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炎上事案について

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SNSで、一般国民同士で誹謗中傷しあっていて見るに堪えない。匿名でネットで何でもかける場所があれば、当然そこに汚物が投げ込まれる(ひどい書き込みがなされる)のは、哲学はもとより政治学、法哲学、行動経済学からも人間の脳神経科学からも、社会心理学からもつまりあらゆる科学的見地からほぼ「自明」である。匿名でやりたい放題なのは300年前のホッブスの万人の万人による戦闘状態(『市民論』1642年)の「まま」ということであって、今私たちはそこつまり、ネット空間に、これから、国家、監獄、警察、軍隊、国民国家制度を新規に構築しなければならない。人間というのはもはや、なんの「世界観」も「価値」も「道徳」も、そんな見たことのない他人と共有出来るわけがない、これはもう完全に明らかになっている。せいぜい家族、友達くらいまでだろう。世界は存在しない。私が思うに、つまりネット炎上を防ぐのは公的部門の仕事ではないかと言うことだ。その際、行動経済学のナッジを利かせてしっかりと規制をかけていくことが当然に求められる。こういうこというと、え、それ自由じゃないじゃんと言う輩が出てくる。私もそう思っただろう。しかし、行動経済学のナッジの科学的有効性が公知となった現代社会では、最大多数の幸福の最大化のためにやれることやるべきことをやらないというのは、自由ではなくて、むしろそれは消極的な「選択」であり、非科学的で誤った意思表示に他ならない。そもそも哲学を在野で研究している私からいわせれば、「自由」なんて概念は陳腐化していて、なかなかに扱うのが困難なんだがね。ただ、どんな自由化、誰が言っているのか、何の反対語か(強制?)とか、しっかり考えはじめるのには好適。さて、炎上の被害者を「かわいそー、おお怖」と放置し、他人事で済ませる態度こそ、まさに炎上して国民同士で傷つけ合わせておきながら、企業オーナーや官僚、政治家の身分の再生産だけが最優先される今の政治を翼賛とまでいわないが、追認していることになる。ではどうしたらいいかというと、すぐにお住まいの地域の自治体の議会の議員の連絡先を調べ、訪問するなり手紙を書くなりして、この問題について公的にどんなことが出来るのか、考えてもらえばよいだろう。それ以外にない。しかし、そのためには、切手代とか、電話呂金のコストが発生する。もちろん、調べたり連絡したりとなれば、そのことのた…

資格は完全に無意味化

少なくともそれで喰っていこうと思ったら、資格取得のために勉強するのはぜったいに間違っている。特に、AIの進展により、メディアの報道によれば行政書士、司法書士、税理士、会計士は喰えなくなる資格の筆頭になっている。基本的にはすべてこれらの資格は、行政に提出する書類作成の代行になる。近年、法務局も裁判所も税務署も、本人が行けば極めて親切に教えてくれる。これは考えてみれば当たり前の話だ。憲法などで、国は国民の福祉を保証しなければならない。その幸福追求の途上において、種々の行政手続きが必要になる。その手続きを本人がやろうとして、税務署や法務局にやって来た。そういう国民に対して、税理士に聞いて、とか、司法書士に頼めば?といって追い返すことは違法のそしりを免れない。食えないからといって役所に来た生活保護受給希望者を追い返すことさえ今はやりにくくなっている。ましてや、きちんと法手続をしようとやって来た国民の質問にきちんと出来るまで答えないなど許されるはずがない。ところで、わたしはAFP(ファイナンシャルプランナー、2級FP技能士)という資格を保持している。もちろん、ご多分に漏れずこの資格では飯は食えない。この資格のおかげで、所得が増えた年はこの16年間、一度も無かった。逆に、年会費や維持費(継続テスト受験料)で毎年2万弱かかっている。2004年に取得して以来、16年間払っているから、32万円を日本FP協会に払っている。収入はゼロなのでここだけみると完全に赤字である。収入をもたらさない活動なので、これは仕事ではなくて、「余暇活動」「趣味道楽」と呼ぶべきものだろう。司法書士:月額2万(入会金30万)行政書士:月額7千円(入会金30万)弁護士:月額5万弱(入会金不明)税理士や会計士、司法書士の知り合いが私にもいるが、私の知り合いに限っていうと、その資格のおかげで独立して収入がある人はいない。どっかに勤めて生活している。しかもその勤め先で、必ずその資格を持っている必要がある人はほとんどいない。要するに、士業はオワコン、少なくともそれで食べていこうというのはオワコンだろう。もちろん、私のように単なる向学心から勉強したいという人は別だ。資格勉強も、生活のためではなくて、趣味の読書の延長程度にとらえれば、それなりに面白いものだ。ただ、先に書いたように、月額数万単位でかかる趣味。これは家族とよ…

前野隆司先生の受動的意識仮説について

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前の先生の「受動的意識仮説」について最近勉強したので発表する。まず私の長年のナゾの数々が、受動的意識仮説によりあらかた解決した。勉強やダイエットが三日坊主で終わるのはなぜか?例を挙げるまでもない地位職業を問わず「やらかす」(キレる)のはなぜか?政治家の失言とか芸能人の不倫とか、あおり運転とか自粛警察とか。地頭がいいというのはどういうことか?意識、自分、宗教などがなぜ陳腐化するか?そもそも意識があるとして「寝てる」ってどういう状態か?人間の数兆の細胞を、意識が全部コントロール出来るわけがないそもそも受動的意識仮説は、能動的意識仮説の真反対の考え方。これが出発点だ。能動的意識仮説は、まず意識が先にあって、すべての人間の行動は、「喉渇いた、ジュース飲もう、買いに行こう」というふうに脳内に意識が湧き起こり、その結果脳から指令が出てジュースを買いに行く行動がはじまるというもの。脳内の因果関係としては、「ジュースを買いに行こうと思う」→買いに行くである。一方受動的意識仮説は、この逆なので、まず買いに行くという行動が起こる。で、「喉渇いた、ジュース買いに行こう」は後付けなのである。ここで、そんなバカなと思うのは当たり前である。ここで読者に寛容をお願いしたいのだが、そもそもみんな当たり前と思っているたとえばダーウィンの進化論。あれアメリカの4割は信じていないので。じゃあそいつらは人類の進化をどうかんがえているか? もちろん、人は神様(創造主のキリスト)が作った、以上! 当たり前なんてものはこの世に存在しないのでよろしく。で、じゃあ、なんで、ゼロベース(ジッとしている状態)からジュース買いに行くって、どういう指令で筋肉に信号がいくのかーい? 前野先生の説明によれば、人体の自律神経系統(内臓を動かすなど人間が寝ているときでも働いている系統)からまず信号として脳に喉渇いてるぞと行く。すると別の自律神経回路がじゃあ水分を求める必要があるなとなり、まず目とか、脳内のエピソード記憶などから周辺の自動販売機などのデータを動員して、で、即座に手や足を動かして歩き出すという行動となる。その0.3秒後くらいに、やっと、意識(脳)が、これらの無意識の行動(自律神経由来の行動)は「喉が渇いたからジュースのみに移行」と意味づけるというわけだ。他にも例がある。動画で言われていた。人間の意識の働きを、企業の社…

波頭亮氏とじゅんちゃんの対談 哲学入門チャンネル

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わたしが尊敬している波頭氏。ホントにえらい。この人は頭がいいだけでなく、社会をよくしていこうときちんと考えている。そしてその結果、絶望してる(涙)。
まあ、普段このブログは、一桁とか、多くても30人ものたくさんの読者の皆さまにご高覧いただいていて感謝なのだが、先日「ヘライザー」をタイトルにもってきただけでどっかでバズって420人もの閲覧数。これはエンタテイメントの力について後ほど考察したので一つのヒントになる。
今日は、近所のチェーン系外食店(価格高め)に行ってきた。驚くべきことに、そこで働いているのは、全員がわたしが卒業した中学校のOGやOBであった。彼らは全員大学生である。
つまり、学生アルバイトだけで、その店は完璧にまわっていた。
で、飲食バイト、学生と聞くとたぶん、さぞかしblackなんだろうと思ったらこれがまったく違う。むしろ、サークルのようなノリである。男女とも仲良く(当たり前だ、年齢も近く全員地元でオナチューなんだから)。
正直、見ていて、まあ制服を着こなして颯爽と接客する様子は、学生時代によく観に行った学生演劇っぽさすら覚えた。今風に言うとコスプレだ。
こういう体験を踏まえて、波頭先生の動画を見て思うことは、たしかに企業は競争をすりゃいい。政府は企業に補助金やら税優遇で、競争の公正をゆがめてはならない。しかし、同時に、こんな学生の大切な居場所であり稼ぎの場になっている企業が、単に競争上の理由であっさり店じまいしたら私はそれは、彼らへのたとえばBIなんかで報いるだけでは済まない気もしている。社会関係資本がそこでは共有されている、生み出されてる。そういう居場所としての仕事場をどうとらえたらいいのか、これは考えるのはとても楽しい。
で、もう一つ、波頭先生が動画で言っていた。私も読んだ、ジョナサン・ハイトのなぜ人は右と左に別れるのか、という本について。結論から言うと、DNAで生まれつきそういうイデオロギー判断をするように組み込まれているという。これは科学的な話しである。
波頭先生は、嘆く。公文書改ざんしたり黒塗り文書出したりはては、議事録を全部なかったことにしたり、記者と毎日夕食したりと言った民主主義の根幹を揺るがすようなトンデモ政権に対して国民とメディアの支持は盤石である。いったいどういうわけか。
私や、この動画チャンネルの主宰者である在野の哲学者じゅんちゃんも、日々の配…

竹中平蔵氏のベーシックインカム論を批判する人たちを批判する

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竹中平蔵氏がベーシックインカム導入、国民一人あたり7万配ったらどうかといっているがいっせいに批判されている。批判する人たちの主張は、おもに次の2点だ。7万は少なすぎる生活保護、厚生年金をなくすのはあり得ない竹中氏は生活保護、厚生年金も止めて7万にすればいいといったらしい。私は2004年にファイナンシャルプランナーの勉強をして合格し今も継続教育を受けて、年間1万数千円を上納して資格保持している。それで社会保障とか政府の税金の使途について興味を持って勉強もしてきた。さらには資本主義がポンコツ自動車で、かといって他に乗り移る車もないし、何とか巧くこれに乗り続けないといけない人類の未来も、世界の英知の著作を読んで絶賛共有中なおかつ読んだ本を無料で地域に開放するオープンライブラリーを勝手に作って拡散中である。この結果、このブログのドメインや表題の通り、もうベーシックインカムしかないというのが私の訴えの結論である。それで言わせてもらいたいが、かつて、これほど政権に近い人物が、ベーシックインカムを唱えたことはなかった。このこと自体をまずまっすぐに評価し、じっくりと味わいたい。うれしさのあまり、仕事が手に付かないほどである。不肖私、もう10年以上前からBIを言い続けてきた私にとって、まあたしかに小さい政府を施行する新自由主義者もBIをいうのは知っていたにしても、BIはまずもってその本質は、マネーの再分配の政策だということだ。つまり、政策である。ここで、ぷっと笑ってしまう。政策というのは、法律を作るための方針のようなものだ。BIには法律の整備が必要だ。ではその法律を作る人はだれ?もちろん国会議員だ。だから、政策の実現には法律を作れる国会議員が必要になる。で、今、BIを批判している勢力の人たちって、たぶん野党だろう。そいつら、私の見立てだと小選挙区制が変わるかなにかしないと政権のバトンはぜったいにやってこない、つまり法律になんか関わることは一切出来ない。無理筋(野党支持は無理筋のおとぎ話と思ったから自民党党員に私はなったのである)。そいつらがポジショントークでBIを批判している。まったく、論外である。それは彼らの永田町就職活動なんであって、国民の幸福とは無関係な話だろう(本項の結論としては、社会のバージョンアップのためには赤ん坊つまり次世代が物心つく前から金を渡す、金=時間だから、…

幸せとは何か

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あるユーチューバーはもともと地方のキャバクラ店でとてつもない売上をたたき上げ、一財産を若くして築いた聡明な女性である。 今年3月ころに、お客のひとりと結婚。結婚した理由は浮気しなさそうだというのと、とても好きになったからというもの。ふたりの幸せな新婚ライフは、彼女のYouTubeチャンネルを通じて広くシェアされた。 ところが同年8月には、夫が、夫のSNSで残念な書き込みをして炎上することが度重なる。夫はユーチューバーの配偶者であることを公言している。この炎上を夫はまったく気にしなかったが、妻のほうが精神的にまいってしまう。 ふたりでいるときはとても親密に、いちゃいちゃでれでれしていたし、もちろん夜はふたりで寝た。このことは新婚当初の動画で本人が言っている。彼女は大好きな夫とふれあえることで幸せを感じていた。 ところが、炎上事案が生じてからは、ベッドは別々である。そしてこれも動画で本人が言っているのだが、離婚も視野に入れているようである。この間わずか半年足らず。 いったいなぜこんなことがおこるのだろうか? もともと生物の成り立ちとして、男は、歳を取ってもやんちゃな男の子のままだったりする。一方女性は、男性より頭がよく、また社会的コミュニケーション能力も優れて紛争を好まない。そういうのはさておき今日はこの二つの動画を紹介したい。まず、幸せってなんだろうか?
同じ前の先生による動画だが、今度は、人間の意識に関する興味深い視座。

ポランニー、労働や貨幣が商品になじまないことから資本主義の危機を指摘

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労働を商品にするからこういう動画が登場すると思います。もちろん、動画があるから現実社会にそういう事実があるというのは因果律から言っておかしいんですが、蓋然性がないと言い切れませんよね。まずみて下さい。


ちょっと動画とは趣旨が一見異なるんですけど、要はこの動画は中抜きがおかしいといっている。しかし中抜きもおかしいが他にもおかしいことはある。
私はかれこれ20年以上にわたって、支払われない労働つまり、家事育児をやってきたんですけど違和感と疲弊感しかないです。それはどうしてかというと、そもそも労働というのは商品化されるべきものではないんだろうと。もし、労働が商品なら、私の家事育児労働はなぜ支払われないんでしょうか?
オイそこの資本主義、答えろよ!
なんでオレの、今日も120分くらいやった、床掃除、皿洗い、ゴミの分別、こどものお世話(スクリーンオフのためのあれこれ)、こどものアルバイト先に提出するための履歴書の作成のサポートや印刷、こういうのなんでだれも1円も払ってくれないんだよ!
説明なんてできっこないんでしょ、私のアンペイドワークがアンペイドの理由を。もちろん正当化だってできません。
じつは説明している人はいるんです、たとえばミード。いろんな未開社会をつぶさに観察した結果言えること、それはその社会が、性差に基づいて、ある種の役割を男にやらせることに、単に決めただけという身も蓋もないこと。要は理由はなくて、ある時点でそう決めたあと、ずーっとその社会がダラダラ全霊踏襲してきただけってこと。オエッ(嘔吐)。
人間が生まれながらにして自由や人権享受出来るんだったら、ベーシックインカムしかないだろうよと。それがないから搾取に甘んじたり、無償のままに甘んじざるを得ないんだよ。
ポンコツ大工のオッサンも、このあと紹介する若い哲学者も、結局同じことを言っている。資本主義のポンコツぶりを言っている。


資本主義のポンコツぶりは端的に言って、ほとんどの経済学者(数式大好きただし自然科学分野へのコンプレックスから来る変態的フェティシズムからの)が説明出来ない、いまのこの国家債務大膨張マネー大増刷にもかかわらず続くナゾの低金利と、一切起こらないトリクルダウンとすべての労働、商品の低価格化による格差の拡大。
ポンコツ大工ですら言い出してる。どうする? 少なくとも私は無視出来ない。

昨日に続き、ヘライザー様。上記まで…

悪の秘密ぼっち「ヘライザー」について

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今日紹介するのはこのチャンネル。ではどうぞ。
なにが気になるって、これなかなかに優れたコンテンツだと思う。最初はぜんぜんピンとこなかった。娘(大学生とか中学生)に見せてみても、「無理」とかいってぜんぜん娘に刺さらない。
私がもともと見ていたチャンネルに、スーパーナブラというのがある。無表情で、女の子がひとり「旅」に出かける。キャンピングカーで。そしてソロキャンプである。その模様を淡々と、センスのいいBGMとキャプションとともに詩的に見せる。
ところがある時期から急に、ナブラさんの動画で、沙耶香さんという別のユーチューバーが、フォーマットをまるパクリしていると怒りだした。
私は訳が分からなかったが、このヘライザーの解説でああそういうことだったのかと分かった。
現在はこういう事態に発展している。

YouTubeで横行している「パクリ」をわかりやすく解説している。これ見ると、収穫逓減の法則がここでもしっかり働いていることがよく分かる。
他にも、ヘライザー嬢はティーンエイジャーと推測されているがなかなかの「作家」がいるのか本人が天才なのかは分からないが、わたしがつい見入ってしまう面白いコンテンツが目白押しで完全に病みつき。内容はもちろん、ビジュアル、声も魅力的。手数のかかるカットや背景など編集に手抜きがない。本当に優れたクリエーターだと思う。

あと2本ほど、セレクトしたので、見てみて下さい。



ビートたけしがある著書のなかで、視聴者がみんな「評論家」みたいになってやれ食べ物を大切にしろだの、こどもが見たら真似して危ないだの、動物がかわいそうだの行ってくると。こっちはエンタテインメントコンテンツを死ぬ思いで作っているのに、見た連中が文句ばっか言うからテレビ局は萎縮してどんどん制約が増える。これじゃ面白いものなんかできないと。で、ビートたけしは結論として、文句言うなら「お前がやってみろ」という。
ヘライザーさんの動画にも、驚くべきことに、あれこれ批判が寄せられるらしい。しかし、わたしが今回、ヘライザーさんの動画を紹介するにあたり、これだけの動画を選んで、ブログに貼り付けて、たとえばうろ覚えの「サヤカ」の漢字が間違っていたから直したりと、とにかく「表現をする」ってのは手間と時間が半端なくかかるのである。それを受け手は、ちょっと気に入らないとコメント欄などで文句を言ってくる。
コメント欄とか一切要らない…

日本のこどもは世界一健康だが世界一不幸、ユニセフの報告

ユニセフが毎年一冊公表している「レポートカード」最新の16によると、日本のこどもの幸福度は世界において相対的には非常に低く、最下位レベルだという。対GDP比で教育投資予算がOECD加盟国中でも最低レベルで、女性に無給で家事や育児を押しつけたまま、男性は儲かりもしないむなしい資本主義の搾取労働にかり出され、しかも年々下がり続ける給料から天引きされる高齢者の世話代(年金、高齢者医療費などの社会保障費及び不足分の国債費など)はうなぎ登りだ。その結果、男性稼ぎ手だけでは世帯収入が足りなくなり、女性は無給の家事育児だけではなく、このむなしく未来のない賃労働にもかり出されている。つまりこどもと会話をする。こどもと時間を過ごす。こどもと遊ぶ。そういうことをする大人はほとんどこの国にはいない。こどもを守らないといけない状況は、もう待ったなしであり、世界的にもこの問題が共有されていることがこのリポートから明らかだ。このブログのコンセプトは単純明快だ。世界にはマネーがあふれている。投機に使われている部分(金融経済)が、実体経済(私たちの暮らしで使われる貨幣)を大幅に上回っている。いくら基軸通貨国の中央銀行がお金を発行してみたところで、金融経済に吸い込まれていくばかりで、実体経済にはまったく回ってこない。それどころか、投機マネーが土地に目を付けると地価バブルが起こる。その結果家賃価格が高騰。それまでその地域に住んでいた人たちが、家賃高騰で住めなくなるなどの弊害すら起こっている。しかも、その投機マネーはもちろん、労働者の年金基金なども含まれるものの(そんなのの運用のためにバブルを引き起こして家賃高騰させて若い人の生活が困っちゃうようなのは甚だしい失敗だろう)、人々の個別の生活満足や幸福とは無関係な、少なくともそうしたことを目的とは決してされていない。投機マネーの本質はただひたすらの自己増殖だけである。そうやって、富める者から先に富めば、あとは放っておいても自然に貧しい者にお金が下りてくるものだというトリクルダウンというファンタジーをどっかの政府のリーダーは言っていたがトリクルダウンは完全に政治目的の「作り話」にすぎない。こどものことを嫌う心情はわかる。うるさいし、無秩序だし、また自分のよりかわいかったり、出来がよかったりすれば穏やかではいられない。そもそもこどもを持つのに必要とされる経済…

カーシェアたのし

300万も400万もする車を、数時間だけ、好きな時間に気軽に楽しむことができる時代だ。先日トヨタレンタカーでベルファイアかりたらたまたま付いていたアダプティブクルーズコントロール(全車速追従型走行)とレーントレーシングコントロール(車線を読み取ってまん中に来るようにステアリングを機械が制御)を体験し、その凄さに驚嘆した。次にトヨタレンタカーを使うときに、2020/09/03現在、これらのクルーズコントロールが装備されている車を指定することができない。私はどうしてもこれらの機能をまた試してみたいと思って、あれこれ調べた結果、なんと近隣のカーシェアで、難題かこれらの機能を搭載した車が借りられることが分かった。東小金井だが、駅からすぐのところにあるステーションのスズキソリオ。これは全車速ではないがつかえる。たしか30km/h以上かな。レーントレーシングは付いていない。carecoも、近隣にいくつかステーションがある。ハリアーは50km/h以上から使えるようだ。レーントレーシングも付いている。C-HRは試していないが覗いたらコントロールスイッチが見えたので、この機能を搭載していることは間違いない。C-HRは時速何キロ以上でクルーズコントロールが働いてくれるだろうか。気になる。これまでの経験から分かったのは、一言でクルーズコントロールと言っても、時速何キロから効くのかが結構重要だ。なぜなら、東京の市街地では時速40キロ以上出せることってあまりない(幹線道路を除く)。止まっている状態から、スイッチを操作すると動き出してくれる全車速タイプであるかどうかが、ポイントだろう。トヨタレンタカーはもとより、タイムズカーシェアもcarecoも、どのステーションのどの車は全車速なのか、時速何キロ以上から使えるのか、げんじてんではこうかいしていない。

結婚と家族のこれから

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これ読んで、わかったこと。家事はアンペイドワーク女性のほうが多く家事を担っている幸福の源泉は長期的で親密な人間関係相手に配慮し尊重するまあある意味当たり前の話だが、今の日本では結局人々に余裕がなくなり、あれこれぎすぎすして、長期的な親密関係を気づくことが巧く行きにくい環境。
幸福の源泉は本当はオキシトシンの働きで得るのが社会全体にとっては望ましいんだが、いまはそうなっているだろうか? SNSやメディアをみて、その中である特定のスケープゴートを次々と上げて、敵ダーつぶせ-許せない信じられない!排除しろと攻撃する。そういうことに興奮して一時のカタルシスは得られるが、決して幸福にはなれない。ただ、メディアも、ある敵を設定してそれを攻撃したほうが、メディアの商売にはプラスに働くカラタチが悪い。
オキシトシンを出す方法は何も恋愛関係や親密な関係だけから得られるものではもちろんない。知り合いや、知り合いじゃなくても、立ち寄ったお店の人とのちょっとした雑談でも起きる。オキシトシンを出すのは、もちろんキスやハグがいちばんよく知られているところが、そうしたことができない場合は、カラオケ、会話、料理を作って振る舞う、プレゼントを贈る、(同性でも)ふれあう、みんなで食事をする、でもいい。
残念ながらコロナでやりにくいかもしれないけれども、距離を保ったり、お互いの飛沫が飛ばない工夫をすればできるだろう。
結婚と家事育児はいつだって我慢と忍耐の連続で、隙あらば相手に家事なり支払などの責任を押しつけられないか、とか、こどもはさっさと勉強して独立してもらいたいとか、自分がどうのと言うより、家族成員にどうしてもらいたいのか、ということに視点が行きがちだが、これは本人の問題と言うより、結局政府が金をケチりすぎて家計にカネが落ちないような経済政策が長く続いてきたからだ。どうしてそういう経済政策になるのかというのは、この動画を見よう。内容を一言で言うと、財務官僚の出世欲で日本は動いている。緊縮財政をとって、国債発行を減らせば出世出来るようになっている。政治家も、反緊縮で、家計にカネを配れというと、財務官僚から都合の悪いネタをマスコミにリーク(たとえば消費税増税を延期した安倍政権の森友問題)されることを恐れてできない。結局、財務官僚、政治家、アメリカだけでグルグル回っていて、肝心の国民ひとりひとりの幸せは置いて…

安倍首相がベーシックインカム導入の地ならしを果たしたことを評価

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いろいろと批判があり、辞任を求める声も多かった安倍総理大臣だが、私は一定の評価をしている。評価というか、解釈というか。まず私の立場を明らかにしたいが、サヨクの家に生まれつき、それなりの身分の再生産も享受してきたが、中年期になり子育て育児も経験して思ったのは、結局再分配制度が上手くいっていないので貧困に陥ると本当に悲惨だし、また格差をもたらすのは資本主義経済に原因がある。だからベーシックインカムを導入するほかはもう選択肢はないというのが結論だ。そして安倍総理という人は、外観上結局MMT的な反緊縮財政で、ベーシックインカムのもとになる「お金」は、日銀に刷らせりゃいいというそういうコンセンサスを確立した。もちろん彼はベーシックインカムのために刷らせたわけではないが、その地ならしをした。つまり、カネがなければ政府が「しっかり」対応する、そのしっかりの意味は日銀にお金を刷ってもらう、チャン、チャン、というわけである。この評価では右翼とか左翼とか保守革新とかは関係なくなる。だからまあ、左翼的な?私もこういうポジティブ評価になる(後で掲げる本の影響もある)。安倍総理はいろんな事情、特に選挙対策の必要から保守的なことばかり言ってきたけれども、ほぼ実行していない。実行したのはむしろ社会主義的な政策だったり、それどころか計画経済的なことすらやってきた。具体的には、国債を日銀に買い取らせる(本当は銀行が日銀に国債を売る)ことによりお金の総量を増やした。こういうスキームをじゃんじゃんやって、とりあえず株価を上げたり、非正規ばかりとはいえ雇用を増やしたり、富裕層の資産を猛烈に増やしてきた。さらには、外国人労働者が日本で働けるようにするあれこれの施策を、これは経済界からの熱望にこたえるかたちでやってきた。つまり、資本主義のいまのスキームのまま、やれることをそこそこやって経済成長のために働いたととりあえずいえる。日銀の副総裁は、金融政策面で、財政政策をしっかり支えていくと言った。これ日銀は政府のやることはどんどん応援するよって言っているのと変わらない。具体的には、政府が金を刷れと言えば、ハイ刷りますと。そういう意味である。こういう道筋、つまりお金は必要ならあるんだよということを明らかにしたのが安倍総理の最大の功績といえる。株価のため。コロナのため。地方のため。(投票してくれる)高齢者の皆さまの…

コロナがベーシックインカム導入機運を加速させている

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最近、私がこの10年ほどこのブログで言い続けているベーシックインカムについて、そろそろもうこれ本気で実現させたほうがいいんじゃね?という気運が世界各地で盛り上がっている。たとえば、フランシスコ教皇(ローマ法王)は2020.4.12、復活祭の日の講演で、「主立った社会運動や組織の兄弟姉妹たちへ」という書簡を発表。その中で教皇は、「今こそ、ユニバーサルベーシックインカムを検討すべき時かもしれません。これは、『権利のない労働者など存在しない』という人間的でキリスト教的な理想を現実のものにすることでもあります」とのべたらしい。また、フィンランドやドイツで、小規模ながら実際に定額を給付する実証実験を始めている。世界銀行はExploring Universal Basic Incomeというリポートを発表した(ダウンロードできる)。国連開発計画(UNDP)は臨時的なベーシックインカムの導入で、コロナの世界的拡大を防げるのではないかと提言している。私が読んできたいろんな経済学者や文明思想家、歴史家からは、必ず最後に、ベーシックインカム始めろと言ってる。あたりまえだ。資本主義は格差を拡大するばかりで、もはや底辺に置いてけぼりを食った人たちはいわば衣食足りなくて礼節知らずになってる。先進国で起こっている、解決が急がれる社会問題、例えば黒人差別、移民排斥、日本ではコロナ自粛警察、あおり運転、児童虐待、あとはまあ少子化とかうつ病や自殺の増加、少子化、生涯未婚率の上昇など。こういうのは要は金があればある程度何とかなる気がしているが、その根拠は昔から言われている「衣食足りて礼節を知る」だ。心に余裕がないと何やっても社会はだんだん壊れていくに決まってる。その余裕は最低限度の収入、これを統治権力(国家)が担保してやらないといけない。財源が心配な人たちには、私はいくらでも説明してあげることができる(膨大な関連書籍を読んでるので)。もちろん、時間がない人には短く説明もできる。近所の管理物件の壁に、ベーシックインカムとだけ書いたイメージ広告を掲出した。ベーシックインカムなんて言葉も知らないほとんどの人たちに、まずは身近に目に触れてもらって、良いイメージを持ってもらうことから始めている。ザイアンス効果ってやつだね。
じつは、政治家の中にはベーシックインカムやれって言っている人たちもいる。ところがこの動画…

誰かの借金は誰かの資産 日本銀行と私たちの家計

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今日は時間がないので。さらっと。いつものように私は大好きな安富さんの動画を見ていてびっくりした。ブログでわたしが標榜してきた、こども産んだらひとり三千万円配れという、私の訴えtと同じ主張を、安富さんもこの動画で言っていた。この動画を一言でいえば、日銀はここ十年ほどのあいだ、お金を爆刷りして老人の面倒を見ている。ついでにアメリカに「上納」金も払って、平和を金で買っている。過去9年ほどのあいだにだいたい600兆円くらい日銀は資産を増やしたが、その資産の中身は、市中銀行から買った日本国債(債権)である。それらのうち300兆円くらいが日本の社会保障、もちろんそれは高齢者向けの年金と医療費である。また、100兆円はアメリカ国債を買った。残りはいろいろあるが動画を見てほしい。

わたしがうすうす気がついていたことだけれども、こどもや若者にお金がぜんぜん行かない社会である。
で、日本経済のあたらしい見方、という本を読むと分かるが、高齢者は将来が不安だから金を貯金に回すし、またもっと悪いことに、最近は企業も金を貯め込んでる(企業貯蓄)。
いくら日銀がお金を刷っても、金は使われずに貯め込まれれば、経済が回るはずがない。構造的にデフレだったが、ここのところアベノミクスで、ちょっとずつカネが回るようになっては来ていたらしい(大方の見方と異なるかも知らんが、この本によればそうである、ただし消費税増税前まで)。
しかしここに来て、消費増税とコロナのせいで、決定的にヤバい局面になった。デフレの断崖絶壁の背中を押されて落っこちそうだが、それでも日銀が必死こいて株や社債を買い支えている。
若者のあいだに最近人気の動画カテゴリーで、軽トラックの後ろに自分たちで小さい箱を乗せて、車中泊しながら全国を旅するというのがあった(いまはチャンネル登録者数を維持するために、旅は自粛しないと「炎上」してせっかくの収益の元を失いかねないので、旅行系のユーチューバーは困っている)。
フーコー入門(筑摩新書)を読むまでもなく、ユーチューバーのような人気稼業はじつに空虚で問題の解決にまったくならない。むしろ異常に道徳やモラルで自分をがんじがらめにしなければ、たちまちひがみや羨望からくる攻撃で視聴者を失うという恐怖が彼らの日常を満たしているように見える。
それはそうと、ドイツがこのほど、非常に少ない人数ではあるがベーシックインカムの実…

日本のあたらしい分断、それは緊縮か、反緊縮か?

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何を隠そう私もこのブログで、10年以上前はよく言ったものである。「今や日本の国と地方の借金は1000兆円を超える。一人あたりうん百万だ、たいへんださあどうする!」みたな。つまり私も昔は緊縮財政派だった。しかし日本の借金がたいへんだからどうのこうのという理屈は残念ながら、政府の借金と家計の借金を混同するという、経済学の基礎の基礎に盲目だったわたしが財務省のプロパガンダに完全にやられていたことの証だった。今はもちろん、大西つねきさんとかの動画を見たり、あるいは本を読んだりして、政府の借金が莫大だから増税したり支出を切り詰めるべきだ!公務員を減らすべきだ!消費税を増税すべきだ!というのがすべて完全に誤ったことであるかを知っている。日銀と、財務省は違う。財務省はさておき、日銀は分かっている。この動画は最近の副総裁の記者会見の模様だが、日銀が国債を引き受けたり株を買ったりして大丈夫かという記者の質問に「逆に何が問題なのか?いくらまで、いつまでそうするとどうなるのか?」と逆質問でカワしている。結局、今、緊縮を唱えて国民をどんどん死に追いやっているのは、財務省、政府、一部の間違った政治家、あと御用学者、メディアのほとんどとなっている。つまり、多数派が、間違った政策=緊縮政策を全力で支持しているのである。こうなると、この国はもはや集団自殺しか待ち受けない新興宗教にヤラれた船長が率いるタイタニックのような難破船で右往左往している様にしか見えない。本当に恐怖しかない。ただ、この動画見ると分かるが、少なからぬ反緊縮派の人々が、何とかしろと騒ぎ出している。書籍では何年も前からあったが、今やSNSや動画で、反緊縮の勢いは増す一方だ。若い人がネットを中心に、反緊縮の運動に次々立ち上がっているのはいいんだけれども、何しろ社会の世論を構成するマスメディアや、今の政府与党が反緊縮なのでまだまだ多勢に無勢である。この動画で三橋さんらにこてんぱんにやっつけられてぐうの音も出なくなっているかわいそうなおじいちゃん(佐々木中央大学名誉教授・行政学)が、じつは世間では圧倒的多数派なのである。この動画で三橋さんが言っていることは別に想いとか願い、妄想ではなく、日銀や政府が発表している統計情報に基づいたデータである。そういうデータに盲目になり、一般の多数派の人たち(数年前までの私も含めた)は自分の認識が間違って…

経営している学習塾の最後のひとりがやめる

2017年からやっている学習塾事業の最後のひとりがたったいま退会してしまった。さっそく秋に向けて集客プランを練らなければならないがそれはそうと、保護者が塾を辞めさせる理由をここで整理したい。おおむね、退会の動機で大きなものを3つあげると次の通りとなる。成績が上がらない他にやることがある(学校の課題や部活動)単に他の塾に移りたい(友達の多くが行っている等)2と3は塾は対策の取りようがないので仕方ないとして、問題は、成績が上がらない生徒をいかにどうすべきかだろう。ここで参考になるのは人間の動機についての過去の学術知見である。特に筆者の専門である哲学からは、人間の動機で最大のものはなんといっても「死の恐怖からの逃亡」であろう。人が最大のエネルギーを発揮して行動するのは死にそうになった場合に生きるための諸行動である。睡眠、排泄、食事、ここから始まり、安全、承認、自己実現へと続いていく(マズロー)。先進国で生きる我々現代人の生活において、最大のモティベーションの源泉である「死への恐怖」はすっかり洗浄されて隠蔽されている。家庭内での生活の諸場面ではもとより、都市においてもジェントリフィケーションが進み、死とは無縁の毎日を送ることができる。法哲学的にも公衆衛生や平和、人権尊重などの概念が立法によってあるいは国際間の条約によって隅々にまで行き渡っている。このことがいっそう死の恐怖を見えにくくしている。もちろん、まさに人類文明の進歩の最も本質的な果実といえるので、筆者は否定しないのは言うまでもない。ところが、相変わらず生き物としての人間がやる気を出す発火装置として最も依存しているのは、死の回避である。だとすると、現代人はやる気を出す最大の燃料をすっかり喪失している社会で生きていることになる。こうしたことから、成績を上げようという動機がない子供に勉強させて成績向上させるのは、私が経営するような吹けば飛ぶような一私塾にはあまりにも荷が重いといわざるを得ない。というか、これまで述べてきたとおり、それは実質的には不可能なのである。残念ながら、子供を塾に入れる理由を「成績を上げたい」と漠然と捉えている人が多いが、塾で「成績を上げる」ことを目的としてうたうことはまさしく誇大宣伝だし、成績を上げること自体がそもそもできない(成績を上げるのは子供と学校の問題で塾は関係ない。さらにいえば成績を上げ…

ヴェルファイアのクルーズコントロールが便利すぎた件

レンタルしたヴェルファイア、たまたま運転支援システムが付いていたので試した。 ウィンカースイッチのレバーの少し下に小さいレバーが生えている。これがクルーズコントロールスイッチである。全車速自動走行機能は、レバーの先端のスイッチをオンにしておく。一定のスピードになるまでアクセルを踏んで、レバーを下げると、その後はアクセルやブレーキを操作しなくても、自動でその速度を保ってくれる。もちろん、前車との距離に応じて安全な車間を維持してくれるので、たとえば渋滞にはまっても何もしないでいい。原則はもとより、停止や発進も全部自動だ。 この機能が解除されるのは、ブレーキを踏んだときである。しかし、その後アクセルを踏んで発進して、レバーを下げると再び自動走行になる。自動走行中、スピードが気に入らないときは、レバーの上げ下げで速度を変えられる。 信号待ちで停止した場合は自動走行は解除される。この場合は、信号が青になって前車が発進したら、アクセルペダルを踏んで、すぐレバーを下げると、デフォルトで30キロのスピードまで加速する。そのあとレバーを、希望車速になるまで上げ続ければその車速まで加速してくれる。この間アクセルは踏んでいない。 道路にキレイにラインが引かれている場合は、レーントラッキングという機能も働かせることができる。これは、ハンドルに付いているボタンを押すと、車道のラインを読み取って、そのラインのまん中になるように常にハンドルを微調整してくれる。もちろん、運転者は常にハンドルを握っていることが前提で、もし手を話したり、手をかけただけだとたちまち車にそれがバレて(つまりちゃんと手でハンドルを握っていないことがバレて)機能が解除される。 高速道路では、ハンドル操作もアクセルもブレーキも、操縦のための力を加えることなく何十キロも走ることができた。 1度これに慣れたら、もうこの機能が付いていない車には戻れない。 なお、この機能を使いこなすのは簡単だが、レバーをいつどう操作するとどうなるのかを把握するために、はじめに分厚いマニュアルの該当箇所を読む必要がある。このレバーで最も重要な操作は、システムを起動させる方法(レバーの端のボタンを押す)、システムがブレーキで切れたときに再稼働させる方法(レバーを下げる)、車速のセット方法、あと、いつシステムが切れるのかなどである。これらの重要な部分の…

経済と貨幣

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今日は、哲学がなぜ、人々にとって最も必要な、いわば私は哲学は、現代人が備えるべき常識の一丁目一番地と思っているわけですが、その理由を述べたいです。
世の中にはいろいろな学問がありますが、哲学は「私とは何か」を真正面から取り扱います。ほかの学問で、こうした漠然とした問いを追及するものってありますか。ないです。ほかは全部、物理学、医学、経済学など、対象とするものがしっかり標ぼうされています。
現代資本主義社会、それも、人口現象が始まって高齢者が社会の多数を占める民主主義社会において、格差の拡大が大変な問題になっています。私が最も違和感を覚えるのは、例えば、弱者や貧者に対して、政府はもっと支出すべきだというと、必ず、同じ国民の立場の者が、「金の無駄遣いだ」「自己責任だ」「働け!」「財源はどうするんだ!」とか言い出す。
私はそういう人たちに対して、いったいあなたは何の立場で、何を守るためにそういうこと言っているのか、考えたことがあるのかと思うのです。たぶんないでしょう。彼らつまり、国民の生命健康と最低限度の文化的生活を守ろうとする政府の支出に反対する人たちは、間違いなく自分たちがいったい何者なのか、考えたこともない。ただ単に、ワーワーわめいて、憂さ晴らしやマウントしてすっきりしたいだけなんだとさえ思ってしまいます。
弱者のために国が支出しないのであれば、当たり前ですが早晩あなたにも支出されなくなるんです。
それに、経済学をちょっとかじれば分かることですけれども、政府が支出するんであれば、お金をつかってくれる起業家と、消費性向の高い消費者(つまり貯蓄ゼロの低所得なひとたち)にまず真っ先に配るべきです。
とかこういう話ですね。これを理解するのに、絶対に欠かせない知識がある ります。それがまさに自分とは何かということです。哲学的素養です。
まず自分=国民です。国民国家には、主体がいくつかあります。人の種類で分類すると、法人と、自然人です。法人には、会社はもとより、地方公共団体(村、市、町、区)、そして国や裁判所も含まれる。財務省もひとつの団体です。
いったい自分とは何か。この答えは、日本国憲法に書いてある国民でして、私=国民であり、主権者である。この理解が一丁目一番地の知識です。
この部分を吹っ飛ばして、国の借金が大変だから貧乏人には金を配るな、働かせろ、なんていったら、あなたは財務官僚や財務大臣…

匿名者のSNSのクソリプや誹謗中傷は嫉妬やルサンチマンが原因

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憚りながら申し上げると、内田樹さんという哲学者が著書『そのうちなんとかなるだろう』で書いていたことなのだが、SNSで匿名で、発信者に対する誹謗中傷やクソリプを上げる人たちの動機には、嫉妬があると。
で、なるほどと思った。ニーチェはキリスト教の原動力にはルサンチマン(分かりやすくいえば嫉妬)があると言ってた。
嫉妬は怖い。ただ、私は、有名なマズローの欲求五段階説にしたがって問題を整理すればそれほど怖くもない。
赤ん坊が、腹が減ればギャーギャー泣きわめく。あれは生存の欲求が脅かされてるので、全身全霊でアラートを発している。そうしなければ、その個体は次世代に遺伝子を残すというそもそもの埋め込まれたミッションを達成出来ない。だから、その泣きわめきに対して、うるさいとか、ギャーじゃなくて「すいません、おなかが減りました」というのが論理的に正しいとか言ってもまったく意味がない。
クソリプや誹謗中傷を匿名で行う人たちも、この赤ん坊の泣きわめきと結局は同じ欲求に由来している。つまり、SNSやネットで輝かしく、すばらしい地位にいる人たち、注目を集めている人たちに対して、そこにいるのはお前じゃない、オレなんだ、オレのために場所を空けろと言っている。そして、その場所にオレが行かないと、今の現状では自己承認欲求が満たされないので、もう早い話が死んでしまう。腹が減った赤ん坊の状態なのだ。
大人になった人に、小さいころ、ギャーギャー泣いてたでしょう?といったら、たしかに。オレはまだこどもだったからと言えば済むし、まったく自然でなんの問題もない。でも、SNSで噴き上がってクソリプ上げた人に、アンタそんな書き込みしてたでしょうと非難したらどうか。こどもだったから、とかいう言い分けは通用するか。ネットの誹謗中傷のせいで人が死んだり、鬱になったりしている。赤ん坊の泣きわめきとは異なり、重大な責任が生じている。
同じ欲求の充足を満たそうという人間の反応でありながら、赤ん坊と、匿名者のクソリプは、結果の重大性が大きく異なる。
私たちはこうしたしくみを知ったわけだから、ネット上に、ルサンチマンに駆動されたひとたちが、赤ん坊のようなレベルでわめき散らす場所を作ってはいけないのではないかと気がつく。
それはもちろん言論の自由云々とはまったく無関係な話だ。赤ん坊の泣き声に、言論の自由がどうのこうのなんていわない。
それで、赤ん坊…

MMTをドヤ顔で批判する「評論家」「学者」の性的倒錯について

この記事に典型的なように、MMT(一言で言うと基軸通貨の国はどんどん自国通貨をすって国債を積み上げてもインフレにはならないから平気理論)の危険性を指摘する学者や評論家も多い。

MMTをたとえば今の日本がやったときに、海外の投資家が日本売りをはじめるリスクを否定しきれいないから、危ないよというのがその主張の要旨だ。
まったくその通りで、べらぼうな政府がじゃんじゃん円を印刷して国民に配りだそうものなら、まあ、その通貨は大丈夫かなと思わないほうがおかしいだろう。
ただね、だいたい、MMTや緊縮財政論者に共通しているのは、そこまではたしかに、一定の合理性もあるし認めよう。円の暴落は怖いよねと。私はそれ分かってる。だから、もう一律に国民に配れというのはちょっとどうかなと最近思い始めている(ウソですが)。
そもそも、ドル、ユーロ、円、この3つの基軸通貨の信用を守るために、これまで日本人は身を粉にして働いてきた。で、そうやってなにやらがんばった結果ある程度豊かにはなった。蛇口ひねれば飲める水が出る。電気も、ガスも、水道もちゃんとしている。治安もよければ乳幼児死亡率も低い。失業者も家族が面倒見て求職中から外す統計ハックによってずっと低いまま(これはさる高貴な家族の人たちが象徴として、つまり彼らは働いていないがまさか失業者にカウントすることができない、そしてそれこそ日本の家族のあり方でモデルだから、家族に養われている人は失業者ではないという「数式」に由来している)。
ただ、勤労=善という価値観があまりにもはびこった結果、働けない人はダメ、みたいなことを、あろうことか国民同士で言い合いをするようになっている。これはぜったいにまずいだろう。いくら基軸通貨円がだいじったって、働けない弱者を同じ国民が攻撃するのはあり得ない。あんたらはじゃあ、働いていない人は全部攻撃するんだろうか?給与所得者なんて、全国民の半分も行っていないから、過半数を敵に回すのね、ご苦労様。
つまり働いていない人=悪というのは、成り立たない批判だし、そもそも基本的人権を蹂躙していて犯罪だ、そんなの。うちらの高貴な人たちをもその対象にしないといけないぞできるか?ぼくはぜったいにできないがな。
で、そうやって国民同士の行き過ぎた道徳観、規律意識のせいで、最近は副作用ばかり目立つわけでしょう。格差拡大。貧困の増大。サービス産業担い手低賃金…

絶望を希望に変える経済学――ノーベル経済学賞受賞学者もベーシックインカムしかない

最近読み始めたのがこの本。


この著者のひとりはアビジット・V・バナジーといって、2019年にノーベル経済学賞を受賞した人。
ただこの本読んでわかるし私もうすうす感じていることだが、まあ、だれもこういう話題に関心を示さない。
経済学者がいくら政策を奨めても政治家もその支持者も一顧だにしないらしい。民主主義がもうそれだけ厳しいことになっていることだろう。
理不尽を受け入れるのは生活のためで、そこをベーシックインカムみたいに、だぶついた金融経済のマネーを所得の低いほうから順に配れば、衣食足りて礼節を知ることができて世界はよい場所になる。

子どもばん・私のコロナたいさく【けいざいせいさくこみ】

私のコロナたいさくは、みっつあります。・外でモノにさわったり、家にかえったらしっかり手あらいうがいをします ・ひまつを、とばさない、とばされないようマスクします ・わたしたちこどもや、お金をあまりもっていないわかい人たちに国がお金をくばります
さいしょのふたつは、ウィルスのことをがくしゃの先生からきいて分かった、とても簡単でだれでもできるたいさくです。しかもとてもゆうこうだと言うことです。
みっつめの、お金をくばるというのは、せかいのえらい人たちや、がくしゃの先生がみんないいだしました。
こうれいしゃやすでにお金のある人に、お金がくばられても、けっきょくぎんこうのよきんに入ってしまい、いみがありません。
でも、ぼくたち私たちのようなことどもや、子どもをそだてているわかいお父さん、お母さん、あとはお兄ちゃんお姉ちゃんにお金をくばれば、ぜったいにお金をつかう自信があります!!
わたしが今ほしいのは、ニンテンドースイッチのそふとです。お父さんやお母さんは、くるまのいじひに使うと思います。お兄ちゃん、お姉ちゃんは、だいがくのがくひや、サークルかつどうに使うと言っていました。
ぎんこうよきんに入れたままにすることができるひとは、私のまわりに一人もいません。
どうか、おねがいです。
私は、ちゃんとマスクもするし、てあらいうがいもしますから、国のえらい人は、わかい私たちにお金をくばってください!!!今すぐにです!!
とうきょうとこがねいしりつこがねいだいさんしょうがっこう 39ねん3くみ いちはらりょうたろう

公共図書館を作っています

https://www.newsweekjapan.jp/ooba/2020/07/post-83.php
この記事にもあるように、公共図書館は市民なら、というか人なら誰でも入れる民主主義の最後の砦だ。
じつは私も「公共」図書館を作っている。設置も運営も一私人だが、理念は「公共」つまり公に供されるものである。
近所の物件は大家が関心を失いその維持や補修、環境衛生と防犯を私に託した。私は私財を投じて物件を丁寧に守っている。その物件は世界的なあるカテゴリーにおける「聖地」となっている建物の目の前で、その聖地にまつられたというか今もいる「神様」がしょっちゅううろうろしているので、気を抜くことができず、建物の外観や機能をととのえる際に要求される考え方や価値観は極めて重要だ。
政府や自治体が予算ありきでワーッとくる「箱物」とは異なり、私は命を吹き込み、そしてその維持のために毎日気を配っている。
そういう建物の一角を図書館に使用という試みである。すでに、昨年春にオープンしたが、今回はその拡張工事である。
ネットはもうバカと暇人のもので残念なことになっているので、図書館への流路という「単機能」をシンプルに使う戦略でいく考えだ。

ベーシックインカムしかないと竹中平蔵さんもいいだした

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ベーシックインカム導入に、竹中平蔵さんが前向きな発言で話題となっている。週刊エコノミストの記事によれば、月5万円を国民全員に配ればよいという。
まったく賛成だし、反対する理由が一ミリもない。
この期に及んで財源がとか言い出すのは百歩譲ってポジショントークでやむを得なかったのかもしれないが、それ以外の一般人がそれを言ったらばちょっと理解ができない。お金要らないの?お金ないと死んじゃうんだけど、それ財源がどうのこうのでじゃあ死ねっていうの?それくらいぶっ飛んでいる。
つまり、お金そんなに配らなくてもいいし、財源が心配だし、将来世代への先送りや通貨の信認がどうのこうのごちゃごちゃって、それ今までもずっと言われててそのことだけ気にしてたら結局この20年で中間層消えたし産業は壊滅、国民一人あたりの生産性も低ければ、子どもの貧困もOECDでワースト、どこに配って消えたのか、なぜか政府債務は爆上がり。それ金持ちが貯め込む金になって不動産と株だけ暴騰みたいなおかしな世界じゃない?
もはや、新自由主義の権化みたいにも言われている気の毒な?竹中平蔵さんでさえベーシックインカムって言い出した。
これ見て勉強しよう。

偶有性とはなにか?脳の栄養素

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脳は、サイコロを振ったりじゃんけんしたりみたいに完全にランダムでもダメだが、完全に思ったとおりのことしか起こらないことも退屈する。その中間に偶有性という領域、まあつまりちょっとスリリングで、挑戦しがいがあるが、能力を超えているほどでもない感じの活動に一番興奮するという話だ。
偶有性がほどよくある活動にうまく没頭出来れば、ドーパミンが出てシナプス結合が行われ、脳の能力がアップする。やったー!
私がここ2週間のあいだにやってることってまさにそれで、廃墟同然の建物の内装を徹底的にリフォームして、人々の想像を超えるファンタスティックでインクレディブルな場所をどんどん作っていくというもの。
木を切る、ペンキを塗る、穴を空ける、コンクリートも穴を空ける、ペンキを塗る、電線を結ぶ、照明を取り付ける、掃除をする。すべての動作は一時間程度で「小さな達成」をもたらしてくれ、ドーパミンが出てコンサータもいい具合に相まってフロー状態に入る。
非常に満足度が高く、完全に時間を忘れる。いつはじめたかも思い出せないほどである。
私にとってはDIYがまさに偶有性がたっぷりある脳のための活動なんだろうと思う。

結局逃避→夜型のメカニズムが分かってきた

今朝四時半でもう外が明るい。
今日は家事、洗い物、ゴミ捨て、床掃除(夜の部、40分)からの逃避で次のようなことを手がけられた。
・子ども花火見守り、火付け係、後片付け ・DIY電線関係からの逃避で天井への合板取り付け ・DIY電線設計、イラレで ・じゅんちゃんと茂木健一郎のYoutube見る(10分くらい) ・DIY工事現場清掃、ゴミ捨て ・DIY裏のストレージの上の樹木や枯れ葉の除去と波板設置工事その1 ・DIYベンチ解体し資材リサイクル ・同その2として波板打ち付けも波板用釘紛失につき翌日に延期 ・営業エリアの清掃、ゴミ捨て ・ちょっと離れた支配床にwifi飛ばすも電波不安定(一時間以上) ・溜まっていた書類の片付け ・いろいろな更新手続き書に押印したり
そして午前3時10分ころついに洗い物着手、ものすごい気分が悪くなるがここまで引っ張った自分が悪いんだけれども、そもそも洗い物の逃避とはいえ上記のようにかなりいろいろなことができた。洗い物着手という視点から見れば逃避だが、逃避という評価を何も私はしないでいいわけでもうしない。洗い物がどんどん後になって、最後にやった(ただしこのあと入浴と風呂洗いの30分の家事があるので寝るのは五時だろう)。
コンサータはとっくに切れてる。昼は子ども病院付き添いとか三日分の食材買い出しとか、後はDIYの資材調達とかいろいろ忙しかった。
波板の設置がこの半年間の課題だっただけに大きな進歩だ。

大西つねきさんは離党後自民党の党員になる道がある

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私は去年の7月から突然財政や国の借金に強い関心を抱くようになったが、そのきっかけは大西つねきさんだ。私は彼の動画のレクチャーを聴いてなかなか参考になった。  ところで彼は、7月のはじめころ、命の選別を政治家がやらないといけないみたいなことを自分のライブ配信で口走ったために大炎上、山本代表が謝罪し、また、党籍の剥奪も党の総会に諮られることとなっている(ブログ執筆時点)。れいわに敵対する人たちや、れいわ内でも大西さんは理解の埒外だった支持者が噴き上がって、炎上が半端ない。 「募ったが募集はしていない」総理 「金額は言ったが価格は言っていない」財務官僚 「いいかげんに死にたいと思っても生きられる。しかも、政府のお金で(中略)。さっさと死ねるようにしないと」政治家の麻生太郎氏 「(終末期医療について)さっさと死ねるようにしてもらわないとか、考えないといけない」政治家の麻生太郎氏  今の政府与党の官僚や政治家はとてつもない失言を繰り返しているが、謝罪撤回はもとより地位もまったく揺るぎない。大西さんよりもはるかに悪質で、そもそも今の日本に生きるある程度のおとななら、心のどこかに持ってるだろうが、絶対に公では口にしないように気を遣っている「本音」めいたモノの露出ぶり、自民党のロックな爺さんたちのシャウトが止まる気配は一向にない。  大西つねきさんは、この際自民党の党員からやり直すべきだろう。私みたいに自民党のウェブページ党員募集から資料請求して市議さんを呼んで党費4000円を納める、ということである。私が自民党の党員になったのは、こういう「スベリ」に寛大な党はじつは保守本流の自民党だけなのではないかと思ったからだ(冒頭中島岳志先生のいう「保守」について)。  なお大西つねきさんに一言言わせていただくと、私は6月に党員になったので、今月入党したとしたら私のほうが「先輩」になるので、よろしくお願いしますということです。  さて、人間の理性には限界がある。そもそも失言だって失敗だってやらかすし、寝坊もすれば忘れ物もするし、USBだって分からなくてもおかしくない。自民党はこの間、かなりでたらめでヤバい、およそ賢いとはいえず教養もない人でも、しっかりリーダーや大臣になって、故郷の錦を飾ることができている。ある意味すばらしく寛大な党なのだ。おまけに、支持率が下がるどころか選挙での強さは相変わらずだ(少数の…

民主主義社会のマインドゼロの、ここは美しい国日本

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よく、児童虐待の挙げ句残念な結果になったお母さんお父さんの報道を目にする。その報道の文脈では、いかに具体的に残虐なことが行われたのかが子細に伝えられる。
私はこうした報道がずっと続く一方で、相変わらず子どもや若者への社会的給付や再分配が不足している現状が放置、いや放置どころか加速していっていることがなにも問題にされず、スプラッター映画さながらのグロい報道ばかりがメディアを寡占するのは、結局民主主義社会のマインドゼロの、ここは美しい国日本だなと思う。
確か去年だったか、一人あたり生産性がイタリアや韓国に追い抜かれた。ここ20年、GDPが伸びていないのは日本くらい。産業はがたがたで輸出国家なのにもはや優位なのは、karoushiとかサービス残業ですっかり有名になった安い人件費くらい。もちろんアメリカへの上納金を絶やすことができないうえに、基軸通貨円の信用もあるので、通貨発行権があるのにそれも自由にぶんぱいに使えない。
にっちもさっちもいかないなかで、私は週に三度近く行くスーパーの売り場の美しさに驚嘆し、感動を覚え続けている。
首相は、この国は美しいといったけれども、スーパーの売り場を見る限り、たしかに美しい。スーパーの売り場には、あり得ないほど親切丁寧かつ、美術的に趣向を凝らしたパッケージに収まったいろいろな食料品や日用雑貨が、たいへん安い価格で売っている。
形がそろって、ぴかぴかになったトマトやなす、まっすぐで泥ひとつ付いていないネギ。グラム単位で梱包、値付けされた国産生肉。
私はもはやこの、生活の最も根本的な部分でさえ、余地がないほどの洗練を身にまとった消費社会の日本。
これをまずはしっかり観察して、模倣し、その流儀(なんの流儀かというと、どうでもいいような調味料や半加工食品、生鮮食品をとてつもない洗練さをもって市場に並べるやりかた)をすべての自分の生活部局に取り入れようと思う。
まずはその第一歩として、ブラザーの感熱ラベルプリンターをアマゾンで購入した。私が10代前半のころ、ワープロが登場した。当初、ワープロは感熱方式だった。その後すぐ、インクリボンになって、インクジェット、レーザーとなっていった。だから、感熱方式で何かを印字するってのは、え?まだあったの?っていうレベル。
しかも、ブラザーの感熱ラベルプリンターの洗練さったらない。あの今、風呂上がりで裸。この動画を見て噴き上がっ…

NTTが再エネ事業に1兆円を投入

日本で再生エネルギーの普及が進まない最大の理由、ボトルネックは、送電網を既存の電力事業者が牛耳っていることがある。
いくら安くて安心で、地球に負荷のかからない発電ができても、それを消費地に届けるためのインフラを自由に使えなければ意味がない。
東電など既存の電力事業者は原発への投資を回収したいし、そもそも電気料金が安くなってしまっては存続に関わることだから、倫理道徳的判断ができない。
だったらええい、うちらがヤッたるデートNTTという巨人が、ついに目を覚ました。そう、彼らはもともと、電話線というインフラを持っている。それ使えばいいじゃんかーというわけだ。
今までなんで早くそうしなかったんだろー?!というのはさておこう。そんなことはもう水に流す。
このニュースはいいニュースだと思う。そしてもっと注目されてもいいだろう。

実体経済と金融経済 なぜ日経平均は下がらないのか?[三橋TV第250回]三橋貴明・高家望愛

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いつも日経平均だけニュースとかで簡単に見ることができる。だから、コロナで実体経済がボロボロでも、まあ極端な円安にもならず、日経平均もそんなに暴落しないから平気なのかなという気分になれる。



ただ、冷静に考えると、株価というのは美人投票だから、これから日本経済が大丈夫そうだ、いけそうだと思う人が、そう思わない人よりも、多そうだという人が多ければ、上がるもの。つまり、株価は、投資家が周りをきょろきょろ見渡して、ほかのプレイヤーが、買いに賭けそうなら、自分も買うし、売りにかける人が多そうなら、自分も売る(下がる)。



投資家は、その見込みが正しければキャピタルゲインを得て儲かることができる。



しくみはそうだとして、いやまてと。投資家の人たちは、なぜ、今ほどボロボロの日本の様子を見て、上がると踏む人が多いと思えるのかなという疑問が残らないか?



そんな楽観出来る状況なのか? 僕がもし株式投資に参加している投資家なら、買う材料ってないんだが?



そういう、何を見て判断されているのか分からない株価を見せられて、うちらは安心しているだけでよいのだろうか? よくないと思う。








新自由主義は人類を破滅に導く最悪のイデオロギーだった

非常に重要な議論だ。つまり新自由主義の恩恵を最大限享受してきたアメリカの富裕層が、これはペテンで、反倫理的で、似非科学と欺瞞に塗り固められたソシオパス(社会病質者)の所業だったので、一刻も早く私たちは新自由主義に変わる、互恵的で公共に真に寄与する経済理論をこしらえなければならないという。

PC版lineをつかうには【2020年6月最新】

用意するもの

光回線のある自宅とwifiスマホ(ただしsimフリーまたはsimカードなくていいが家のwifiにつながる)イオシスなど中古のECで数千円で買えるガラケーまたはSMS受信できる端末電話番号(ただしこれまでに一度もline用途で使ったことがない) うちの場合は2014年にウィルコムがやったPHS3回線無料プレゼントというナゾキャンペーンのおかげで大量にガラケーがあったlineと電子メール両方使える友達を1名用意 手順

新規登録をスマホで行うスマホのlineアプリからガラケー電話番号にSMS認証コードを送らせる新規登録ができるプロフィール(またはアカウント)からメールアドレスやIDを登録するプロフィールから自分のQRコードをスマホにダウンロードしておく(次で使う)スマホからGmailなどの電子メールアプリで、電子メールとライン両方使える友達に自分のQRコードを添付ファイルで送信その友達に自分を友達にしてもらう(または友達にQRコードを電子メールで送ってもらい、その画像をPCのメーラーで開いて、それをスマホで撮影し友達をQRコードで追加する)友達に次々、連絡先から友達招待を送ってもらうPC版ラインをインストールし、開く。その際にスマホ版のラインに認証コードが表示されるので、それをPC版ラインに入力する。スマホのlineはもう用がないのでアンインストールする(ただし、またあらためてQRコードで友達になる場合は必要になるがそのときはまたインストールすればいい) ポイント
2020年の6月以降、ラインの都合で友達申請ができない。特に、キャリアで年齢認証していないアカウントは、IDも電話番号も両方とも友達追加出来ず、QRコード一択となる。


自宅が光回線が引いてあり、ハブも無線も有線もあり、しかもガラケーもPCもゴロゴロ余っている、しかも電子メールアドレスはレンタルサーバーでいくらでも作れるという、あまり多くない人向けのご案内でした。

夜更かしになる2大要因【2020最新】

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家事や、掃除、経理の事務など必ずやるべきこと(非常に単調でつまらないがやらないとあとで致命的な結果を招く)をなるべくあとにやろうという力が常に、まるで重力のように働いている。
この重力は、起きてからの時間が経てば立つほど、つまり深夜になればなるほど強く働くようになる。
一方で、起きてから数時間の間は、もちろん、家事や掃除、経理事務などのつまらないが重要なタスクをばりばりと難なく取りかかってこなすことができる。だが、それ以上に、あれこれ思いついたより面白そうでそれなりの時間がかかるタスクの誘惑には勝てない。
起きてからの数時間は、何しろ元気で、まだ一日の時間がいっぱいあると思い込んでいるので、なるべく時間がかかりそうで取り組み甲斐のあるタスクに着手しやすい。毎日やっているつまらないルーティンワークは、あとでやればいいと思ってしまう(これがまずい)。
私の担当は掃除や、皿洗い、台所の清掃、ゴミ出し(半端ない)等、飲食業界ではもっぱらバイトがになうもの。それとあと、私しかできないモノとして、家の中でのシステム管理(最近はオンライン授業などが相次いではじまったこともあり増えている)、あとは経理や家計に関することだ。
世の中では、仕事がAIによって奪われるから、雇用が減るとか何とか言われているんだけれども、そういうことを書き散らしている人は、信号が赤なら止まれ。しかいわないレベルの説明不足の評論といっていいだろう。青は進めと言わないといけないがいっていない。
家で私がやっているようなつまらんしごとは、もう長年にわたって賃金が支払われていない。これに金を払えば、私は正々堂々と、朝元気なうちに、これらのタスクをやるだろう。これらのルーティンワークの重要性は私個人の感想としては骨身に染みているが、どうやらカネがもらえいないところを見ると、重要な仕事であるという社会的合意は得られていない。
すると朝起きて元気なうちにやることなのかって思って、つい先延ばしにする。どうせ金ももらえないし、とか。でも、そこに金が払われるとなれば、ものすごいがんばってやる。つまり、たとえばベーシックインカムなどの直接給付でカネをこ民に配ることで、間接的に家事労働にむくれば、わたしの夜型も是正されて健康になるし、みんなに笑顔が戻る。

この動画は本文とはあまり関係がない
先日、コロナウイルスの経済対策で、国や都が一定の要件を満…

自民党が気になって眠れない、そんな私もサイコパス?!

小金井市議会の市議会便りというのが来たので暇なので読んでみました。で、私はまずはじめに申し上げたいが、民主主義は多数派の意見が善であり正義であり正しい、とは限らない。むしろ、間違った考え方だって、支持されることがあり得るのが民主政治だということです(たとえばドイツのナチス政権だって民主政治下で生まれた)。私たち市民は、ですから、今私たちが選んでいる代表者が正しいのか間違っているのかを常にチェックして、間違いであることの証拠が見つかったら、次回の選挙ではそういう人には投票しないということがきわめて重要なのです。
これからいうことが自民党に対するヘイト、サヨクの遠吠えのように思われたら遺憾です。そもそもそうやってサヨク、右翼のようなレッテルを瞬時に発動して貼ったんだったらあなた、その態度こそまずいと思います。それでスッキリしちゃって酒飲んでネット見て寝るだけ以上だとこの社会壊れるんでね。つまり迷惑なんですよ、そういう態度は。やめて下さいレッテル貼りは勘弁してよ。
で、私は立場を表明したいけれども、ちょっと最近は自民党に注目しています。なぜなら、典型的な民主主義的政党が自民党なのではないかと思うからです。ただでさえ少ない「有権者」(投票権をしっかり行使している人)のなかで、最も多くの票を集める集団。これ気にならないわけがないですよね。しかも彼らのいっていることって言ったら私に言わせれば「間違っていること」「世の中がおかしくなること」「人権とか国際社会の常識の真逆なこと」「地球環境破壊」ばかり。まじで「ネトウヨ」レベルのサイコパスぶりを発揮してますからね。
閑話休題。繰り返しますけど、自民党の議員がこんなこと言ってる、ワーワー、とか言うつもりないんですよ。そんなの昔からそうであって。
ではいいますけどね、ぜひとも市民の皆さんは次の選挙の参考にしてくださいよ。令和2年5月20日発行の小金井市議会便り7ページの意見書、決議の審議結果からです。
まず、次のような文章を読んでください。ここからはちょっと潤色します。いいんです。それは。これは、議会に提出された意見書や決議の要旨を潤色を入れ、分かりやすい日本語にあらためて私が作ったものです。
「40年以上も前に計画された長崎県の石木ダム。これはもう周辺の自然環境や住民の犠牲はやむを得ないので、作るしかないでしょ! 先達たちが必要だっ…

倫理や道徳とは無関係な増殖するシステム

倫理や道徳とは無関係な、増殖するシステム。これは何のことかというと、株式会社のことである。

株式会社の本質は、株主総会で決議される繰越利益剰余金の分配の仕分けに見出すことができる。(利益準備金や預り金は割愛)

借方 繰越利益剰余金 貸方 未払配当金

実際に配当金が支払われるのは当座預金口座からである。

借方 未払配当金 貸方 当座預金

売り上げから利益を差し引き、納税したのち、その会社のオーナーたちつまり株主たちは、最後の利益剰余金からどれだけ自分たちに配当するのかを株主総会でつまり自分たちだけの打ち合わせで決めることができる。

株主たちは、当然の権利としてつまり、その事業のリスク引き受けの報酬として配当を受け取ることができるわけだが、彼らの頭の中には、その配当の原資となる利益が、どれだけの労働者や地球環境に負荷をかけて出てきたものなのかは、一切関心がない。彼らの関心は、今般のこのリスクテイクのプレミアというか、報酬がいくらなのかだけだ。

私が簿記の本を初めて読んだのは今から十数年前だが、その時はへーと思っただけだった。しかし先日娘に簿記をやらせいようと、入門書を読んでいたとき、私は重大なある事実に気が付いた。

株主たちには、この世の中の労働者や、女性や、子供など弱者のために、あるいは持続可能性に赤信号がともるこの地球の長期的な未来のために思いをはせることは、一ミリたりとも期待されていないという事実である。

彼らに期待されているのは、出資金を払い込むこと。そして、毎期、株主総会に出て、自分の分け前を決めることである。

要するに、彼らが倫理道徳的に正しい判断を日々行う理由が、この株主資本主義では規定されていない。存在しない。

これって絶対にまずいと思う。

株主は、だんだん、この仕訳、たった一個のこの仕訳に、すべての関心が集中するようになる。なぜならば、生き物たる人間のデフォルトは思考停止であって、脳がエネルギーを消耗する「考えること」はなるべくしないで済むように駆動している。

この仕訳さえ考えとけば、あらかたうまくいくと思って後は趣味のゴルフだの、麻雀だの、旅行だの、そういうので時間をつぶせばいいだけだ。

そうした有様こそが、株主の真の姿といっていい。

恐ろしいことだと思う。この社会のど真ん中にあるものは、倫理や道徳とは無関係な増殖するシステムであった。仕訳は一切の…

なぜ自民党に入党しようと思ったか

詳しく知りたいと思ったから。

つまりもっと政治の本質や実際を勉強するには、いちばんデカいところ、歴史が長いところにはいるのがいちばんだと思ったわけです。

それに私は単に、世の中にベーシックインカムを導入したい。ベーシックインカムしかない、しか、言っていない。ついでに言えば人権がもっと守られ、多様性が認められ、地球環境に優しい政策を実行に移せる政党であれば、どの党だっていいだけです。

いちばん、そういうことやれそうなのは、単に自民党だったと言うことです。

たとえば今、最もベーシックインカムが導入の気運が盛り上がっている、そういう世界史的なフェーズに私たちは立っていますが、どの党がいちばんはやく日本でこれを導入出来そうでしょうか?

自民党以外にないでしょう。投票率を上げる? 有権者にがんばってもらう? 野党だってすごい優秀で立派な人がいるしごともしていれば対案も出してる? もちろんそうでしょう。でも私は、そういう人にこそ、ベーシックインカム導入のために自民党に鞍替えしてもらいたいと思っています。

いまから、そもそも私が政権交代のために運動はじめるとか、別の党の党員になってどうのこうのとか、そういうことに労力を費やしていたら、私はたぶんベーシックインカム云々以前に寿命が尽きると思います。ベーシックインカムウイルスとしていちばん最適な宿主は自民党でしょう。

空っぽなんだろう。

子供に家事を手伝わせるのは虐待で人権侵害で窃盗の重大犯罪である理由

新型感染症のせいで政府は学校を閉め、家にいるように「要請」してもう一か月近くたとうとしている。

そうした中で、DVが問題になってきている。狭い家、世界からはウサギ小屋といわれている劣悪な住宅の中で、朝から晩まで子供が家にいる。そして親は会社ではなく、家で仕事するように仕向けられている。もはや親は発狂する以外にないだろう。

今こういう状態で子供に家事をやらせたらいいといわれているし、実際うちでもやらせているけれども、私からすればこれは虐待で人権侵害で窃盗(時間)の重大犯罪である。

子供の権利条約を読んでみてほしい。もちろんこれはご存じだと思うが199x年に日本も批准して有効になっており、憲法の上に立つ、重要な条約である。一言でいえば子供を守ろうというこの条約だが、家事をやらせるのなら一発で条約違反だろう。具体的に言えば子供を搾取してはいけないと書いてある。家事はあからさまな搾取であり、したがって家事を子供にやらせるのは子供の権利条約違反である。

(家事は搾取ではないという人へ。それならあなた自分のブログやメディアでそれを言えばいいんであって私に何か言うのは絶対にやめてください、便所の落書き(=このブログ)に文句言うのと同じで、万が一返事が返ってきたらホラーです)

もはやこのブログの読者ならば耳にタコができるほどのことだが、家事育児は無給の場合はそれは倫理的に許されないということ。しっかり政府はベーシックインカムなどでそれに報いなければならない。ところが政府はこの問題を無視し続けてきた。不作為という違法な態度を続けてきた。家事育児が無給である以上、私たちはこれをやるのはこうした政府の犯罪的態度を追認することになる。ただ、現状家事育児しないと別の問題からの末路(コバエ、ネグレクト、汚部屋、ゴミ屋敷化からの発狂または収監)一択かつ片道切符となるので、家事育児をやらないという選択肢はない。

だからわたしはやっている。

高校時代に、都立高校の清掃は生徒にやらせるのではなく、地域の清掃事業者に外部委託するべきだと言って親も呼び出されたこの私が。予備校でのあだ名は「人権君」だったこの私が。黙々と家事をやっている(もくもくではなくて、このブログのようにやかましくだが)。

それは百歩譲っていいとしよう。問題は、子供にやらせること。子供にやらせるのならば、家事育児は無給かつ無償のブラッ…

公共サービス民営化の問題点

問題点しかない。なぜなら、ある特定のサービスを民営化する場合、大体は株式会社である。株式会社は経営者がいて、そいつが道徳的には完全に腐ってることが科学的(哲学だが、笑)に明らかになっている。

つまり、人間は権力を握るとモラルのタガが外れて銭ゲバ、欲望の亡者になる。

たとえば、公民館の仕事をやらせたらどうか。公民館では、市民たちが集まって、折り紙、工作、簡単な運動やゲームを楽しんだり、またそうしたことが得意な市民が講座を開いたりしている。

しかし、放っておいてそういう人たちが集まるかというと、そんなわけがない。テレビの前で、思考停止状態で生きるしかばねになるのが人間の本性だから、そこから公民館まで引っ張り出してことを始めなければならない。

そのためには、あらゆる工夫と時間、手間を、その引き受けた公民館の管理者がやらないといけない。ファシリテーターとか、モデレーターなどという。

民営化されている場合は、そんなことに関心を持つ経営者などいるはずがない。いたとしても持つかどうか。そんな直近四半期の利益にならないことをするために経営者がリソースを割くことを許せば、競合の会社にたちまちその市場のポジションを取られてしまうのがこの恐るべき資本主義の正体である。

だから絶対に公共サービスを民営化してはいけない。というか、このコロナショックのせいで、アメリカは2か月で200兆円以上、国の借金を増やした(国民の借金とは違うので注意、国の借金=国民の資産)。

コロナで明らかになったことは、今、外出制限で倒産しそうになっている業態というのはつまり「不要不急の」サービスを提供している事業者だということだ。そうした人たちを救うために国が金を刷っている。もちろんそういう目的だけではないけれども。

コロナのような感染症は今後もバンバン出てくるといわれている。そのたびにこんな財政出動して金配るってのか? それで、あとでまた、借金がこんなにあるから、国民に増税して将来世代のために借金を返そうとかの財務省や朝日新聞とかがやりそうな財政ポルノを見たいっていうのか? もう資本主義は完全に終わっている。

そこで、公共サービスを民営化するのではなくて、民営サービスを全部国営化してしまい、そこでの通貨は特別な貨幣を発行して、資本主義をやり直したらいいと思う。最低限必要な食糧、エネルギーはもちろん無料である。

民…

明らかになった格差、受援力=ITリテラシー

ITリテラシーという壁が、今政府の支援策を本当に必要としている人の前に高くそびえたっている。

今すでに手続きができる次の三つの支援策がある。東京都の拡大防止協力金。通産省(国)の持続化給付金。そして、特別定額給付金だ。

いずれも、マイナンバーカード(それも三種類の暗証番号を覚えていること)を持っていたり、PDFファイルを自在に編集できたり、そもそも確定申告のデータをすぐ取り出せたり、売り上げ帳簿を作れたり(当然会計ソフトで)、そもそもパソコンがないと割と話にならない(電子メールアドレスも必須)レベルである。

PDFを用意できなくても、紙や手書きのものをスマホで撮って送るのでもいいらしいので、ぶっちゃけ全部それでやれなくもないかもしれない。つまりスマホ一台あれば、できちゃうかもしれない。うーんでもかなりやりにくいと私は個人的には思う。こういうのはスマホ向きではなくて、PCが最低限必要だろう。それぞれの手続きで必要な書類の量が多いので、スマホで撮っているうちに何をどこで送ればいいのかわからなくなったりしそうだ。

スマホで、せっかくデータをアップしても、「ファイルサイズは2MBまで」とかいわれる。スマホを店で買った人が、デフォルトのカメラ設定で、巨大ファイルサイズでバンバン撮って送って、ファイルサイズ制限で玉砕というのが見える。

ものすごいスピードでシステムを構築したんだろう、いちおうUIとか、スマホ対応とか、そういうことは成立している。しかし、前述したように、絶対にすべての人が困らないかというとそうではない。困った人はどうするかというと、オンライン申請以外の方法をやるしかない。それは…。どっか相談会場みたいなのも設置されているらしい。今の非常事態宣言で、そういうところ出かけるかって話。給付金については、いつ来るのかわからない。スピードの問題が出る。

たぶん、明日首くくるレベルで困っている人もきっと多いに違いない(cf経済死)。そういう人たちは、もういろいろと広い視野で物事を判断できなくなってる。視野狭窄に陥っていて、とてもじゃないがそういう人にファイルサイズがデカいとか言い放っておわるそういう、滑りまくりのUX(ユーザーエクスペリエンスってんですか、要はそのウェブアプリの使い勝手を利用者目線できちんと考えようって話)をバーンと政府がかましてきたのは、ちょっとほんとやば…

ふたつの動機付け

1991年に大学受験の浪人になって以来、勉強や仕事にいかに集中して取り組むかが重要なテーマとなった。

大学に合格するために、勉強し、合格した。しかし、合格したら、何かむなしくなって、勉強はしなくなってしまった。

その後、起業したりしてあれこれ自分でやり始める。一定の成果は残せるのだが、その都度飽きたり、むなしくなって、やめてしまう。決算申告や、絶対に外せない締め切りのあるものはやめるわけにいかない。そういうのはたいへんな苦痛に耐えながら、コンサータも飲みながら、何とかやっている。

しかし、もうやりたくないし、結局自分はなんでこう、飽きっぽくて、続けることができないのか、いつも悩んでる。できたらなんていいんだろうとか思ったり。

結論としては、私のなかで、もう絶対にこうしたことへのやる気というのは出てこないということだ。

やる気というのは2種類ある。ひとつは、外的動機付け。もう一つは、内的動機付け。

外的動機付けは、これまで書いたような勉強、仕事のように、外部から評価(報酬)を目的にする動機。こういうのは結局成就しても虚しさが募って続かないのである。二回三回と繰り返していくうちに、苦痛だけが増してきて、結局できなくなる。

一方、こんな私でも、気がついたらやっていること。やり始めると時を忘れて没頭し、とても楽しい活動もある。しかも、いくらでも繰り返せる。その活動はたとえば、DIY、このブログ書き、動画編集、爪かじり、ネットダラ見、掃除、人と雑談とか。これらの活動に共通しているのは、別にやったからといって評価が高まったり、報酬がもらえたりしない。また、頼まれてもなければ、義務でもない。つまり外部からではなく、自分の奥底から勝手に湧いて出てくる「やる気」に基づいた活動だ。これが内的動機付けだ。

内的動機付けに駆動されているときは、コンサータなんて要らないし、気がついたら着手していて、やれたらどんなにいいかなんて思わない。なぜならすでにやっているから。

つまり、結局私、というか、人間てのは、そういうふうにできているのではないかと思う。問題は、やりたくもないことつまり外的動機付けによる活動をやるにあたって、その活動にいちいち値段が付いているこの資本主義社会のほうだろう。

カネが、たとえば金融市場には大量にだぶついているはずなのに、人の嫌々ながらやる活動は家事や育児、介護がそうで…

仮説・家事を無給はあり得ないを実の娘で検証

日頃から、家事を無償でやるってのはあり得ないと言うことをここで訴えております。しかし、これ私が感じていることで、何ら普遍性があったり科学的に証明されるような「定式」ではございません。そこで、少しでもこれを説得力あるものにするために、娘たちで家事あり得ない説を検証してみました。

娘らにためしに、私が週二回やっている買い物(買い物リストを持って近所のスーパーに行き、買ってくる)をやってもらいましたところどうなったか。さっそく見てみましょう。

娘A(中学生)「途中で元気がなくなった」
娘B(大学生)「マジであり得ない。だるすぎ」

いやこれ、しかも無給だが、と伝えると、目が点になっていました。

娘A(中学生)「何かやらかした?」
娘B(大学生)「かわいそー」

やらかしたかどうか?たしかに、私は妻と結婚してあんた方を育て始めて今も育てていることは「やらかした」と言えばそうです。かわいそうか? …涙出てきました。

キーーー!ベーッシックインカムしかないだろコレーーー!

昨日アマゾンで買ったトッド解説本(by 鹿島茂)に書いてあったんですが、なぜ、人類はある時点で少子化になったか。トッドは、女性の識字率と出生数に相関関係があることを発見しました。

字が読めれば、いろいろな目に見えない物事の道理、考え方、あるいはストーリーや公正さについて。さらには将来や過去の出来事を想像したり。できるようになるわけです。

字で書いてある物語(や評論)を読めばイマジネーションに翼を与えます。

娘たちの様子を見ていて、こりゃーなるほどと思った次第です。皆さんも、もしお子さんがいたら、「はじめてのお使い」やらせてみるといいですよ。はじめて、ということはその後2回目、とか、3回目とか、10回目とか、まあ、100回目とか、400回目とか、続きます。つまり、死ぬまで、何百回となくやることになる、そういうタスクを、子どもがどういう反応するか。イヤだ。うんざりだ、たいへんなだけ。希望も未来もなく退屈。

なぜそういう反応になるか。その体験から、どういう意思決定をし始めるか。少なくともトッドは、ぜひとも死ぬまで家事育児やりたいからすぐ結婚して子ども産んで、これからも一生買い物に行こうとは、字が読める人なら考えない、そういう結論です。私も同感です。娘たちも。

で、これはさらに今後どうなるかって話をしますけれども。識字…

人間がファシズムに向かうしくみ

孤独で不安な人間に、恐怖と演繹論理で洗脳。あっというまに洗脳が終わって秒で殺人ロボットになる。アーレントの研究で分かる。

演繹論理というのは次のような論理だ。

人は死ぬ。Aは人。Aは死ぬ。

○○人はバカ。Aは○○人。Aはバカ。

これの何が問題かというと、最初の前提が正しいか正しくないかという疑義を挟み込む余地なく、人の危険な駆動装置(テストステロン)に着火する力を持っているからだ。

演繹論理は誰が言ったのか、そのこととが真実かが問われることがない。すぐに、バーッと人を興奮させて動かす危険がある。というか、人間という動物は基本的には、思考停止状態でジッとしており、獲物が見つかり次第その捕獲に動くという単純な本能にほぼ支配されている。演繹論理はそういう人間の本性を見抜いた為政者やリーダーにとって、非常に強力で簡単に使える「武器」である。

ユダヤ人はドイツ人にとって害悪。Aはユダヤ人。Aは害悪、ホロコーストに携わったドイツ人の多くが普通の人だった。普通の人でも、とんでもないことをしてしまう。

あとは、為政者が語る欺瞞が加われば完璧に、バラバラな状態で経済困窮という不安に置かれた群衆は、ファシズムでもなんにでも動き出す。

孤独はまずい。そして、演繹論理によって意思決定するのは、人に備わった傾向だから、不断の努力で常に、言われていることが真実なのか。道徳的に正しいのか。考えなければならない。

官僚やビジネスの場面で書かれる文言のほとんどは欺瞞である。書き手が、読み手を操縦するために、真実や書き手の都合を隠蔽して読み手をだます。

批判はやめろを徹底批判

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野党や、有名なユーチューバーや、その他有名人やブロガーなどが国や政府を批判すると、「批判はやめろ」とSNSにコメントを書いて噴き上がる無数の無名な人たちがいる。

その、コメントを書く行為自体がもはや公衆便所に落書きするレベルで犯罪だと思ってる。
なぜなら、そもそも前提として、国民には、国・地方公共団体を批判する義務が課せられている。国や行政団体の施策や不作為に対して、不断の監視をしなければならないと書いてある法律は少なくない。
そのため、批判をやめろという言説は完全に間違っており、違法でさえある。
宮台真司はこれらの所業を「サイコパスによる症状」としているが全くその通りで、ネットに書き込む前にどっか別の専門機関に相談に行ってほしいレベルだ。

家で集中できない人のためのリモートワーク実践法【2020年最新】

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なぜ家だと集中できないか。それはほかに気が散ることが多すぎるからです。家族、生活上必要な物流(洗濯、掃除、洗い物、消耗品購入、ゴミ出しなど)オペレーション、ネットのダラ見をやめるのに自分の意思しかない(会社や学校だと当然上司や先生ほかの同僚やクラスメートの視線があるのでダラ見が成り立たない)からです。
 人は「思考停止」状態がいちばん脳の消費エネルギーが少なく済むので、放っておけば思考停止つまり頭を働かせなくても住むようにする動物だと思います。そういう本能が働くからこそ、人類というのは何万年ものあいだこの地球上で種を維持できたのです。
 家でなんの刺激もなく放っておかれたら、思考停止本能が発動して、気がついたらネットのダラ見状態に陥っていてもなんの不思議もありません。
 このように人間は、環境的にも、環境以前のそもそも生き物としての成り立ちからして、家では集中できないようになっているのです。
 ではどうするかというと、オンラインで緊張感のある(つまり思考停止状態にならない)人たちが集い、語弊がありますが相互監視状態を作ることがひとつの解決策になるのではないでしょうか。私はなると思っています。
 それで、2020年4月19年から、オンライン上で集う「よりそう会議」をはじめました。もちろん、本来は直接、人が移動して、1箇所に集まることができれば、さらに効果は高いのです。しかし、私たちは今直面しているこの感染症の危機から、変化なくして生き延びることができない待ったなしの状況にあります。科学的知見とノスタルジーは切り離し、いまできることでまあ、効果が高いことを淡々と取り組むしかないのです。
 よりそう会議は週1回オンラインで集まって、それぞれ参加者が取り組んでいる課題をシェアし、そのPDCAサイクルをまわそうということです。
 課題は、かならず細分化・分類して、所要時間を明確にし、ToDoリストに落とし込むことが重要です。
 会議は一週間に1度しか行われませんので、その成就のために、ウィークデー、家で課題に取り組みやすくなる方法を紹介しましょう。
 箇条書きにしましょう。
・課題はToDoリストに書く
・すべてのタスクは30分以内に終わるようにする
・キッチンタイマーを用意する
・キッチンタイマーで5分、7分、15分、長くて30分ごとに必ず1分から2分程度休憩する
・「…

哲学入門チャンネルのじゅんちゃん、ゆとりfamのいよ

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今日は単に2つユーチューバーを紹介します。
たけちよ倶楽部ってのが大好きだったんですが外出禁止でしょんぼりです。
今日は、まず一つ目、哲学入門チャンネルです。


私も好きな、アンナ・アーレント、サンデル、ロバート・ライシュ激推しのじゅんちゃんは、アーレントが言うところの「活動」のために、私たち市民がもっと議論を通じて哲学しなきゃダメなんだ、政治参加しなきゃダメなんだ、見てみい今の日本の惨状を、というもの。

毎回13分程度でしっかり終わり、わりと本質的な内容をコンパクトにまとめてあって(つまりしっかり編集に時間をかけていて)、もちろん内容はとても共感が持てて好きです。

こういうふうに毎日動画をアップし続けるってのが本当にたいへんな仕事なので、尊敬します。またこういう動画をやりたいと思いました。

つぎ、ゆとりfam.のいよ様。
声、顔、何とも魅力的で、内容もソロキャンプ、バイク女子、DIYなど私も好きなものばかり。こういう人が、えいっと登場してきて、それなりの収入を勝ち得ていく。悪いことじゃないと思いますよ。だって、昔は怖い芸能プロに所属し、スポンサー、電通などの代理店、テレビ局、下請けなどさんざんピンハネされたあとのカスみたいな収入しか得られなかったのが、直接視聴者に直にこうやってつながれる。まあ先は分かりませんが、それはたぶん、地球上の命すべてについていえると思います。

少なくとも、そういう経路がひとつ増えたってのは評価します。これはもちろん、じゅんちゃんについてもいえますよね。彼は学歴も所属も一切不明ですが、内容だけで勝負して、たくさんの人と実際にその哲学的な思考を深める「場作り」に成功している。

今日は以上です。

ていうか、1年ほど前に紹介した別のチャンネルは、ヤバいことになってるようで(炎上?)やっぱり微妙だ、なんだかだめだと思う。何やっても。もう終わりだろう。ベーシックインカムしかない気がする。それで御飯かってきて家で食べるしかなかろう。


よりそう会議第一回開催感想

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よりそう会議第一回開催が本日4/19、開催されました。

この会議は、人々の孤独を癒やして緊張を解き、よいメンタルコンディションに調えたうえで、それぞれがかかえる「タスク」(作業)を見える化して、PDCAサイクルをまわしていこうという、いわゆるライフハック、自己啓発の運動です。リアルに人が集う「会議」というフォーマットを用いてこれを行い、行動のきっかけになる「定時、定場所」の要件を無料で提供していきます。

今日は第一回が行われたんですが、参加者はオンラインも含めて、言い出しっぺの私ともう1名の、合計2名でした。

もちろん、これが少ないか多いかといわれたら少ないんですが、むしろ、いきなりバズレばたちまち飽きられるのが世のならい。こうしてひっそりと始まって、浸透するまで時間がかかればかかるほど、息の長い活動になると思うんです。ですからよかったです。

発酵食品のように、時間が経って独特の変化を遂げることで、社会によい影響力をせっせと涵養していく考えです。

こういう活動をしていれば、私が日頃から(発狂気味に)取り組んでいるアドボカシー活動(政策決定を目指して意思決定者や社会の世論に向けて、表現活動や働きかけを行う活動、cf.ハンナ・アーレント)でも、説得力があるかもしれません。

では、土曜日、つまり4/18から公表され、広告収益が日本赤十字社に寄付されることになっている志村けんの大序ブダを貼り付けておくことにしましょう。なお、今日行われた会議の模様と、会議後の雑談はTwitterライブ、FBライブで配信されました。また、編集してYoutubeの「よりそう会議」公式チャンネルにてアップする予定ですがいま、ものすごい偏頭痛で苦しんでいるので、明日以降の作業です。


やる気の出し方【2020最新】

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長年の研究、どのくらい長年かというと、1990年くらい(私が高校生で、大学受験勉強のためにやる気を出す必要に駆られて以来)からだからかれこれ30年(!)。江戸時代だったら寿命の半分はやる気出さなきゃ、出ない、困ったどうしよう、締め切り来た、低パフォーマンスやミス(瑕疵・かし)だらけでがっかりを繰り返してきた、そういう「生を享受」する一個人からの報告です。

表題の通り、「やる気を出すにはどうしたらいいのか」。今年の結論は結局3つに分類されます。
心身の状態環境タスクへの取り組み方 1.心身の状態

睡眠不足だったり、栄養失調だったり、病気に罹患していたりしていたら、そもそも活動ができません。私の場合は、ADHDでして、これは注意欠陥多動障害という自閉症系の立派な(?)病気です。医者に相談して、きちんとコンサータという相性のいい薬を服用して心身の状態を調えています。

よく、夜型はいいのか悪いのかという議論があります。これは次のようなエピソードを読めばいいでしょう。心療内科(精神神経)系の病気で入院します。するとたいてい、まずは生活のリズムを整えることから治療が始まります(病気にもよるが)。つまりは、人間というのはそもそも朝起きて暗くなったら寝る、三食きちんと食べる、これを前提に健康が担保されていると考えたほうがいいということです。

作家が徹夜で何か名作を書いたとか、夜集中できるとか、そんなのはたまたまそのときはそうで、それを繰り返すとアッサリ人は廃人へと堕す線路への進路を進み始める。待っているのは入院までして生活のリズムを整える。入院すれば1日に何万円も医療費がかかってしまい、たいへんです(ただし、ほとんどの場合、自己負担額は微々たるものか無料でさえある)。そもそも作家でもないし。

2.環境

やる気がない人間→やる気がある人間。これは、人が変わるということです。人が変わるには、時間、場所、人の三要素が必要といわれています。当たり前ですよね。ある情報商材屋がいっていたんですが、レジ打ちの仕事。めちゃくちゃ退屈でつまらない。でもパートのおばちゃんはみんな、店に来たらパキッとこなしている。なぜか。そのメカニズムこそ、この環境に関わるヒントが満載です。

レジ打ち。就職希望ランキングあるいは、あこがれの職業で、かつて「レジ打ち」がトップ10になったことは決してなかった。不人気で典型…

認知行動療法とよりそう会議

2000年代はじめころから20年近く、家事育児に従事しています。単純で退屈な仕事を続けるのが苦手なADHDの私にとって、毎日続く家事育児から受けるのストレスは人一倍大きなものでした。たとえば子供が何かをこぼします。床を拭かなければなりません。そのときに自動的に頭に浮かぶのはどんな言葉でしょうか?
「私の貴重な時間がまたこうして失われた」
「何やってるんだろ。僕? ほかの同世代の男性は真っ昼間にこうやって床に跪いて汚物を拭いているんだろうか? ありえない。空調のきいたオフィスでスーツを着てそれで私の何倍もお金を稼いでいる」とかです。
 それで、イライラして、子供にきつい言葉をかけてしまったり、いわゆる「キレた」状態になったりすることもあったでしょう。
 さて、認知行動療法では、こうした自動的な思いとそれへの脊髄反射が出る前に、そうした反応以外の反応をとるように心がけます。心がけるというか、そういう反応にならないようなトレーニングをするとか、とっさに切り替える工夫をするとかの表現がより正確かもしれません。
 私の場合は、長年の忍耐の結果「妄想する」ことで何とかやり過ごしてきました。どんな妄想かというと、日常の悲惨な家事育児の場面を「ネタにする」です。いい歳した大卒の男性が、真っ昼間に子供がこぼしたものをスタコラ拭いている様。あるいみ、無様。これは見ていて、ちょっとおもしろいと思うんです。他人のなんとかは蜜の味っていうじゃありませんか……。自虐妄想ですね。こんな自分をYoutubeのネタにしようと思うと、子供が床に何かこぼしたら、「こぼしてくれた、やった!」と逆にうれしくなります。当然、キレたりイライラしたりはなくなります。みんな喜んで私の動画を見てくれると思うと、ウキウキします。
 もちろん、実際その都度カメラにとって動画を編集してアップしているかというとアップはしていません、あくまで妄想ですので。しかし、実際、動画をアップすることもできるわけです。なにしろ同世代のサラリーマン男性は、家にいることができない。ということは、子供がやらかしてくれたという面白い自虐動画をとることもできない。彼らはネタに困るが、私はネタが有り余っている。これはかなり愉快なことです。
 さらに、おなじみの「ベーシックインカムしかない」というこのブログのテーマです。そもそも家事育児がつらいのは…

働いていないのに金が振り込まれる国民は多い

今、コロナウイルスの感染防止のために、休業補償をどうするとか、休業要請するしないとか問題になっている。

これらは、いずれも、給与所得者や自営業者たちの生活の問題が問われている。

ところが、どういうわけか、政府から打ち出される対策はまったくピント外れなものばかりである。補正予算108兆円のうち、真水は16兆円に過ぎないとか、マスクを400億配るとか。

これはなぜかというと、為政者が耳を貸すのは国民の誰なのかを知る必要があるだろう。

今日は、国民というのを、どういう所得で生活しているのかで分けて考えたい。ちなみに、本項は私の私見や思い込みは一切入っておらず、財務省や政府が公表しているいわゆる「公知の事実」に基づいて書いている。途中までは。最後のほうでブチキレて発狂するからそれはそれでお楽しみに!

国民の所得というと、ほとんどのひとは給与所得、働いて稼ぐ給料を真っ先にイメージするだろう。ところがちがう。どういうことか。

まず、近年の日本の、給与所得者に支払われた給与所得の総額は年間200兆円くらいである。一方、海外からの投資収益の受取を含む、日本国民の総所得は、だいたい600兆円くらいある。

つまり、400兆円という、過半数のカネは、働いて得た金ではなくて、それ以外の方法で入ってきた金ということになる。それ以外の方法とは、ではなにか。

具体的には、配当所得。不動産所得。利子所得。譲渡所得(買ったときより売ったときの方が何かが値上がりして儲かった所得)などだ。つまりは、働いて得た所得ではないということである!

国税庁の所得の区分表を見れば詳しく分かるが、ここで重要なのは、働いてもらう給料以外に、所得は9種類もあるということだ。そして、働いてもらう給料というのは、じつは日本人の「もらってる金」のうち、思ったほど多くはない。半分も行かないばかりか、なんと三分の一に過ぎない。

じゃあ、過半数はどういうことか。繰り返しになるが、過半数は法人や個人が、働かないでもらってる金だということになる。

【注意】よく、サラリーマン大家になれだの、動画配信副業はじめろだの言ういかがわしい情報商材屋が、ここまでの論調とまったく同じことを言うのを聞いたことがある人もいるだろう(私は推敲中にそう思ってギョッとした)。しかし注意してほしいが、働いて金を稼ぐことはばからしいからやめて、大勢の国民がすでにや…

先進国で初!スペインでベーシックインカム導入決定

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この記事から明らかなとおり、スペインでベーシックインカムが導入されることになった。先進国で初めてである。

そもそも国は、国民の生命安全を守るために私たちが税金を払ってその運営を業務委託しているもの。天災など、本人の努力ではにっちもさっちもいかない理由で、この命が危機にさらされている以上、ベーシックインカムが導入されるのは当たり前である。

日本で今起こっていることは、これまでは「人災」と言われていた。しかしもはや、人災の域を超えて天災になっている。政府が丸ごと天災である。

世界で大変なことになっているにもかかわらず、電通利権のオリンピックのためにあらゆる初動を遅らせた。WHOに160億円を払って「コロナ侍」の称号をもらった直後に中止になるや、和牛や寿司のチケットを配ると「大喜利開始」。直近では給食マスク2枚を全世帯に配布するという渾身のボケも国際社会から完全スルーされ、観念して昨日の緊急事態宣言である。

今だけ、カネだけ、自分だけで逃げ切ろうとする高齢者の大群、低知性の政治家たちと出世欲のためにこれに盲従するポンコツ官僚群、オワコン化した産業界の利権。こういうもので私たちの未来の命はないがしろにされ続けている。これはもう、間違いなく私たちひとりひとりでどうこうできる域を超えた「天災」というほかない。

つまり日本もスペインと同じ天災に見舞われているわけだから、今すぐベーシックインカムしかない。

スペインに続き、ブラジルでも法案が上院を通過した模様だ。英米でも議員がベーシックインカムの導入を政府に請求する動きが目立ってきている。ウイルスが勝つか。ベーシックインカムが勝つか。いよいよホットになってきた。

ひきつづき、ベーシックインカムの世界のニュースをフォローし続けたい。このサイトをお勧めする。

BIEN | Basic Income Earth Network
https://basicincome.org/

日本型循環モデルの陳腐化とはびこる悪

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私は東大生でも学生でも何でもないが、単に興味があって本田由紀先生の本を数冊か読んだ。

この動画を見て、すごく彼女に親近感を持った。こういう人の動画を好きだとか、言及すれば、たぶんすぐある種の何とか寄りのレッテルを貼られるということはあるかもしれないけれども、ぶっちゃけそういうレッテル貼りはレベルが低い憂さ晴らしで私には無関係だし興味もない。

続けます。

私は、この動画で言われているような、いわゆる戦後日本がそれでやってきた高度成長を支える「日本型循環モデル」の申し子のような男だった。

大学入学までは、という話だが…。

要するにそれはなにかというと、勉強しようという意欲がまったく本質的ではない。それは端的に言って身近な人へのコンプレックスを燃料とするルサンチマンだった。ひがみが勉強に向かわせた。勉強の結果約束されるのは、彼ら、彼女らを見返してやれるという、社会全体から見れば1ミリも意味のない「欲望」であった。

それで何とか合格したはいいが、就職で失敗した。それでも何とか、まあまあな東京の企業だったから、中流のサラリーマンの人生の一端を垣間見ることはできた。

ただ、さすがにそうした人生はあまりにバカげていて、あこがれを抱くことは不可能だった。

で、やめた。

その後、いろいろあって今起きている時間のほとんどを、家事育児つまり家事に費やしている。早大を出た、ホリエモンとかキムタクと同い年の中年男性が、起きているほとんどの時間を、子どもの学用品の使い走りや、食料品の買い出し、皿洗い、掃除で過ごしている。ほかにもいろいろと事業はやっているが、本田先生の動画を見れば分かるだろうけど、今中小零細企業がなにか事業をやっておいしく儲かるなどということはあり得ない。

自分の人件費はほとんど削って、かろうじて何とか仕入れた金額よりもちょっと多い現金を得る。その程度の話だ。もちろん日本の企業のほとんどがそうであるように万年赤字である。

いいたいことはなにかというと、今の諸制度はまったく希望がない。最も悲惨なのは、せっかくこのめずらしい地球という生命の星に時を同じくして生まれて、すばらしい自然や人生を謳歌できる人類にもかかわらず、同じ星で、同じ国で、同じ地域で、家族内でいがみ合わないといけなくなっている。

宇宙の歴史彼観れば本当に一瞬ではかないけれども、私たちが感じたり、見たり、考えたりで…

結局がんばろう

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ふたつ動画を見てほしい。

私は一貫して申し上げているのは、資本主義がアウトってこと。カネだけ、今だけ、自分だけになってしまう。誰も責任を取らなくなる。




家事育児も憲法の勤労の義務であり権利

朝は何でもやれる気がする。さわやかな日差し。新鮮な空気を運ぶ風をほおに受ければ、生きる喜びがみなぎってくるのを感じる。

これほど活力がみなぎっている私なんだから、今日は何でもやれると思って次々と手を出す。もちろん、想定外の時間がかかるので、結局本来やらなければならないつまらないタスクは深夜にやっとやることになる。

そのときの心境は昼間とは真逆だ。つまり死にたい気持ちしかない。生きようという活力は完全に枯渇している。

そういう夜にやってはいけないタスクはたとえば次のような。

洗い物トイレなどの掃除ゴミ出し実家から届く大量の炭水化物や菓子類を「捨てない」でいかに日常生活を妨げない建物内動線を確保するかの闘い数週間前に届いたまま、室内の床に置かれっぱなしの大量の炭水化物や菓子類を「捨てない」状態のまま管理すること(かなりストレスを感じる)領収書の分類家計簿への入力カード明細のダウンロード支払 まったくほとんどの人には共感を持ってもらえないと思う。こんなのたいしたことないことばかりじゃないかと思うだろう。ここで憚りながら申し上げると、これらのタスクの量が私の場合ハンパないのである。

掃除や洗い物…家族6人分+ネコ+飲食店。1回の洗い物の数だけでも数十点の食器や箸などを洗わないといけない。一日三回。掃除機掛けするにも、管理床面積が余裕で100平米を超えるため、膨大な時間がかかるし毎回クリーナーのゴミを捨てなければならない。

ゴミ出し…人間が多いことに加え、流入も多く、また洗い物が膨大すぎて水気を切る時間もないのでかなり重い。さらに、たとえばアマゾンとか実家から食べ物が届くとする。梱包されている資材は、段ボール系資源ゴミ、雑紙資源ゴミ、燃やすゴミ、ビニールプラスティックゴミ、埋め立てゴミと常に最低で4種類の分類が必要になる。もちろん段ボールはカッターで解体しなければならない。中腰で週に何度もこの作業を、もう20年くらいやっている。

実家から好意で送ってくれるお菓子などの整理…あまり書けないが、とにかく量が多くて泣きそうになる。本当にもう泣きたくなるとしかかけない。これは昼間に妻と一緒にやるしかないのだが、それが上手く目的の生活動線の確保になるかどうかは心許ない。

領収書や経理関係事務…とにかく死にたくなる。国民の義務だし税務署が来て青ざめるのはイヤだが、この20年近く、税務署が…