗い物の逃避とはいえ上記のようにかなりいろいろなことができた。洗い物着手という視点から見れば逃避だが、逃避という評価を何も私はしないでいいわけでもうしない。洗い物がどんどん後になって、最後にやった(ただしこのあと入浴と風呂洗いの30分の家事があるので寝るのは五時だろう)。
コンサータはとっくに切れてる。昼は子ども病院付き添いとか三日分の食材買い出しとか、後はDIYの資材調達とかいろいろ忙しかった。
波板の設置がこの半年間の課題だっただけに大きな進歩だ。

大西つねきさんは離党後自民党の党員になる道がある

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私は去年の7月から突然財政や国の借金に強い関心を抱くようになったが、そのきっかけは大西つねきさんだ。私は彼の動画のレクチャーを聴いてなかなか参考になった。  ところで彼は、7月のはじめころ、命の選別を政治家がやらないといけないみたいなことを自分のライブ配信で口走ったために大炎上、山本代表が謝罪し、また、党籍の剥奪も党の総会に諮られることとなっている(ブログ執筆時点)。れいわに敵対する人たちや、れいわ内でも大西さんは理解の埒外だった支持者が噴き上がって、炎上が半端ない。 「募ったが募集はしていない」総理 「金額は言ったが価格は言っていない」財務官僚 「いいかげんに死にたいと思っても生きられる。しかも、政府のお金で(中略)。さっさと死ねるようにしないと」政治家の麻生太郎氏 「(終末期医療について)さっさと死ねるようにしてもらわないとか、考えないといけない」政治家の麻生太郎氏  今の政府与党の官僚や政治家はとてつもない失言を繰り返しているが、謝罪撤回はもとより地位もまったく揺るぎない。大西さんよりもはるかに悪質で、そもそも今の日本に生きるある程度のおとななら、心のどこかに持ってるだろうが、絶対に公では口にしないように気を遣っている「本音」めいたモノの露出ぶり、自民党のロックな爺さんたちのシャウトが止まる気配は一向にない。  大西つねきさんは、この際自民党の党員からやり直すべきだろう。私みたいに自民党のウェブページ党員募集から資料請求して市議さんを呼んで党費4000円を納める、ということである。私が自民党の党員になったのは、こういう「スベリ」に寛大な党はじつは保守本流の自民党だけなのではないかと思ったからだ(冒頭中島岳志先生のいう「保守」について)。  なお大西つねきさんに一言言わせていただくと、私は6月に党員になったので、今月入党したとしたら私のほうが「先輩」になるので、よろしくお願いしますということです。  さて、人間の理性には限界がある。そもそも失言だって失敗だってやらかすし、寝坊もすれば忘れ物もするし、USBだって分からなくてもおかしくない。自民党はこの間、かなりでたらめでヤバい、およそ賢いとはいえず教養もない人でも、しっかりリーダーや大臣になって、故郷の錦を飾ることができている。ある意味すばらしく寛大な党なのだ。おまけに、支持率が下がるどころか選挙での強さは相変わらずだ(少数の…

民主主義社会のマインドゼロの、ここは美しい国日本

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よく、児童虐待の挙げ句残念な結果になったお母さんお父さんの報道を目にする。その報道の文脈では、いかに具体的に残虐なことが行われたのかが子細に伝えられる。
私はこうした報道がずっと続く一方で、相変わらず子どもや若者への社会的給付や再分配が不足している現状が放置、いや放置どころか加速していっていることがなにも問題にされず、スプラッター映画さながらのグロい報道ばかりがメディアを寡占するのは、結局民主主義社会のマインドゼロの、ここは美しい国日本だなと思う。
確か去年だったか、一人あたり生産性がイタリアや韓国に追い抜かれた。ここ20年、GDPが伸びていないのは日本くらい。産業はがたがたで輸出国家なのにもはや優位なのは、karoushiとかサービス残業ですっかり有名になった安い人件費くらい。もちろんアメリカへの上納金を絶やすことができないうえに、基軸通貨円の信用もあるので、通貨発行権があるのにそれも自由にぶんぱいに使えない。
にっちもさっちもいかないなかで、私は週に三度近く行くスーパーの売り場の美しさに驚嘆し、感動を覚え続けている。
首相は、この国は美しいといったけれども、スーパーの売り場を見る限り、たしかに美しい。スーパーの売り場には、あり得ないほど親切丁寧かつ、美術的に趣向を凝らしたパッケージに収まったいろいろな食料品や日用雑貨が、たいへん安い価格で売っている。
形がそろって、ぴかぴかになったトマトやなす、まっすぐで泥ひとつ付いていないネギ。グラム単位で梱包、値付けされた国産生肉。
私はもはやこの、生活の最も根本的な部分でさえ、余地がないほどの洗練を身にまとった消費社会の日本。
これをまずはしっかり観察して、模倣し、その流儀(なんの流儀かというと、どうでもいいような調味料や半加工食品、生鮮食品をとてつもない洗練さをもって市場に並べるやりかた)をすべての自分の生活部局に取り入れようと思う。
まずはその第一歩として、ブラザーの感熱ラベルプリンターをアマゾンで購入した。私が10代前半のころ、ワープロが登場した。当初、ワープロは感熱方式だった。その後すぐ、インクリボンになって、インクジェット、レーザーとなっていった。だから、感熱方式で何かを印字するってのは、え?まだあったの?っていうレベル。
しかも、ブラザーの感熱ラベルプリンターの洗練さったらない。あの今、風呂上がりで裸。この動画を見て噴き上がっ…

NTTが再エネ事業に1兆円を投入

日本で再生エネルギーの普及が進まない最大の理由、ボトルネックは、送電網を既存の電力事業者が牛耳っていることがある。
いくら安くて安心で、地球に負荷のかからない発電ができても、それを消費地に届けるためのインフラを自由に使えなければ意味がない。
東電など既存の電力事業者は原発への投資を回収したいし、そもそも電気料金が安くなってしまっては存続に関わることだから、倫理道徳的判断ができない。
だったらええい、うちらがヤッたるデートNTTという巨人が、ついに目を覚ました。そう、彼らはもともと、電話線というインフラを持っている。それ使えばいいじゃんかーというわけだ。
今までなんで早くそうしなかったんだろー?!というのはさておこう。そんなことはもう水に流す。
このニュースはいいニュースだと思う。そしてもっと注目されてもいいだろう。

実体経済と金融経済 なぜ日経平均は下がらないのか?[三橋TV第250回]三橋貴明・高家望愛

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いつも日経平均だけニュースとかで簡単に見ることができる。だから、コロナで実体経済がボロボロでも、まあ極端な円安にもならず、日経平均もそんなに暴落しないから平気なのかなという気分になれる。



ただ、冷静に考えると、株価というのは美人投票だから、これから日本経済が大丈夫そうだ、いけそうだと思う人が、そう思わない人よりも、多そうだという人が多ければ、上がるもの。つまり、株価は、投資家が周りをきょろきょろ見渡して、ほかのプレイヤーが、買いに賭けそうなら、自分も買うし、売りにかける人が多そうなら、自分も売る(下がる)。



投資家は、その見込みが正しければキャピタルゲインを得て儲かることができる。



しくみはそうだとして、いやまてと。投資家の人たちは、なぜ、今ほどボロボロの日本の様子を見て、上がると踏む人が多いと思えるのかなという疑問が残らないか?



そんな楽観出来る状況なのか? 僕がもし株式投資に参加している投資家なら、買う材料ってないんだが?



そういう、何を見て判断されているのか分からない株価を見せられて、うちらは安心しているだけでよいのだろうか? よくないと思う。








新自由主義は人類を破滅に導く最悪のイデオロギーだった

非常に重要な議論だ。つまり新自由主義の恩恵を最大限享受してきたアメリカの富裕層が、これはペテンで、反倫理的で、似非科学と欺瞞に塗り固められたソシオパス(社会病質者)の所業だったので、一刻も早く私たちは新自由主義に変わる、互恵的で公共に真に寄与する経済理論をこしらえなければならないという。

PC版lineをつかうには【2020年6月最新】

用意するもの

光回線のある自宅とwifiスマホ(ただしsimフリーまたはsimカードなくていいが家のwifiにつながる)イオシスなど中古のECで数千円で買えるガラケーまたはSMS受信できる端末電話番号(ただしこれまでに一度もline用途で使ったことがない) うちの場合は2014年にウィルコムがやったPHS3回線無料プレゼントというナゾキャンペーンのおかげで大量にガラケーがあったlineと電子メール両方使える友達を1名用意 手順

新規登録をスマホで行うスマホのlineアプリからガラケー電話番号にSMS認証コードを送らせる新規登録ができるプロフィール(またはアカウント)からメールアドレスやIDを登録するプロフィールから自分のQRコードをスマホにダウンロードしておく(次で使う)スマホからGmailなどの電子メールアプリで、電子メールとライン両方使える友達に自分のQRコードを添付ファイルで送信その友達に自分を友達にしてもらう(または友達にQRコードを電子メールで送ってもらい、その画像をPCのメーラーで開いて、それをスマホで撮影し友達をQRコードで追加する)友達に次々、連絡先から友達招待を送ってもらうPC版ラインをインストールし、開く。その際にスマホ版のラインに認証コードが表示されるので、それをPC版ラインに入力する。スマホのlineはもう用がないのでアンインストールする(ただし、またあらためてQRコードで友達になる場合は必要になるがそのときはまたインストールすればいい) ポイント
2020年の6月以降、ラインの都合で友達申請ができない。特に、キャリアで年齢認証していないアカウントは、IDも電話番号も両方とも友達追加出来ず、QRコード一択となる。


自宅が光回線が引いてあり、ハブも無線も有線もあり、しかもガラケーもPCもゴロゴロ余っている、しかも電子メールアドレスはレンタルサーバーでいくらでも作れるという、あまり多くない人向けのご案内でした。

夜更かしになる2大要因【2020最新】

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家事や、掃除、経理の事務など必ずやるべきこと(非常に単調でつまらないがやらないとあとで致命的な結果を招く)をなるべくあとにやろうという力が常に、まるで重力のように働いている。
この重力は、起きてからの時間が経てば立つほど、つまり深夜になればなるほど強く働くようになる。
一方で、起きてから数時間の間は、もちろん、家事や掃除、経理事務などのつまらないが重要なタスクをばりばりと難なく取りかかってこなすことができる。だが、それ以上に、あれこれ思いついたより面白そうでそれなりの時間がかかるタスクの誘惑には勝てない。
起きてからの数時間は、何しろ元気で、まだ一日の時間がいっぱいあると思い込んでいるので、なるべく時間がかかりそうで取り組み甲斐のあるタスクに着手しやすい。毎日やっているつまらないルーティンワークは、あとでやればいいと思ってしまう(これがまずい)。
私の担当は掃除や、皿洗い、台所の清掃、ゴミ出し(半端ない)等、飲食業界ではもっぱらバイトがになうもの。それとあと、私しかできないモノとして、家の中でのシステム管理(最近はオンライン授業などが相次いではじまったこともあり増えている)、あとは経理や家計に関することだ。
世の中では、仕事がAIによって奪われるから、雇用が減るとか何とか言われているんだけれども、そういうことを書き散らしている人は、信号が赤なら止まれ。しかいわないレベルの説明不足の評論といっていいだろう。青は進めと言わないといけないがいっていない。
家で私がやっているようなつまらんしごとは、もう長年にわたって賃金が支払われていない。これに金を払えば、私は正々堂々と、朝元気なうちに、これらのタスクをやるだろう。これらのルーティンワークの重要性は私個人の感想としては骨身に染みているが、どうやらカネがもらえいないところを見ると、重要な仕事であるという社会的合意は得られていない。
すると朝起きて元気なうちにやることなのかって思って、つい先延ばしにする。どうせ金ももらえないし、とか。でも、そこに金が払われるとなれば、ものすごいがんばってやる。つまり、たとえばベーシックインカムなどの直接給付でカネをこ民に配ることで、間接的に家事労働にむくれば、わたしの夜型も是正されて健康になるし、みんなに笑顔が戻る。

この動画は本文とはあまり関係がない
先日、コロナウイルスの経済対策で、国や都が一定の要件を満…

自民党が気になって眠れない、そんな私もサイコパス?!

小金井市議会の市議会便りというのが来たので暇なので読んでみました。で、私はまずはじめに申し上げたいが、民主主義は多数派の意見が善であり正義であり正しい、とは限らない。むしろ、間違った考え方だって、支持されることがあり得るのが民主政治だということです(たとえばドイツのナチス政権だって民主政治下で生まれた)。私たち市民は、ですから、今私たちが選んでいる代表者が正しいのか間違っているのかを常にチェックして、間違いであることの証拠が見つかったら、次回の選挙ではそういう人には投票しないということがきわめて重要なのです。
これからいうことが自民党に対するヘイト、サヨクの遠吠えのように思われたら遺憾です。そもそもそうやってサヨク、右翼のようなレッテルを瞬時に発動して貼ったんだったらあなた、その態度こそまずいと思います。それでスッキリしちゃって酒飲んでネット見て寝るだけ以上だとこの社会壊れるんでね。つまり迷惑なんですよ、そういう態度は。やめて下さいレッテル貼りは勘弁してよ。
で、私は立場を表明したいけれども、ちょっと最近は自民党に注目しています。なぜなら、典型的な民主主義的政党が自民党なのではないかと思うからです。ただでさえ少ない「有権者」(投票権をしっかり行使している人)のなかで、最も多くの票を集める集団。これ気にならないわけがないですよね。しかも彼らのいっていることって言ったら私に言わせれば「間違っていること」「世の中がおかしくなること」「人権とか国際社会の常識の真逆なこと」「地球環境破壊」ばかり。まじで「ネトウヨ」レベルのサイコパスぶりを発揮してますからね。
閑話休題。繰り返しますけど、自民党の議員がこんなこと言ってる、ワーワー、とか言うつもりないんですよ。そんなの昔からそうであって。
ではいいますけどね、ぜひとも市民の皆さんは次の選挙の参考にしてくださいよ。令和2年5月20日発行の小金井市議会便り7ページの意見書、決議の審議結果からです。
まず、次のような文章を読んでください。ここからはちょっと潤色します。いいんです。それは。これは、議会に提出された意見書や決議の要旨を潤色を入れ、分かりやすい日本語にあらためて私が作ったものです。
「40年以上も前に計画された長崎県の石木ダム。これはもう周辺の自然環境や住民の犠牲はやむを得ないので、作るしかないでしょ! 先達たちが必要だっ…

倫理や道徳とは無関係な増殖するシステム

倫理や道徳とは無関係な、増殖するシステム。これは何のことかというと、株式会社のことである。

株式会社の本質は、株主総会で決議される繰越利益剰余金の分配の仕分けに見出すことができる。(利益準備金や預り金は割愛)

借方 繰越利益剰余金 貸方 未払配当金

実際に配当金が支払われるのは当座預金口座からである。

借方 未払配当金 貸方 当座預金

売り上げから利益を差し引き、納税したのち、その会社のオーナーたちつまり株主たちは、最後の利益剰余金からどれだけ自分たちに配当するのかを株主総会でつまり自分たちだけの打ち合わせで決めることができる。

株主たちは、当然の権利としてつまり、その事業のリスク引き受けの報酬として配当を受け取ることができるわけだが、彼らの頭の中には、その配当の原資となる利益が、どれだけの労働者や地球環境に負荷をかけて出てきたものなのかは、一切関心がない。彼らの関心は、今般のこのリスクテイクのプレミアというか、報酬がいくらなのかだけだ。

私が簿記の本を初めて読んだのは今から十数年前だが、その時はへーと思っただけだった。しかし先日娘に簿記をやらせいようと、入門書を読んでいたとき、私は重大なある事実に気が付いた。

株主たちには、この世の中の労働者や、女性や、子供など弱者のために、あるいは持続可能性に赤信号がともるこの地球の長期的な未来のために思いをはせることは、一ミリたりとも期待されていないという事実である。

彼らに期待されているのは、出資金を払い込むこと。そして、毎期、株主総会に出て、自分の分け前を決めることである。

要するに、彼らが倫理道徳的に正しい判断を日々行う理由が、この株主資本主義では規定されていない。存在しない。

これって絶対にまずいと思う。

株主は、だんだん、この仕訳、たった一個のこの仕訳に、すべての関心が集中するようになる。なぜならば、生き物たる人間のデフォルトは思考停止であって、脳がエネルギーを消耗する「考えること」はなるべくしないで済むように駆動している。

この仕訳さえ考えとけば、あらかたうまくいくと思って後は趣味のゴルフだの、麻雀だの、旅行だの、そういうので時間をつぶせばいいだけだ。

そうした有様こそが、株主の真の姿といっていい。

恐ろしいことだと思う。この社会のど真ん中にあるものは、倫理や道徳とは無関係な増殖するシステムであった。仕訳は一切の…

なぜ自民党に入党しようと思ったか

詳しく知りたいと思ったから。

つまりもっと政治の本質や実際を勉強するには、いちばんデカいところ、歴史が長いところにはいるのがいちばんだと思ったわけです。

それに私は単に、世の中にベーシックインカムを導入したい。ベーシックインカムしかない、しか、言っていない。ついでに言えば人権がもっと守られ、多様性が認められ、地球環境に優しい政策を実行に移せる政党であれば、どの党だっていいだけです。

いちばん、そういうことやれそうなのは、単に自民党だったと言うことです。

たとえば今、最もベーシックインカムが導入の気運が盛り上がっている、そういう世界史的なフェーズに私たちは立っていますが、どの党がいちばんはやく日本でこれを導入出来そうでしょうか?

自民党以外にないでしょう。投票率を上げる? 有権者にがんばってもらう? 野党だってすごい優秀で立派な人がいるしごともしていれば対案も出してる? もちろんそうでしょう。でも私は、そういう人にこそ、ベーシックインカム導入のために自民党に鞍替えしてもらいたいと思っています。

いまから、そもそも私が政権交代のために運動はじめるとか、別の党の党員になってどうのこうのとか、そういうことに労力を費やしていたら、私はたぶんベーシックインカム云々以前に寿命が尽きると思います。ベーシックインカムウイルスとしていちばん最適な宿主は自民党でしょう。

空っぽなんだろう。

子供に家事を手伝わせるのは虐待で人権侵害で窃盗の重大犯罪である理由

新型感染症のせいで政府は学校を閉め、家にいるように「要請」してもう一か月近くたとうとしている。

そうした中で、DVが問題になってきている。狭い家、世界からはウサギ小屋といわれている劣悪な住宅の中で、朝から晩まで子供が家にいる。そして親は会社ではなく、家で仕事するように仕向けられている。もはや親は発狂する以外にないだろう。

今こういう状態で子供に家事をやらせたらいいといわれているし、実際うちでもやらせているけれども、私からすればこれは虐待で人権侵害で窃盗(時間)の重大犯罪である。

子供の権利条約を読んでみてほしい。もちろんこれはご存じだと思うが199x年に日本も批准して有効になっており、憲法の上に立つ、重要な条約である。一言でいえば子供を守ろうというこの条約だが、家事をやらせるのなら一発で条約違反だろう。具体的に言えば子供を搾取してはいけないと書いてある。家事はあからさまな搾取であり、したがって家事を子供にやらせるのは子供の権利条約違反である。

(家事は搾取ではないという人へ。それならあなた自分のブログやメディアでそれを言えばいいんであって私に何か言うのは絶対にやめてください、便所の落書き(=このブログ)に文句言うのと同じで、万が一返事が返ってきたらホラーです)

もはやこのブログの読者ならば耳にタコができるほどのことだが、家事育児は無給の場合はそれは倫理的に許されないということ。しっかり政府はベーシックインカムなどでそれに報いなければならない。ところが政府はこの問題を無視し続けてきた。不作為という違法な態度を続けてきた。家事育児が無給である以上、私たちはこれをやるのはこうした政府の犯罪的態度を追認することになる。ただ、現状家事育児しないと別の問題からの末路(コバエ、ネグレクト、汚部屋、ゴミ屋敷化からの発狂または収監)一択かつ片道切符となるので、家事育児をやらないという選択肢はない。

だからわたしはやっている。

高校時代に、都立高校の清掃は生徒にやらせるのではなく、地域の清掃事業者に外部委託するべきだと言って親も呼び出されたこの私が。予備校でのあだ名は「人権君」だったこの私が。黙々と家事をやっている(もくもくではなくて、このブログのようにやかましくだが)。

それは百歩譲っていいとしよう。問題は、子供にやらせること。子供にやらせるのならば、家事育児は無給かつ無償のブラッ…

公共サービス民営化の問題点

問題点しかない。なぜなら、ある特定のサービスを民営化する場合、大体は株式会社である。株式会社は経営者がいて、そいつが道徳的には完全に腐ってることが科学的(哲学だが、笑)に明らかになっている。

つまり、人間は権力を握るとモラルのタガが外れて銭ゲバ、欲望の亡者になる。

たとえば、公民館の仕事をやらせたらどうか。公民館では、市民たちが集まって、折り紙、工作、簡単な運動やゲームを楽しんだり、またそうしたことが得意な市民が講座を開いたりしている。

しかし、放っておいてそういう人たちが集まるかというと、そんなわけがない。テレビの前で、思考停止状態で生きるしかばねになるのが人間の本性だから、そこから公民館まで引っ張り出してことを始めなければならない。

そのためには、あらゆる工夫と時間、手間を、その引き受けた公民館の管理者がやらないといけない。ファシリテーターとか、モデレーターなどという。

民営化されている場合は、そんなことに関心を持つ経営者などいるはずがない。いたとしても持つかどうか。そんな直近四半期の利益にならないことをするために経営者がリソースを割くことを許せば、競合の会社にたちまちその市場のポジションを取られてしまうのがこの恐るべき資本主義の正体である。

だから絶対に公共サービスを民営化してはいけない。というか、このコロナショックのせいで、アメリカは2か月で200兆円以上、国の借金を増やした(国民の借金とは違うので注意、国の借金=国民の資産)。

コロナで明らかになったことは、今、外出制限で倒産しそうになっている業態というのはつまり「不要不急の」サービスを提供している事業者だということだ。そうした人たちを救うために国が金を刷っている。もちろんそういう目的だけではないけれども。

コロナのような感染症は今後もバンバン出てくるといわれている。そのたびにこんな財政出動して金配るってのか? それで、あとでまた、借金がこんなにあるから、国民に増税して将来世代のために借金を返そうとかの財務省や朝日新聞とかがやりそうな財政ポルノを見たいっていうのか? もう資本主義は完全に終わっている。

そこで、公共サービスを民営化するのではなくて、民営サービスを全部国営化してしまい、そこでの通貨は特別な貨幣を発行して、資本主義をやり直したらいいと思う。最低限必要な食糧、エネルギーはもちろん無料である。

民…

明らかになった格差、受援力=ITリテラシー

ITリテラシーという壁が、今政府の支援策を本当に必要としている人の前に高くそびえたっている。

今すでに手続きができる次の三つの支援策がある。東京都の拡大防止協力金。通産省(国)の持続化給付金。そして、特別定額給付金だ。

いずれも、マイナンバーカード(それも三種類の暗証番号を覚えていること)を持っていたり、PDFファイルを自在に編集できたり、そもそも確定申告のデータをすぐ取り出せたり、売り上げ帳簿を作れたり(当然会計ソフトで)、そもそもパソコンがないと割と話にならない(電子メールアドレスも必須)レベルである。

PDFを用意できなくても、紙や手書きのものをスマホで撮って送るのでもいいらしいので、ぶっちゃけ全部それでやれなくもないかもしれない。つまりスマホ一台あれば、できちゃうかもしれない。うーんでもかなりやりにくいと私は個人的には思う。こういうのはスマホ向きではなくて、PCが最低限必要だろう。それぞれの手続きで必要な書類の量が多いので、スマホで撮っているうちに何をどこで送ればいいのかわからなくなったりしそうだ。

スマホで、せっかくデータをアップしても、「ファイルサイズは2MBまで」とかいわれる。スマホを店で買った人が、デフォルトのカメラ設定で、巨大ファイルサイズでバンバン撮って送って、ファイルサイズ制限で玉砕というのが見える。

ものすごいスピードでシステムを構築したんだろう、いちおうUIとか、スマホ対応とか、そういうことは成立している。しかし、前述したように、絶対にすべての人が困らないかというとそうではない。困った人はどうするかというと、オンライン申請以外の方法をやるしかない。それは…。どっか相談会場みたいなのも設置されているらしい。今の非常事態宣言で、そういうところ出かけるかって話。給付金については、いつ来るのかわからない。スピードの問題が出る。

たぶん、明日首くくるレベルで困っている人もきっと多いに違いない(cf経済死)。そういう人たちは、もういろいろと広い視野で物事を判断できなくなってる。視野狭窄に陥っていて、とてもじゃないがそういう人にファイルサイズがデカいとか言い放っておわるそういう、滑りまくりのUX(ユーザーエクスペリエンスってんですか、要はそのウェブアプリの使い勝手を利用者目線できちんと考えようって話)をバーンと政府がかましてきたのは、ちょっとほんとやば…

ふたつの動機付け

1991年に大学受験の浪人になって以来、勉強や仕事にいかに集中して取り組むかが重要なテーマとなった。

大学に合格するために、勉強し、合格した。しかし、合格したら、何かむなしくなって、勉強はしなくなってしまった。

その後、起業したりしてあれこれ自分でやり始める。一定の成果は残せるのだが、その都度飽きたり、むなしくなって、やめてしまう。決算申告や、絶対に外せない締め切りのあるものはやめるわけにいかない。そういうのはたいへんな苦痛に耐えながら、コンサータも飲みながら、何とかやっている。

しかし、もうやりたくないし、結局自分はなんでこう、飽きっぽくて、続けることができないのか、いつも悩んでる。できたらなんていいんだろうとか思ったり。

結論としては、私のなかで、もう絶対にこうしたことへのやる気というのは出てこないということだ。

やる気というのは2種類ある。ひとつは、外的動機付け。もう一つは、内的動機付け。

外的動機付けは、これまで書いたような勉強、仕事のように、外部から評価(報酬)を目的にする動機。こういうのは結局成就しても虚しさが募って続かないのである。二回三回と繰り返していくうちに、苦痛だけが増してきて、結局できなくなる。

一方、こんな私でも、気がついたらやっていること。やり始めると時を忘れて没頭し、とても楽しい活動もある。しかも、いくらでも繰り返せる。その活動はたとえば、DIY、このブログ書き、動画編集、爪かじり、ネットダラ見、掃除、人と雑談とか。これらの活動に共通しているのは、別にやったからといって評価が高まったり、報酬がもらえたりしない。また、頼まれてもなければ、義務でもない。つまり外部からではなく、自分の奥底から勝手に湧いて出てくる「やる気」に基づいた活動だ。これが内的動機付けだ。

内的動機付けに駆動されているときは、コンサータなんて要らないし、気がついたら着手していて、やれたらどんなにいいかなんて思わない。なぜならすでにやっているから。

つまり、結局私、というか、人間てのは、そういうふうにできているのではないかと思う。問題は、やりたくもないことつまり外的動機付けによる活動をやるにあたって、その活動にいちいち値段が付いているこの資本主義社会のほうだろう。

カネが、たとえば金融市場には大量にだぶついているはずなのに、人の嫌々ながらやる活動は家事や育児、介護がそうで…

仮説・家事を無給はあり得ないを実の娘で検証

日頃から、家事を無償でやるってのはあり得ないと言うことをここで訴えております。しかし、これ私が感じていることで、何ら普遍性があったり科学的に証明されるような「定式」ではございません。そこで、少しでもこれを説得力あるものにするために、娘たちで家事あり得ない説を検証してみました。

娘らにためしに、私が週二回やっている買い物(買い物リストを持って近所のスーパーに行き、買ってくる)をやってもらいましたところどうなったか。さっそく見てみましょう。

娘A(中学生)「途中で元気がなくなった」
娘B(大学生)「マジであり得ない。だるすぎ」

いやこれ、しかも無給だが、と伝えると、目が点になっていました。

娘A(中学生)「何かやらかした?」
娘B(大学生)「かわいそー」

やらかしたかどうか?たしかに、私は妻と結婚してあんた方を育て始めて今も育てていることは「やらかした」と言えばそうです。かわいそうか? …涙出てきました。

キーーー!ベーッシックインカムしかないだろコレーーー!

昨日アマゾンで買ったトッド解説本(by 鹿島茂)に書いてあったんですが、なぜ、人類はある時点で少子化になったか。トッドは、女性の識字率と出生数に相関関係があることを発見しました。

字が読めれば、いろいろな目に見えない物事の道理、考え方、あるいはストーリーや公正さについて。さらには将来や過去の出来事を想像したり。できるようになるわけです。

字で書いてある物語(や評論)を読めばイマジネーションに翼を与えます。

娘たちの様子を見ていて、こりゃーなるほどと思った次第です。皆さんも、もしお子さんがいたら、「はじめてのお使い」やらせてみるといいですよ。はじめて、ということはその後2回目、とか、3回目とか、10回目とか、まあ、100回目とか、400回目とか、続きます。つまり、死ぬまで、何百回となくやることになる、そういうタスクを、子どもがどういう反応するか。イヤだ。うんざりだ、たいへんなだけ。希望も未来もなく退屈。

なぜそういう反応になるか。その体験から、どういう意思決定をし始めるか。少なくともトッドは、ぜひとも死ぬまで家事育児やりたいからすぐ結婚して子ども産んで、これからも一生買い物に行こうとは、字が読める人なら考えない、そういう結論です。私も同感です。娘たちも。

で、これはさらに今後どうなるかって話をしますけれども。識字…

人間がファシズムに向かうしくみ

孤独で不安な人間に、恐怖と演繹論理で洗脳。あっというまに洗脳が終わって秒で殺人ロボットになる。アーレントの研究で分かる。

演繹論理というのは次のような論理だ。

人は死ぬ。Aは人。Aは死ぬ。

○○人はバカ。Aは○○人。Aはバカ。

これの何が問題かというと、最初の前提が正しいか正しくないかという疑義を挟み込む余地なく、人の危険な駆動装置(テストステロン)に着火する力を持っているからだ。

演繹論理は誰が言ったのか、そのこととが真実かが問われることがない。すぐに、バーッと人を興奮させて動かす危険がある。というか、人間という動物は基本的には、思考停止状態でジッとしており、獲物が見つかり次第その捕獲に動くという単純な本能にほぼ支配されている。演繹論理はそういう人間の本性を見抜いた為政者やリーダーにとって、非常に強力で簡単に使える「武器」である。

ユダヤ人はドイツ人にとって害悪。Aはユダヤ人。Aは害悪、ホロコーストに携わったドイツ人の多くが普通の人だった。普通の人でも、とんでもないことをしてしまう。

あとは、為政者が語る欺瞞が加われば完璧に、バラバラな状態で経済困窮という不安に置かれた群衆は、ファシズムでもなんにでも動き出す。

孤独はまずい。そして、演繹論理によって意思決定するのは、人に備わった傾向だから、不断の努力で常に、言われていることが真実なのか。道徳的に正しいのか。考えなければならない。

官僚やビジネスの場面で書かれる文言のほとんどは欺瞞である。書き手が、読み手を操縦するために、真実や書き手の都合を隠蔽して読み手をだます。

批判はやめろを徹底批判

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野党や、有名なユーチューバーや、その他有名人やブロガーなどが国や政府を批判すると、「批判はやめろ」とSNSにコメントを書いて噴き上がる無数の無名な人たちがいる。

その、コメントを書く行為自体がもはや公衆便所に落書きするレベルで犯罪だと思ってる。
なぜなら、そもそも前提として、国民には、国・地方公共団体を批判する義務が課せられている。国や行政団体の施策や不作為に対して、不断の監視をしなければならないと書いてある法律は少なくない。
そのため、批判をやめろという言説は完全に間違っており、違法でさえある。
宮台真司はこれらの所業を「サイコパスによる症状」としているが全くその通りで、ネットに書き込む前にどっか別の専門機関に相談に行ってほしいレベルだ。

家で集中できない人のためのリモートワーク実践法【2020年最新】

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なぜ家だと集中できないか。それはほかに気が散ることが多すぎるからです。家族、生活上必要な物流(洗濯、掃除、洗い物、消耗品購入、ゴミ出しなど)オペレーション、ネットのダラ見をやめるのに自分の意思しかない(会社や学校だと当然上司や先生ほかの同僚やクラスメートの視線があるのでダラ見が成り立たない)からです。
 人は「思考停止」状態がいちばん脳の消費エネルギーが少なく済むので、放っておけば思考停止つまり頭を働かせなくても住むようにする動物だと思います。そういう本能が働くからこそ、人類というのは何万年ものあいだこの地球上で種を維持できたのです。
 家でなんの刺激もなく放っておかれたら、思考停止本能が発動して、気がついたらネットのダラ見状態に陥っていてもなんの不思議もありません。
 このように人間は、環境的にも、環境以前のそもそも生き物としての成り立ちからして、家では集中できないようになっているのです。
 ではどうするかというと、オンラインで緊張感のある(つまり思考停止状態にならない)人たちが集い、語弊がありますが相互監視状態を作ることがひとつの解決策になるのではないでしょうか。私はなると思っています。
 それで、2020年4月19年から、オンライン上で集う「よりそう会議」をはじめました。もちろん、本来は直接、人が移動して、1箇所に集まることができれば、さらに効果は高いのです。しかし、私たちは今直面しているこの感染症の危機から、変化なくして生き延びることができない待ったなしの状況にあります。科学的知見とノスタルジーは切り離し、いまできることでまあ、効果が高いことを淡々と取り組むしかないのです。
 よりそう会議は週1回オンラインで集まって、それぞれ参加者が取り組んでいる課題をシェアし、そのPDCAサイクルをまわそうということです。
 課題は、かならず細分化・分類して、所要時間を明確にし、ToDoリストに落とし込むことが重要です。
 会議は一週間に1度しか行われませんので、その成就のために、ウィークデー、家で課題に取り組みやすくなる方法を紹介しましょう。
 箇条書きにしましょう。
・課題はToDoリストに書く
・すべてのタスクは30分以内に終わるようにする
・キッチンタイマーを用意する
・キッチンタイマーで5分、7分、15分、長くて30分ごとに必ず1分から2分程度休憩する
・「…

哲学入門チャンネルのじゅんちゃん、ゆとりfamのいよ

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今日は単に2つユーチューバーを紹介します。
たけちよ倶楽部ってのが大好きだったんですが外出禁止でしょんぼりです。
今日は、まず一つ目、哲学入門チャンネルです。


私も好きな、アンナ・アーレント、サンデル、ロバート・ライシュ激推しのじゅんちゃんは、アーレントが言うところの「活動」のために、私たち市民がもっと議論を通じて哲学しなきゃダメなんだ、政治参加しなきゃダメなんだ、見てみい今の日本の惨状を、というもの。

毎回13分程度でしっかり終わり、わりと本質的な内容をコンパクトにまとめてあって(つまりしっかり編集に時間をかけていて)、もちろん内容はとても共感が持てて好きです。

こういうふうに毎日動画をアップし続けるってのが本当にたいへんな仕事なので、尊敬します。またこういう動画をやりたいと思いました。

つぎ、ゆとりfam.のいよ様。
声、顔、何とも魅力的で、内容もソロキャンプ、バイク女子、DIYなど私も好きなものばかり。こういう人が、えいっと登場してきて、それなりの収入を勝ち得ていく。悪いことじゃないと思いますよ。だって、昔は怖い芸能プロに所属し、スポンサー、電通などの代理店、テレビ局、下請けなどさんざんピンハネされたあとのカスみたいな収入しか得られなかったのが、直接視聴者に直にこうやってつながれる。まあ先は分かりませんが、それはたぶん、地球上の命すべてについていえると思います。

少なくとも、そういう経路がひとつ増えたってのは評価します。これはもちろん、じゅんちゃんについてもいえますよね。彼は学歴も所属も一切不明ですが、内容だけで勝負して、たくさんの人と実際にその哲学的な思考を深める「場作り」に成功している。

今日は以上です。

ていうか、1年ほど前に紹介した別のチャンネルは、ヤバいことになってるようで(炎上?)やっぱり微妙だ、なんだかだめだと思う。何やっても。もう終わりだろう。ベーシックインカムしかない気がする。それで御飯かってきて家で食べるしかなかろう。


よりそう会議第一回開催感想

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よりそう会議第一回開催が本日4/19、開催されました。

この会議は、人々の孤独を癒やして緊張を解き、よいメンタルコンディションに調えたうえで、それぞれがかかえる「タスク」(作業)を見える化して、PDCAサイクルをまわしていこうという、いわゆるライフハック、自己啓発の運動です。リアルに人が集う「会議」というフォーマットを用いてこれを行い、行動のきっかけになる「定時、定場所」の要件を無料で提供していきます。

今日は第一回が行われたんですが、参加者はオンラインも含めて、言い出しっぺの私ともう1名の、合計2名でした。

もちろん、これが少ないか多いかといわれたら少ないんですが、むしろ、いきなりバズレばたちまち飽きられるのが世のならい。こうしてひっそりと始まって、浸透するまで時間がかかればかかるほど、息の長い活動になると思うんです。ですからよかったです。

発酵食品のように、時間が経って独特の変化を遂げることで、社会によい影響力をせっせと涵養していく考えです。

こういう活動をしていれば、私が日頃から(発狂気味に)取り組んでいるアドボカシー活動(政策決定を目指して意思決定者や社会の世論に向けて、表現活動や働きかけを行う活動、cf.ハンナ・アーレント)でも、説得力があるかもしれません。

では、土曜日、つまり4/18から公表され、広告収益が日本赤十字社に寄付されることになっている志村けんの大序ブダを貼り付けておくことにしましょう。なお、今日行われた会議の模様と、会議後の雑談はTwitterライブ、FBライブで配信されました。また、編集してYoutubeの「よりそう会議」公式チャンネルにてアップする予定ですがいま、ものすごい偏頭痛で苦しんでいるので、明日以降の作業です。


やる気の出し方【2020最新】

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長年の研究、どのくらい長年かというと、1990年くらい(私が高校生で、大学受験勉強のためにやる気を出す必要に駆られて以来)からだからかれこれ30年(!)。江戸時代だったら寿命の半分はやる気出さなきゃ、出ない、困ったどうしよう、締め切り来た、低パフォーマンスやミス(瑕疵・かし)だらけでがっかりを繰り返してきた、そういう「生を享受」する一個人からの報告です。

表題の通り、「やる気を出すにはどうしたらいいのか」。今年の結論は結局3つに分類されます。
心身の状態環境タスクへの取り組み方 1.心身の状態

睡眠不足だったり、栄養失調だったり、病気に罹患していたりしていたら、そもそも活動ができません。私の場合は、ADHDでして、これは注意欠陥多動障害という自閉症系の立派な(?)病気です。医者に相談して、きちんとコンサータという相性のいい薬を服用して心身の状態を調えています。

よく、夜型はいいのか悪いのかという議論があります。これは次のようなエピソードを読めばいいでしょう。心療内科(精神神経)系の病気で入院します。するとたいてい、まずは生活のリズムを整えることから治療が始まります(病気にもよるが)。つまりは、人間というのはそもそも朝起きて暗くなったら寝る、三食きちんと食べる、これを前提に健康が担保されていると考えたほうがいいということです。

作家が徹夜で何か名作を書いたとか、夜集中できるとか、そんなのはたまたまそのときはそうで、それを繰り返すとアッサリ人は廃人へと堕す線路への進路を進み始める。待っているのは入院までして生活のリズムを整える。入院すれば1日に何万円も医療費がかかってしまい、たいへんです(ただし、ほとんどの場合、自己負担額は微々たるものか無料でさえある)。そもそも作家でもないし。

2.環境

やる気がない人間→やる気がある人間。これは、人が変わるということです。人が変わるには、時間、場所、人の三要素が必要といわれています。当たり前ですよね。ある情報商材屋がいっていたんですが、レジ打ちの仕事。めちゃくちゃ退屈でつまらない。でもパートのおばちゃんはみんな、店に来たらパキッとこなしている。なぜか。そのメカニズムこそ、この環境に関わるヒントが満載です。

レジ打ち。就職希望ランキングあるいは、あこがれの職業で、かつて「レジ打ち」がトップ10になったことは決してなかった。不人気で典型…

認知行動療法とよりそう会議

2000年代はじめころから20年近く、家事育児に従事しています。単純で退屈な仕事を続けるのが苦手なADHDの私にとって、毎日続く家事育児から受けるのストレスは人一倍大きなものでした。たとえば子供が何かをこぼします。床を拭かなければなりません。そのときに自動的に頭に浮かぶのはどんな言葉でしょうか?
「私の貴重な時間がまたこうして失われた」
「何やってるんだろ。僕? ほかの同世代の男性は真っ昼間にこうやって床に跪いて汚物を拭いているんだろうか? ありえない。空調のきいたオフィスでスーツを着てそれで私の何倍もお金を稼いでいる」とかです。
 それで、イライラして、子供にきつい言葉をかけてしまったり、いわゆる「キレた」状態になったりすることもあったでしょう。
 さて、認知行動療法では、こうした自動的な思いとそれへの脊髄反射が出る前に、そうした反応以外の反応をとるように心がけます。心がけるというか、そういう反応にならないようなトレーニングをするとか、とっさに切り替える工夫をするとかの表現がより正確かもしれません。
 私の場合は、長年の忍耐の結果「妄想する」ことで何とかやり過ごしてきました。どんな妄想かというと、日常の悲惨な家事育児の場面を「ネタにする」です。いい歳した大卒の男性が、真っ昼間に子供がこぼしたものをスタコラ拭いている様。あるいみ、無様。これは見ていて、ちょっとおもしろいと思うんです。他人のなんとかは蜜の味っていうじゃありませんか……。自虐妄想ですね。こんな自分をYoutubeのネタにしようと思うと、子供が床に何かこぼしたら、「こぼしてくれた、やった!」と逆にうれしくなります。当然、キレたりイライラしたりはなくなります。みんな喜んで私の動画を見てくれると思うと、ウキウキします。
 もちろん、実際その都度カメラにとって動画を編集してアップしているかというとアップはしていません、あくまで妄想ですので。しかし、実際、動画をアップすることもできるわけです。なにしろ同世代のサラリーマン男性は、家にいることができない。ということは、子供がやらかしてくれたという面白い自虐動画をとることもできない。彼らはネタに困るが、私はネタが有り余っている。これはかなり愉快なことです。
 さらに、おなじみの「ベーシックインカムしかない」というこのブログのテーマです。そもそも家事育児がつらいのは…

働いていないのに金が振り込まれる国民は多い

今、コロナウイルスの感染防止のために、休業補償をどうするとか、休業要請するしないとか問題になっている。

これらは、いずれも、給与所得者や自営業者たちの生活の問題が問われている。

ところが、どういうわけか、政府から打ち出される対策はまったくピント外れなものばかりである。補正予算108兆円のうち、真水は16兆円に過ぎないとか、マスクを400億配るとか。

これはなぜかというと、為政者が耳を貸すのは国民の誰なのかを知る必要があるだろう。

今日は、国民というのを、どういう所得で生活しているのかで分けて考えたい。ちなみに、本項は私の私見や思い込みは一切入っておらず、財務省や政府が公表しているいわゆる「公知の事実」に基づいて書いている。途中までは。最後のほうでブチキレて発狂するからそれはそれでお楽しみに!

国民の所得というと、ほとんどのひとは給与所得、働いて稼ぐ給料を真っ先にイメージするだろう。ところがちがう。どういうことか。

まず、近年の日本の、給与所得者に支払われた給与所得の総額は年間200兆円くらいである。一方、海外からの投資収益の受取を含む、日本国民の総所得は、だいたい600兆円くらいある。

つまり、400兆円という、過半数のカネは、働いて得た金ではなくて、それ以外の方法で入ってきた金ということになる。それ以外の方法とは、ではなにか。

具体的には、配当所得。不動産所得。利子所得。譲渡所得(買ったときより売ったときの方が何かが値上がりして儲かった所得)などだ。つまりは、働いて得た所得ではないということである!

国税庁の所得の区分表を見れば詳しく分かるが、ここで重要なのは、働いてもらう給料以外に、所得は9種類もあるということだ。そして、働いてもらう給料というのは、じつは日本人の「もらってる金」のうち、思ったほど多くはない。半分も行かないばかりか、なんと三分の一に過ぎない。

じゃあ、過半数はどういうことか。繰り返しになるが、過半数は法人や個人が、働かないでもらってる金だということになる。

【注意】よく、サラリーマン大家になれだの、動画配信副業はじめろだの言ういかがわしい情報商材屋が、ここまでの論調とまったく同じことを言うのを聞いたことがある人もいるだろう(私は推敲中にそう思ってギョッとした)。しかし注意してほしいが、働いて金を稼ぐことはばからしいからやめて、大勢の国民がすでにや…

先進国で初!スペインでベーシックインカム導入決定

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この記事から明らかなとおり、スペインでベーシックインカムが導入されることになった。先進国で初めてである。

そもそも国は、国民の生命安全を守るために私たちが税金を払ってその運営を業務委託しているもの。天災など、本人の努力ではにっちもさっちもいかない理由で、この命が危機にさらされている以上、ベーシックインカムが導入されるのは当たり前である。

日本で今起こっていることは、これまでは「人災」と言われていた。しかしもはや、人災の域を超えて天災になっている。政府が丸ごと天災である。

世界で大変なことになっているにもかかわらず、電通利権のオリンピックのためにあらゆる初動を遅らせた。WHOに160億円を払って「コロナ侍」の称号をもらった直後に中止になるや、和牛や寿司のチケットを配ると「大喜利開始」。直近では給食マスク2枚を全世帯に配布するという渾身のボケも国際社会から完全スルーされ、観念して昨日の緊急事態宣言である。

今だけ、カネだけ、自分だけで逃げ切ろうとする高齢者の大群、低知性の政治家たちと出世欲のためにこれに盲従するポンコツ官僚群、オワコン化した産業界の利権。こういうもので私たちの未来の命はないがしろにされ続けている。これはもう、間違いなく私たちひとりひとりでどうこうできる域を超えた「天災」というほかない。

つまり日本もスペインと同じ天災に見舞われているわけだから、今すぐベーシックインカムしかない。

スペインに続き、ブラジルでも法案が上院を通過した模様だ。英米でも議員がベーシックインカムの導入を政府に請求する動きが目立ってきている。ウイルスが勝つか。ベーシックインカムが勝つか。いよいよホットになってきた。

ひきつづき、ベーシックインカムの世界のニュースをフォローし続けたい。このサイトをお勧めする。

BIEN | Basic Income Earth Network
https://basicincome.org/

日本型循環モデルの陳腐化とはびこる悪

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私は東大生でも学生でも何でもないが、単に興味があって本田由紀先生の本を数冊か読んだ。

この動画を見て、すごく彼女に親近感を持った。こういう人の動画を好きだとか、言及すれば、たぶんすぐある種の何とか寄りのレッテルを貼られるということはあるかもしれないけれども、ぶっちゃけそういうレッテル貼りはレベルが低い憂さ晴らしで私には無関係だし興味もない。

続けます。

私は、この動画で言われているような、いわゆる戦後日本がそれでやってきた高度成長を支える「日本型循環モデル」の申し子のような男だった。

大学入学までは、という話だが…。

要するにそれはなにかというと、勉強しようという意欲がまったく本質的ではない。それは端的に言って身近な人へのコンプレックスを燃料とするルサンチマンだった。ひがみが勉強に向かわせた。勉強の結果約束されるのは、彼ら、彼女らを見返してやれるという、社会全体から見れば1ミリも意味のない「欲望」であった。

それで何とか合格したはいいが、就職で失敗した。それでも何とか、まあまあな東京の企業だったから、中流のサラリーマンの人生の一端を垣間見ることはできた。

ただ、さすがにそうした人生はあまりにバカげていて、あこがれを抱くことは不可能だった。

で、やめた。

その後、いろいろあって今起きている時間のほとんどを、家事育児つまり家事に費やしている。早大を出た、ホリエモンとかキムタクと同い年の中年男性が、起きているほとんどの時間を、子どもの学用品の使い走りや、食料品の買い出し、皿洗い、掃除で過ごしている。ほかにもいろいろと事業はやっているが、本田先生の動画を見れば分かるだろうけど、今中小零細企業がなにか事業をやっておいしく儲かるなどということはあり得ない。

自分の人件費はほとんど削って、かろうじて何とか仕入れた金額よりもちょっと多い現金を得る。その程度の話だ。もちろん日本の企業のほとんどがそうであるように万年赤字である。

いいたいことはなにかというと、今の諸制度はまったく希望がない。最も悲惨なのは、せっかくこのめずらしい地球という生命の星に時を同じくして生まれて、すばらしい自然や人生を謳歌できる人類にもかかわらず、同じ星で、同じ国で、同じ地域で、家族内でいがみ合わないといけなくなっている。

宇宙の歴史彼観れば本当に一瞬ではかないけれども、私たちが感じたり、見たり、考えたりで…

結局がんばろう

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ふたつ動画を見てほしい。

私は一貫して申し上げているのは、資本主義がアウトってこと。カネだけ、今だけ、自分だけになってしまう。誰も責任を取らなくなる。




家事育児も憲法の勤労の義務であり権利

朝は何でもやれる気がする。さわやかな日差し。新鮮な空気を運ぶ風をほおに受ければ、生きる喜びがみなぎってくるのを感じる。

これほど活力がみなぎっている私なんだから、今日は何でもやれると思って次々と手を出す。もちろん、想定外の時間がかかるので、結局本来やらなければならないつまらないタスクは深夜にやっとやることになる。

そのときの心境は昼間とは真逆だ。つまり死にたい気持ちしかない。生きようという活力は完全に枯渇している。

そういう夜にやってはいけないタスクはたとえば次のような。

洗い物トイレなどの掃除ゴミ出し実家から届く大量の炭水化物や菓子類を「捨てない」でいかに日常生活を妨げない建物内動線を確保するかの闘い数週間前に届いたまま、室内の床に置かれっぱなしの大量の炭水化物や菓子類を「捨てない」状態のまま管理すること(かなりストレスを感じる)領収書の分類家計簿への入力カード明細のダウンロード支払 まったくほとんどの人には共感を持ってもらえないと思う。こんなのたいしたことないことばかりじゃないかと思うだろう。ここで憚りながら申し上げると、これらのタスクの量が私の場合ハンパないのである。

掃除や洗い物…家族6人分+ネコ+飲食店。1回の洗い物の数だけでも数十点の食器や箸などを洗わないといけない。一日三回。掃除機掛けするにも、管理床面積が余裕で100平米を超えるため、膨大な時間がかかるし毎回クリーナーのゴミを捨てなければならない。

ゴミ出し…人間が多いことに加え、流入も多く、また洗い物が膨大すぎて水気を切る時間もないのでかなり重い。さらに、たとえばアマゾンとか実家から食べ物が届くとする。梱包されている資材は、段ボール系資源ゴミ、雑紙資源ゴミ、燃やすゴミ、ビニールプラスティックゴミ、埋め立てゴミと常に最低で4種類の分類が必要になる。もちろん段ボールはカッターで解体しなければならない。中腰で週に何度もこの作業を、もう20年くらいやっている。

実家から好意で送ってくれるお菓子などの整理…あまり書けないが、とにかく量が多くて泣きそうになる。本当にもう泣きたくなるとしかかけない。これは昼間に妻と一緒にやるしかないのだが、それが上手く目的の生活動線の確保になるかどうかは心許ない。

領収書や経理関係事務…とにかく死にたくなる。国民の義務だし税務署が来て青ざめるのはイヤだが、この20年近く、税務署が…

日本はこうして終わる【2020年最新】

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ベーシックインカムの必要を10年以上前から訴えてきたこのブログだが、ベーシックインカムをすっ飛ばして今回の新型肺炎で一気に国の終わりが視野に入ってきた。

輸出産業依存型経済の終わり観光や不動産開発も限界官僚機構の腐敗高齢者激増自然災害からの局所的品不足やインフレ 経済成長のエンジンである産業が軒並み陳腐化し、政府による株の買い支えや、人件費圧縮や自社株買いによる応急措置も限界に。

私たちが目にしているのは、日本という一国に限ったことでは、もちろんない。株式を発行して事業を展開し、付加価値を生み出して雇用も創出するという資本主義の持続成長のための機構が、たったひとつの決定的な要因、これはもう300年以上前から分かっていたことだが、マルクスが指摘して、それはつまり「フロンティアの消滅」により、決定的に終わった。

フロンティアはしかし、消費者が増えていればかろうじて先延ばしにできたものである。ところが、どういうわけか先進各国は全部一律、少子化した。人口減少である。

このあと日本、驚くべきことに基軸通貨国でもあるわが国が(そこは祖先に感謝)、どういうふうに終わっていくのか。それは資本主義の終わりと重なる。

私は、次のようなありがちな見立てはしない。たとえば、円安になってエネルギーや食料が買えなくなるとか。それはあり得ない。インフレもいわゆる全部の物が高くなるということはなく、今回のマスクや炭水化物、ペーパー類の買い占めのような局所的な供給不足が生じる。これは極めて不快だ。平常時はこういうのはいいが、資本主義の自由経済の場合、買い占めに無力である。基本的な日常生活に必要なもの(あまり加工されていない食料品やペーパー類、消毒薬、生理用品等)は平常時に無償で配布する体勢にすることが重要だ。

今私たちの前で、金融経済が何度目かのバブルの崩壊を迎えている。大量に刷られたマネーはしかし、インフレをもたらすことなくいかにしてしぼむことができる? 最大のテーマは、もうこのバカげた繰り返し(バブルの生成と破裂)に終止符を打つべく、私たち人類は知性を総動員して活動をはじめなければならないと言うことだ。いい加減、学ぼうよと言うこと。

大量のマネーは、今度こそ行き先を決めるべきだろう。それはどこか?

もちろん、うちらに配れってこと。実体経済の担い手であるわたしたち世界の99パーセントを占める中間層…

同じことは繰り返し出来ない

同じことは繰り返し出来ない。勉強、仕事、家事。

結構器用だから、なにかに取り組むとまあ、そこそこできるようにはなる。しかし同時につまらなくなる。

すっかりつまらなくなったものをしかし、やらないと生きていけない。それは生きているといえるかというと、たぶん違う。そうしたことを無理矢理やっている時間は、「死」んだ時間だと思う。生きたいという気持ちを押し殺して目の前のルーティンに向き合わなければならない。

テレビでは必ず、短い時間にまとめて視聴者に伝えるために、「一言でいうと」「要するに」「つまり」という。

私の病状は一言では言わないし、要しないし、つまらない。

訪ねてくる人だけがどうやら有効な薬になっている気がする。それは子どもでもそう。家族がいて、店があって本当によかった。

私はADHD。コンサータを飲んでます。

テレビで、こういう人が出ていた。

高校を卒業して、新宿紀伊國屋書店を皮切りに、以来11の職を転々とし、37年前に限界集落の古民家に移住。以来たったひとりでそこでだいたい自給自足で暮らしている。

彼は木を削って漆を塗って器を作って売って生計を立てている。年間50万円程度。だが生活費は月に3万未満なのでだいたい何とかなるという。

彼は、自分は器用じゃないから、器を作ることしか続けられないと言っていた。他の人は、もっと器用だから、逆にいろいろなことができてしまう。そうするとひとつのことを続けるのではなくて、いろんな新しいことに手を出してしまう。でも自分はそうではないと。不器用だから、ひとつのこと(器作り)しかできないと。

この彼なりの「論評」というのがいかにも病的だ。

たんにADHDなのである、彼も。そして、彼は器用だから、めちゃくちゃ不便な限界集落暮らしを37年も続けられる。彼にとっての器用と、世間一般の器用がずれにずれている。

私が最近注目しているのは、「作業」という人間の営み。

彼が漆塗りの器を作るのも作業だし、私があれこれDIYで作るのももちろん作業だ。ただ、私がパン屋のために準備したり、掃除したり洗い物したりするのは、はたして作業なんだろうか? 違うと思う。なぜならば、それらは、DIYと違って、作業行為の結果が私ではなくて、私の作業の先にある機械によって左右されるからだ。

たとえばパン屋はオーブンに入れる。掃除は掃除機。洗い物は食器洗い機。それに、毎日毎…

身近に死にたいという人がいるなら

私は知り合いから死にたいっていわれることがわりとある(たぶん暇人だと思われている?)と思っているが、その都度、自分はその人に対して何もできないということを知るばかりであった。

憚りながらいうと私自身は、生きる意味なんてないって信じてる。そのときそのときで楽しくやり過ごして、せっかくの人生いろいろみてやろうくらいの気持ちなので。大学で哲学を勉強した私からしてこうなんだから、気力を失った鬱病の人に生きる意味なんて…説明できるわけがないし。

気をつけなければならないのは、生きる意味がないからじゃあ死んでいいかっていうとそれは違うってことだろう。そこをいかに説明するかがこれまたむずかしい。生きる意味がないが、死なないで生きるにはどうしたらいいかっていうと、じつはこれは方法がある。金もかからないし、カウンセラーや精神科医も要らない。なにか。歩くこと。

端的に言うと、どんな人でも「行動する」ってことがその死にたいっていう原因の感情を薄めることにけっこう役立つ。散歩はもとより、ちょっとした作業が生きる時間を埋めてくれる。

たとえばこのリンクを読んでみてください。重度の鬱病を患ったが、作業を通じて回復していくリアルドキュメンタリーとなっています。こういうのを読むと作業療法士資格を取りたくなるんだよ。

生きる意味ってありますか? Quora

さて、身近に死にたいという人がいるなら、私と話をしに来ませんか。というか、話しなんてしないでいい、ただ歩くだけでいいです。私はガイドヘルパーという、行動や散歩のプロなんです。本来は身体障がい、知的障がい、精神障がいや発達障害で自立支援医療(精神通院等)の人が外出して余暇を楽しむときに同行する福祉の仕事だが、黙々と歩くだけでなんでこんなにすばらしいのやら。きちんと法律もあって、報酬も払われる、これは国家予算からの仕事です。だからバカにできない。

インクジェットプリンターの買い方

最初は安いが、あとですごく損した気持ちになって、結局心理的コストがバカ高くなった事例。

エプソンの、エコタンクという、非常に印刷単価が安いのだが、2年程度、つまりメーカー保証の1年を過ぎたあたりから、必ずと言っていいほど紙に汚れが付くようになる。

エプソンに修理申込みすると、1万円台後半から2万円台中頃までの修理代金がかかる。その修理後は、3ヶ月程度で、またもし、症状が出たら再びそれくらいの修理代金がかかりうる。

買ったときはまあ、1枚2円とか、ものすごく安くカラー印刷できるとよろこび、またAmazonなどで買えば相当本体も安い。

だから買うわけだが、このようにかなり時間が経ってからふと壊れて、修理費用がバカ高いのは悲しい。

もちろん、メーカーは延長補償プランを販売時に買えるよう用意している。正直、最も長いプランに、購入時に加入するのはこれは必須だと思う。

ただ、このプランの契約書をよく読む必要がある。何が書いてあるかというと、せっかくそうしたプラン(たいてい2万近くする)に入っても、途中で、純正インク以外のインクを使ったら、延長保証契約はパーになると言うことだ。

つまり安いからと調子に乗って、非純正インクを使い、壊れて、延長補償プランに申し込んでも、修理費用は実費になる。

買うときだけは安いが、補償プランにも入らない、非純正インクを使うなどの使い方をしていると、結局新しいものを買い換えた方が安いということになる。ただ、新しいものを買い換えるったって、最悪一年しか使えないような事態になると、当初の導入の動機だった、一枚あたりの印刷コストで割り戻すと、結局むちゃくちゃ高いということになりかねない。

しかもプリンターの中には、自治体に粗大ゴミとして出せない機種もある。ビジネスプリンターのカテゴリのものは、基本的には家庭ゴミではない。したがって自治体は粗大ゴミとしては引き取ってもらえない。

泣きっ面に蜂とはこのことで、じゃあ、産業廃棄物としてプリンターを出すとして、いくらくらいかかるのか。役所に紹介してもらった業者をみると、5000円程度は最低はかかる。

壊れたから捨てて、新しい物を買っても、結局高く付く。こうなると結論としては、インクジェットプリンターはもう買わないということ以外にない。レーザープリンターでいいだろう。レーザープリンターはインクジェットプリンターと較べ…

貸付金じゃなくて所得とみなされる恐怖

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竹花さんは、SNSマーケティングで大成功し、複数の企業を複数の国で運営して財をなしました。ある海外の自分の法人、ただしその法人の株主はこの人だけです。つまり、この人が、会社のカネを右へと言えば、会社は右へ移すし、左へと言えば左に移す。会社のカネは100%、社長個人の裁量でなんとでも処分できるわけです。つまり、会社のカネ=社長個人のカネというふうに、第三者からは見えるわけです。で、社長は、会社のカネ100億円を社長個人の口座に、貸付金として(「所得ではなく」)振り込ませて、その100億をプライベートバンカーに運用させ、5%の運用益つまり5億円を得ました。
 この社長個人がたまたま、そのときに住んでいた自治体の区民税課は社長に電話して、住民税を払えと言いました。5%の運用益に対して課税したいというわけです。
 社長は、住民票を置いていない、だから自分は保育園にも子供をあずけられないし、子ども手当ももらっていない。だから住民税は払いませんと言いました。
 それが通るか通らないか。彼にしてみたらじつはそれは小さな話だったのです。
 社長が最もビビったのは、100億円という貸付金のことを、国が所得じゃね?それ?とツッコんでくるのではないかという部分です。
 所得になると、5%の運用益の5億円がどうのこうのという話は吹き飛びます。一気に、国が狙っている本丸が5億が100億になります。
 私が注目したのは、彼が、自分は海外の法人については会計事務所が。自分の個人の所得については税務署がしっかり顧問契約で付いている。弁護士もいる。そして、毎月国税局へ弁護士会計士らと行って、議事録も取って、自分の取引について共有している。にもかかわらず、彼らは、「分かりません」としか言わなかったという部分です。
 つまり、税務署はもちろん、カネのにおいのするところをめざとくかぎつけて、そして法律も規則も通達も思うままに駆使して、いちばん金を取れるだけ取っていくのが本性なのですが、そのやり口に、顧問料を払っている税理士も弁護士も、なんの役にも立たない、せいぜい心理的なお守り程度にしかならないというところではなかろうかと思います。
 彼はあまりに国は恣意的、つまり気分次第で国民の財産を蹂躙していると怒っています。この怒りはもっともな怒りでしょう。ただ資産が100億とか普通はない一般市民からすると共感…

意欲格差、孤独、階層

決算が終わった。毎年あるこのルーティンワーク。取り組めば終わるし、どのくらいで終わるかもわかる。結果も大体わかる。ただ言えるのは、まったく面白くないし、繰り返してなにかに熟達したり到達したり解脱したりといったカタルシスは全くない。救いは、終わるということだ。そして、終わった。今年も終わった。もちろん数か月後にはまたやってくるのだがそれまでのあいだは決算のことは考えないで暮らしていける。自由がそこにある。
今の社会には意欲格差というのがあると思う。東大に受かる3000人のうち800人は10高から行っている。つまりそういう高校の生徒は、友達がいるから頑張れる。友達は意欲を高めあう。人は環境に弱い。全くその通りだと思う。
ネットやスマホでいくらでも廉価に勉強の材料は手に入る。キュビナもそうだった。最高の教材がある。でもやらないのはなぜか。意欲がわかない。なぜわかないか。たった一人でやるからだ。
コロナウィルスで小中は家にいることになった。そしてオンライン教材を提供する民間企業が相次いで無償でアカウントを開放した。しかしそんなのは全く意味がないと思う。むしろ、ネットですでにハイレベルの、意欲を高めあえる友達環境を手にしている生徒たちと、そうではない生徒の差を広げることになるだろう。無償で提供すべきなのは、そういう環境のほうではなかろうか?
東大につながる高校へ入るには中学受験からのスタートになる。中学受験合格のためには、小4から塾に通う。熾烈な競争。しかし、階層構造の再生産のために親は必死だ。学歴を媒介にする地位の再生産がおこなわれている。これではほかの国民は無気力になる一方だろう。何か別の幸福、幸せをとりもドダなければだめだろう。彼らと競争を始めて何かメリットがあるんだろうか。意欲がわけばなんでもいいと思う。死にたいとか、孤独でひきこもるとか、そういうことだけは避けなければならない。そこからしか始められないし、それしかできない。
階層構造の再生産に参戦してもすべての親子がそれに成功しない。そういう競争には参戦したが、敗退して、それでも自分にとって居心地の良い場所を手にすることが全くできないかというと、そうでもないと思う。そこがこの社会の少しばかりの救いだろう。そのような、小さな場所――つまり大きな物語に包摂される機会を手にできなかった人たちが、思い思いに幸せな人生を享受…

領収書はお金であり護符

私は正直に告白すると夏休みの宿題とか、読むべき本とかは、超後まわしにしてしまうタイプです。

というか、ADHDなのでそれはあたりまです。生まれたときからそういう仕様で出てきているので、それ以外の対応はできないことになっているんです。

で、今確定申告のシーズンで、いろいろ工夫してやっとの事で1社終わったので、のちの備忘のためにこれを書くことにしました。工夫ってなにか?はい、たとえばコンサータを飲む。コーヒーを飲む。あとは、使っていないノーパソを横に置いてひたすら「酷道」動画を映し続けるとかですかね。酷道を延々走る動画。パソコンが処理が遅くてイラついたときに。あるいは、国税庁電話相談センターで待たされているとき。酷道風景を眺めるだけで本当に癒やされて別世界に旅立ててステキなんです。工夫は以上になります。

さて、法人が、つまり普段は命がけで赤字にしているにもかかわらず、たまたま想定外に売上が増えてしまい黒字になったときにどうするかってはなしです。日本の法人のうちこれは200万社くらいあってほとんどが中小零細企業ですが、8割は赤字にしているため、黒字になったときは私のように慌てふためきます。ただ、ほとんどの法人代表者は税理士に丸投げしていて、社長自身が確定申告しているケースというのは少数と思っています。

黒字の場合に戻ります。黒字が見えたら、当然私も毎回慌てます。というのは、オペレーションが複雑で、書類作成もたいへんなことになるためです。ここで一点、「私」=人間の私というより、法人代表者つまり法的な意味でのヒトなので。つまり、有り体に言えば私=会社、ということになります。以下はすべて法人(会社)についての話になります。ただし、利益の考え方や、税の納め先は同じですから大丈夫です。

あとでみて訳が分からないとイラつくので、ものすごく簡略化してしかも私の小さい小さい法人の、たった200万程度の黒字の場合に限り話します。たったというのはもちろん異論があるでしょうが法人の税の話をするときにはこれは小さいと思います。

まず、いったい誰に対して払うか。三人います。払う相手は三人います。カッコの種類は、それぞれに対して払う税金の種類の数です。これらはそれぞれ計算の方法や税率が異なります。=は変数ではなくて、まあハンドルネームとしましょうか。ときのリーダーと名前がたまたま似ていますが、分か…

「空気」を平和にたもつDIYマスクつくりました(無料DL可能)

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日本は高齢化により長くデフレが続いている。しかし、モノの価格がすべて下がり、買いやすくなっているわけではない。モノの価格と同じようにあるいはそれ以上に、庶民の所得も減っている。

れいわ新選組がデフレを克服するためにお札を刷るとか言っている。それって聞こえはいいが、インフレの危険を指摘する経済学者は多い。

今注意したいのは、全体ではデフレのままだが、何かのイベントが起こると、それに反応して生活必需品の一部がピンポイントで値上がり、品不足になる危険なインフレだ。3.11のときは、店から一時食料は消えた。ガソリンスタンドは長蛇の列が起こった。インフレになる前に、モノが店から消えてしまうのである。

これってすごく怖いことだし、れいわのやり方みたいなことで解決できるとは到底思えない(少なくとも消費税はしかしゼロにしてほしいとは思っているがそれとこれとは別の話)。

で、最近近所のドラッグストアで、あろうことか花粉症のシーズンなのにマスクが全くなくなってしまった。そこで今日は、昨日2時間かけて作った、だれでも家にある材料だけで作れる簡易マスクを公開したい。

これをセブンネットプリントとかでA4モノクロで印刷して(もちろん家にプリンターがあればA4コピー用紙で印刷して)、あとは輪ゴムとホチキスとセロテープがあれば作れてしまう。ちなみに私の事業のお客様は直接言ってくれれば、きちんとスジ入れ加工したものを差し上げます。

要は、ウィルス保持者(あるいはそう見える人)が、飛沫を外に飛ばさなければ、少なくとも平和秩序は守れると思う。たとえば九州では、口を塞がずに咳をした乗客に対して、そばにいた乗客が咎めてトラブルに発展し、二人とも電車からつまみ出される事件があった。そういうことが、少なくともこのマスクがあれば防げるだろう。

もちろん、口から出た飛沫がまったく外に出なくなるわけもなければ、これでウィルス感染を防げるかどうかははなはだあやしい。

ただ人は、空気を読んで行動している。その空気に向かって私は飛沫を出しませんよという形がこのマスクでは表現できる。結果として、場の空気は平穏に保たれる。平穏どころか、クスッと笑ってしまうかもしれない。笑いは免疫力アップになるだろう。そういう効果を狙っている。ではどうぞ。

PDF版 A4_DIY_MASK.pdf

JPG版↓


塾の生徒に向けて書いた私のお訴え

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勉強(成績が上がる)方法
①インプット(理解して繰り返して覚える)
②アウトプット(インプットしたことがテストで使えるかどうかを確認する)

成績がいい人とは?
①と②を成績が良くない人よりもたくさんの時間やっている
PDCA高回転で回す!!以上! でもこれできるのは地頭がいいか富裕層の子供だけ

塾予備校の問題点
結局、時間をかけなければ成績は上がらないが、十分な時間数を通うには
非常に割高になる

参考書や問題集
無料で配られる学校の教科書、問題集はもとより、
本屋に行けば参考書。アプリでも月1000円も出せばいくらでもある
https://porto-book.jp/
https://www.manabi-aid.jp/
https://studysapuri.jp/

やる気の問題
こどもが、「やればできる」(=やってない)状態で放置されている。
勉強は怖くない。始めればできる。その声かけ、一番肝心の「一押し」
が足りない。「ケア」のリソースが足りない。
(日本はOECD36か国でGDP比の教育投資が最も少ない)
結局、子供の学力はカネ次第、本人次第になっている(させられている)
カネは地球上の下位半分の持つ資産とトップ50名弱が持つ総資産が同額、
極端な格差社会でアノミー化(無気力)が進む

子供たちの一部はもう動いている
気が付いた子供たちが自衛のためにはじめている
自分たちで勉強会をやる。SNSで励ましあう。
スタディプラスhttps://info.studyplus.co.jp/

結局手間と時間を資本主義から返してもらいたいんです!!

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大西つねきさんがこの動画で言っていることで最も重要なことは、人びとの貴重な時間と労力が、本来注がれるべき「愛のいとなみ」(最たるものが子供に対するケア)ではなく、巨大な搾取システムにより、無意味で理不尽な、そしてたいていは暴力的な、手段が目的化してして年月を経た挙句もはやまったく意味のないような「賃労働」に奪われてしまっている、そういう現代社会が到達した残念過ぎる現在地である。

 彼の言葉は、彼が実践している活動から実体験ベースで出てきており、とりわけ賃労働に従事する男性よりむしろ地域で子育てや短時間労働に従事している多くの主に女性たちの心を打っている。
 彼は、高校の放課後の居場所づくりの活動とか、「ツネキッチン」と称する子ども食堂のような取り組みの中で、自己肯定感が低い子供たち大勢と出会ってきた。
 親からのケアを十分に受けられずに、思春期を迎えると、たいていは自己肯定感が低いままで、自分は生きていていいんだろうかとか、将来に希望を持てず無気力になるなど、悲しいアイデンティティの問題と孤独に向き合うことになる。親からのケアというのは、それほど難しいことではない。親が、子にかけるべき十分な時間のことである。ところが、親の時間は、冒頭述べた大規模な搾取システムにより奪われてしまっている。
 親は、子供のことを心配しながらも、お金のために目の前の仕事に長時間従事しなければならないことが多い。
 お母さん(お父さん)がいつも家にいて、子供とたくさん話をしたり、一緒に出かけたり、スキンシップを毎日できていればもちろん門田はなかった。しかし今は、そのお母さん(お父さん)も「女性活躍」と称する(本当は男性稼ぎ手への賃下げによる家計へのダメージを緩和し株価が下がらないようにしたい為政者と経営者たちの)謀略により、お母さん(お父さん)も家で、子供と一緒の時間を過ごしにくくなってしまった。
 私はサラリーマン時代、子供と妻が家にいて、それがものすごくストレスになった。家に帰ってみて、たいして高くもない給料のために、なんでこんなに子供や妻との時間を取り上げられなければならないのか。全く納得できなかった。それなのに、サービス残業さえ当たり前に強いてくる会社組織。結果として大学卒業後、7年くらいしか勤め人は無理だった。7年のうち、半分以上は編集者で時間が割と自由に使えたので、実質的に…

普遍主義的社会保障とは

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いつも金子勝教授はれいわ新選組を批判している。彼の話を丁寧に聞けば、その批判が的を射ていることがわかる。例えば例話は、一律3万を配れと言っている。彼はそれを批判しているが、理由はそれでは本来の社会保障について国民が考えなくなってしまうからである。
金子は、世界の社会保障給付のトレンドが、普遍主義化していることを動画で言っている。この動画はしっかり見たほうがいい。普遍主義と選別主義、いったい社会保障の世界で何が起こっているのか。このことを一人一人の国民がしっかり考えて、これからの社会をどう、構築していくのか、わがことのように関心を注がないといけないだろう。
ただ、私は、こうした議論をでは、今までの政治家が本当にやってきたのかどうか。やってないと思う。そしてれいわはその手のこれまでの政治家と違って、少なくともこうした議論に国民の監視を向けさせることに成功している。


金子勝の言いたい放題の動画は非常に興味深い。彼の言っていることと例話の言っていることは、必ずしも対立しない。これは現代文の読解の攻略法のようになるのだが、話している問題は同じでも、深度や手法が異なる。また、依拠している知的な蓄積も残念ながられいわの山本氏は金子氏に劣後する(そりゃそうだろう)。

学者は、難しい試験をかいくぐって、多額の授業料を収めることができる階層の若者に、給料をもらいながら自説を解くことができるいい仕事だ。一方政治家はそうではない。そこら辺の街を行く人に話を聞いてもらって、4年だけの任期の仕事を得る。普通はバカらしくてやってられない。学者目指すだろう。

そんな学者がでも、街で説法をする山本氏と何か共振のようなものが出始めてきている。私はそこに日本の社会の希望を見出す。


立場主義で視野狭窄になり本来の機能を果たさない為政者

立場主義で視野狭窄に陥り、本来の機能を果たさない為政者。視野狭窄というのは自分の目の前のことしか見えなくなってしまい、まるでトンネルの中、はるか彼方に小さく見える光の一点だけを見て、猛進しているような様にも当て嵌められる。

問題は、そのトンネルの出口が、その人にとって本当に最善なのか、本人には決して分からないことだ。しかもそれがたとえ話ではなく、現実の生活や人間の営みに生じると問題はいっそうやっかいになる。

よくシングルマザーの人たちは貧困なので視野狭窄に陥り、政治的な活動をする余裕がまったくないと放置される。するとますます再分配の恩恵が遠のき、貧困生活は終わりのないよう相を呈しはじめる。貧困が終わらないからさらに視野狭窄の度合いが高まる。残念ながら、貧困の先にあるのは、心身の健康を損なうこと以外にないのである。

いま、立憲民主党の枝野という党首は、まさにこのシングルマザーが陥る視野狭窄になってる。最大野党の党首が、もはや間違った破滅への道に突き進んでいるのである。

どういうわけか。

彼は、新しい政治をはじめよう、草の根の声に私たちは耳を傾けることができる政党だ、こういうスローガンを言っている。じゃあ当然消費税を下げるべきだと思うが、なぜ下げないのかと記者に問われて「財源のことを与党に攻められる」だと。財源のことについて、れいわみたいに勉強して、理論的な裏付けを構築しなければダメだと思う。単に与党にいわれて選挙に不利になるなら、どれだけ庶民草の根が支持している消費税減税もお断り。これこそ立場主義といわずなんといえばいいか。

まったく古い政治のままだし、草の根の声なんて一切考えていないのである。

まあ、しかし、草の根とか、古い政治がどうの。これはまだかわいいほうだろう。恐ろしいのは、現に今、新型ウイルスの蔓延で国民が生命の危険にさらされているにもかかわらず、自分の保身のためにそれはそっちのけで嘘に嘘を重ねる安倍総理とその取り巻き役人の実態だ。

まず、公職選挙法などの法律に明白に違反している桜を見る会問題。証拠を徹底的に隠滅し、ウソにウソを重ねてひたすら逃げようとしている。検察にしっぽを握られないようにするために、もう国民のことも、国会も、対面も、倫理も、真実も、日本語も、知性も、何もかも一切かなぐり捨てている。

国会での彼の態度はもはやギャグ、ネタレベルにまでなって…

鬱状態からの回復とは

そもそも鬱状態とは、身体の健康が損なわれるほどの気分の落ち込みである。

食欲不振、不安、動機、ふるえ、睡眠や摂食の障害。放置すれば自殺など文字通り命の危険に関わるので、これは間違いなくれっきとした病気だ。

問題は、「引きこもり」の状態と鬱病のあいだにひろがる広大なグレーゾーンというか、ロングテールというかそこだろう。

娘は今どうなってるんだろう。いちばんひどいときのやばい状態は少なくとも今はまったくない。笑顔もあるし、朝起きて御飯も食べる。家族と。

外で妹と遊んだりできる。

食事やエネルギー(暖房や電気水道など)は家族なくしては無理だ。家族が亡くなったあとどうするんだろ。なにか腕に職を付けるだとか、どっかのコミュニティに包摂されるとかしないとまずい気がする。

ひだまりのなかネコとじゃれてるときが幸せだそうである。

パイが縮小すると起こること

給与所得者のほとんどが株式会社などの資本の出し手が設立した営利企業に勤めている。

資本の出し手の目的(財の最大化)のために雇われている人は、当然のことながらその会社の利益追求の活動に全力を注ぐ必要がある。

ある会社があるマーケットでほかの競合としのぎを削っているところ、そのパイが小さくなると何が起こるか。当然値下げが起こる。値下げするには人件費を削る、不採算資産を処分する、等が考えられる。

この段階ではじめて従業員は、会社が自分の人生のハピネスを増進させることには興味が1ミリもないことに気がつく。

環境が厳しいので従業員各位にもご理解とご協力を、とかいって、株主配当とか、株価はしっかり維持する。気がつくと、株主がごっそり変わっていたりする(会社ごと売り買いされしまった)。

現在、日本の消費者向けサービスのほとんどがレッドオーシャン化している。つまりパイが小さくなってしまい、ぜんぜん企業が儲からない事態である。

何やってもすぐアイディアやビジネス手法はパクられるし、パクられた先で最後は巨大資本に買われてしまう。どうにもむなしい感じである。

そういう場合の従業員の戦略はなにかといったら、もうゲームからの撤退がいちばん心の平和につながる。それはそれでいいが、私は撤退しても暇なだけで、それはそれでつまらないので引き続きゲームには参加したいと思っている。

あまり競争を感じられないような狭い分野で、独自にスキルを蓄積していくといいかもしれない。たとえば、ガテン系の資格だとか、介護系の地味な資格を取るとか、プログラミングとか。それらを全部やる。細々したスキルをたくさん身につけていけば楽しいと思う。じつはこれこれもできるんですよ、って感じでドヤれるし、スキルがあるから何とかなると楽観的な気持ちでいられる。

今の時代、あまり全体のことを考えると気持ちが落ち込んでしまうので、目の前にある、関心が持てる細々したことに没頭してやり過ごすのが案外いい気がしてきた。


エコール42について

エコール42というプログラミングスクール、フランスではじまった無料で24時間365日開いているものすごいのが東京でいよいよ始まるらしい。
入学試験がものすごく難しい。3年くらい、それこそ寝食を忘れてプログラミングの修行をして、すごい企業へ就職していくって言ってる。
「24時間解放でシャワーもついています。生徒達は好きな時間に通学し、好きな時間まで課題や勉強に打ち込むことが出来ます。夜通し作業をした生徒達が廊下に寝袋で寝ているのが日常の光景」

こういう生活態度が肯定されていて、それで課題を達成して、結局企業で働くが、その企業がじゃあ、どんなことで儲けるのかって言ったらGAFAとか金融機関とかじゃないか。つまり少数の株主や投資家に金がどんどん集まって、その他大勢がどんどん貧乏になっていくっていうそういう資本主義のいびつな格差拡大……

プログラミング教育に限らず、学習することで大事なのはアウトプット、あと自分の中から湧き出てくる興味関心(やる気)、そして仲間の存在。そういうのをこの学校は備えているらしいが、まあそれは一定の評価は当然ある。

問題は、あくまで資本主義の枠の中での、ということであって、これからは、そうやって高効率で学習して何かなしても、もっと別の外部不経済の問題(環境や搾取、格差拡大、途上国で頻発する深刻な感染症など)や人々の道徳の問題について配慮しなければ、世界トップに君臨する巨大資本の便利な「パーツ」で終わるだけだと思う。パーツとして優秀であるために、寝袋で寝たり夜通し「仲間と」コーディングしてイエイ、俺たちスゲーぞって。それだけじゃダメ。

そもそもこの学校は最初の段階で膨大な入学に失敗した人というのが出る。そういう風に、排除されてしまった人はどうするのか。差ができる。その差はやっぱり解消するのはベーシックインカムみたいなのしかない。国はそういう制度を設けて、格差を緩和する施策を常に打たないとまずいだろう。

Quoraとメディア 何が人を惹きつけるのか

Quoraっていうウェブメディアがあり、大変興味深い。カテゴリが次のようになっている。

社会的慣習行動心理学プログラミング言語新聞教育改革子供子育て日本の教育社会経済哲学経済学 私、つまり東京に住んで子供も育てている会社経営者でシリアルアントレプレナー(つまりADHD)で、預貯金なしで今の生活が苦しいと思っているマジョリティーから見て、とにかく刺さる記事ばっかり。しかも、質問と、それに対する投稿者の回答で構成されている、つまりこれはプラットフォームである。

消費税を上げないと次世代の負担が増えるしか言わない朝日新聞。ネトウヨにこびた結果誰も買わなくなって経営不振となった産経新聞。そういう残念な既存メディアは新卒一括採用で採用されてたたき上げたエリート意識しかない記者が書いているから全然刺さらなくなってしまった。一方Quoraは実際市井の人たちが本音を書いている。当然編集はされているんだろうが文章もうまいし。

ガテン系の資格をたくさん撮って仕事の楽しさに目覚めた50代のおじさんとか。脳神経学者とかが普通に、子育てとか仕事のやりがいとか、日本の教育といった身近なテーマについて意見を書いている。

不都合な真実が次々暴露されていてすっきりする。また、成功した人が既存メディアでドヤっていう諸言説の馬鹿さ加減についても事実ベースで反論しており頼もしい。


ネクロフィリアとそれゆえのベーシックインカムしかない

人は、死が怖い。というのも、ちょっと考えればわかると思いますが、そもそもどうしてこの私が今この時代に生まれたのか。その問いに対する答えが全くない。

両親が盛り上がって性交して細胞が生まれて分裂して出産されてどうのこうの。それはもちろん答えじゃないですよね。

問いの原因は、そもそも人の持つ想像力というリソースが、将来への不安つまり、死の恐怖にバーッと投入され、無限の不安ループにとらわれているという、人が人である所以の本性にありますよね。

死ぬってことが分かっている以上は、もうそれはとてつもない不安をいくらでも心の中に作り出すことができるんです。

で、金なんですけど、金ってのはもともと共有地の悲劇、あるいはホッブスの自然状態の問題をゲーム理論的に解決する過程で出てきたものです。つまり、長期的には人類はみな反映したい。もし、文明以前の状態なら、資源の奪い合いが起こって殺し合いが起こって全部みな死ぬってことにしかならない。ゲームオーバーです。それじゃあプレイヤーみんな不幸ですし、先がない。だから、人は国家とか所有権という「柵」を作って、その中で再分配したり、資源が持続するように協力したり、そしてすぐに、別の柵の中で余っているもの当地で余っているものを交換し始め(交易)、お金が出てきたらもっと便利に、お金を媒介にして需要と供給のアンバランスを調節でき量になった。お金として持っておけばその時に需要がなくても、いつでも大丈夫から。

国家とか、貨幣が、人間の不安を解消するのに役立った。

でも、今、貨幣は本来の役割を超えて、まあこれは資本主義の欲望増殖の運動のせいなのだが、一部の人に富が集中するようになってしまった。

新しい不安というか、資本主義という制度に内蔵された欲望喚起システムが、一方で数限りない不安を作り出しているんだと思います。

それで、『悪について』というエーリッヒ・フロムさんが書いた本があります。この本によると、人間が備え持つ悪の本性は三つあると。それはナルシズム、ネクロフィリア(バイオフィリア)、母親への共生的固着だと。

大体、見た感じやばいなってことはわかってもらえると思う。ただ、ネクロフィリア(ばおふぃりあ)は何だろう。これひとことで言いますと、死を愛する(生を愛する)という意味です。

え?死を愛するって?そんなわけないじゃないかって普通は思いますよね。じゃあ、…

作業に集中したいならこういう動画

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作業に集中するとき、こういう車窓の動画をずーっと別のモニタに映しておきます。



人ってなにかの研究で分かったんですが、(今日はなぜですます調?)作業している動画が、モティベーションによい働きかけをするらしい。しかも、単調な作業、つまらない日常のこととか、こういう車窓の動画が私には効く。







ずっとBGMふうに流しておくだけでかなりいい。おすすめです。

なにが残念か

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民主主義なのに、投票にほとんどの人が行かない。行く人はみんな、間違った党に投票する。社会は結局、もともと資本主義や民主主義に内包された「欠陥」によって、ゆっくりと破滅に近づいている。

投票に行かない、関心がない人が、選挙に関心を持つようにするにはどうしたらいいんだろう?今、人々の関心は何によって政治から背けさせられているんだろう?

多分それ、ゲームとか、SNSとかだろう。現実の社会では、ゲームやSNSで得られる熱狂や興奮、承認は得られない。政治家たちは、私たちの関心がどこに向かっているのか。人々が何に興奮して動くのか。それをまずは確認したほうがいいだろう。

この動画では、公立高校の卒業式に、事前に知らされていなかった歌手(AI、エーアイじゃなくてね)がサプライズ登場して生徒のドーパミンが出っぱなしになる様子を確認することができる。彼らの多くは、前に出ようと壇上のほうへ動き出した。彼らを動かすことができたのは、何だったのか。彼らを、歌手に反応して動き出すまでの間、じっと座らせていた力は、何だったのか。実は同じ力である。校長のニタニタ笑いがそれを物語っている。

シャドウワークが消えたから請求しようそうしよう!

昨日も書いたが、仕事や消費支出は、与えられた時間や予算枠をめいっぱい使い切るまで、膨張するというパーキンソンの法則。

今日本の男性は、かつてなく妻にも働いてもらいたいと熱望している。

低下し続ける実質手取り賃金本当は子どもや妻と時間を過ごしたい欲求 しかし、妻は妻で、昔ながらの安定のジェンダー役割である「家事育児」をやるのにいっぱいいっぱいで、とうてい外に働きに出るなどあり得ないというのが本音である。

仕事は、定時とか、時給とか、給料とか、いろいろな「枠」があるので、パーキンソンの法則が働いたとしても膨張にも限りがある。しかし、家事はどうだろう。朝起きて、旦那が会社に出かけ、子どもも学校に出したあとは、時間は無尽蔵だ。上司もいなければ、労働時間を記した雇用契約書もない。納品のための仕様書もない。つまりパーキンソンの法則に従えば、無限にやることが湧いて出てくる事態。それが家事育児である。

テキトーに済ますことができないのである。

そういう状況のなかで、夫から、妻も働くよう期待されたら妻はどうなるか。ほとんどの場合、幸福度が低下し、イライラが募り、場合によっては鬱病に罹患するかもしれない。なぜならすでに家事育児担当者はパーキンソンの法則によりタスクが寝る時間以外のすべての時間を覆うまでに膨張しており、外で働く余地は一ミリものこされていないからである。そこを無理に働けば、不全感が募って前述の通り不幸になり病を罹患することになる。

心療内科で、ここ数年激増している疾患がある。もちろんそれは鬱病である。これは、別に絶対数が増えたのではなく、受診する人が増えたということらしい。昔から人口の一定数、鬱病はいたが、近年の傾向として、心療内科の敷居が下がり、昔は病院に行かなかった一も、気軽に受診するようになった。鬱病治療薬を売りたい製薬メーカーのプロパガンダが奏功している証だ。まあそれはいいや。

いいたいことは結局、人間にとって、そもそも家事育児と仕事の両立というのは本性に反する無理ゲーだということである。もう絶対に無理な話で、それを無理矢理やらせても医者がよいが増えるばかりで社会全体にとって一ミリもプラスにならない。

なぜなら子どもは、家に帰っても自分でカギを開けて親の帰りを待つライフスタイルになる。これ絶対によくないだろう。どんなことよりもこれはよくない。子どもに話しかけたり、や…

技術が進歩したのになぜ家事や労働に私たちが追われ続けているのか

技術が進歩したのになぜ家事や労働に私たちが追われ続けているのか。
Gigazineによれば、それは次の3つの理由からだという(アメリカの社会学者ジュリエット・ショア-氏による考察)

パーキンソンの法則経済的地位の再生産社会制度 1のパーキンソンの法則は次の通り
仕事の量は、完成のために与えられた時間をすべて満たすまで膨張する これは仕事に限らず、家事にも該当する。私の経験からいうと、1日予定がない場合、家を片付けたり掃除をはじめる。はじめたときはいくらでも時間があるように思えて、あれもこれもと片っ端から気になったことに着手する。結果としてすべて中途半端か終わらずに夜になり自己嫌悪に陥る。

納期のある仕事とない仕事を考えてみてもこれは歴然としている。納期のない仕事は、単に着手できないか、殊勝にも着手できても決して完遂しない。

私にとって完遂できる仕事は、やらないとマジでやばい内容、たとえば税務申告(やらないと最悪国から処分される)、支払(利子などでふくれあがるばかりか信用を失う)、家族の健康と生命の安全に関わる内容(見守りが必要な公園遊びの随伴や食料、消耗品の補充など)。

これ以外の、まあ長期的にはやったほうがいい課題について取り組むのは極めてむずかしい。その理由はパーキンソンの法則で、与えられた時間の枠がない仕事というのは、決して終わらないのである。終わらない理由は、無限に細かくタスクが、ウジ虫みたいに湧いて出てきて、無間地獄にハマるから。そういう状態は極めて居心地が悪いため、着手自体を忌避するようになる。

2の経済的地位の再生産。これは子どもにも、自分と同じように大学出て就職して稼げるようになってもらうために、(もはやだいぶうさんくさく持続可能性も黄色信号がともっているにもかかわらず)人生のレールの上を走らせるためのすべての活動だ。塾や学校への送り迎えや、利用できるすべての給付制度への申請書類作成作業が含まれる。

3の社会制度。これは法律を変えない限り絶対に変わらない。つまり、1日何時間働くか。就業時間のことだ。今は週40時間が標準になっている。マーケットフロンティアが枯渇し縮小するパイの奪い合いが苛烈を極めるいまの資本主義社会ではすべての営利企業の経営者は、週40時間つまり1日8時間は、従業員を使えると思っている。それを、自社だけ短く短縮するインセンティブはまったく…