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1月, 2020の投稿を表示しています

作業に集中したいならこういう動画

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作業に集中するとき、こういう車窓の動画をずーっと別のモニタに映しておきます。



人ってなにかの研究で分かったんですが、(今日はなぜですます調?)作業している動画が、モティベーションによい働きかけをするらしい。しかも、単調な作業、つまらない日常のこととか、こういう車窓の動画が私には効く。







ずっとBGMふうに流しておくだけでかなりいい。おすすめです。

なにが残念か

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民主主義なのに、投票にほとんどの人が行かない。行く人はみんな、間違った党に投票する。社会は結局、もともと資本主義や民主主義に内包された「欠陥」によって、ゆっくりと破滅に近づいている。

投票に行かない、関心がない人が、選挙に関心を持つようにするにはどうしたらいいんだろう?今、人々の関心は何によって政治から背けさせられているんだろう?

多分それ、ゲームとか、SNSとかだろう。現実の社会では、ゲームやSNSで得られる熱狂や興奮、承認は得られない。政治家たちは、私たちの関心がどこに向かっているのか。人々が何に興奮して動くのか。それをまずは確認したほうがいいだろう。

この動画では、公立高校の卒業式に、事前に知らされていなかった歌手(AI、エーアイじゃなくてね)がサプライズ登場して生徒のドーパミンが出っぱなしになる様子を確認することができる。彼らの多くは、前に出ようと壇上のほうへ動き出した。彼らを動かすことができたのは、何だったのか。彼らを、歌手に反応して動き出すまでの間、じっと座らせていた力は、何だったのか。実は同じ力である。校長のニタニタ笑いがそれを物語っている。

シャドウワークが消えたから請求しようそうしよう!

昨日も書いたが、仕事や消費支出は、与えられた時間や予算枠をめいっぱい使い切るまで、膨張するというパーキンソンの法則。

今日本の男性は、かつてなく妻にも働いてもらいたいと熱望している。

低下し続ける実質手取り賃金本当は子どもや妻と時間を過ごしたい欲求 しかし、妻は妻で、昔ながらの安定のジェンダー役割である「家事育児」をやるのにいっぱいいっぱいで、とうてい外に働きに出るなどあり得ないというのが本音である。

仕事は、定時とか、時給とか、給料とか、いろいろな「枠」があるので、パーキンソンの法則が働いたとしても膨張にも限りがある。しかし、家事はどうだろう。朝起きて、旦那が会社に出かけ、子どもも学校に出したあとは、時間は無尽蔵だ。上司もいなければ、労働時間を記した雇用契約書もない。納品のための仕様書もない。つまりパーキンソンの法則に従えば、無限にやることが湧いて出てくる事態。それが家事育児である。

テキトーに済ますことができないのである。

そういう状況のなかで、夫から、妻も働くよう期待されたら妻はどうなるか。ほとんどの場合、幸福度が低下し、イライラが募り、場合によっては鬱病に罹患するかもしれない。なぜならすでに家事育児担当者はパーキンソンの法則によりタスクが寝る時間以外のすべての時間を覆うまでに膨張しており、外で働く余地は一ミリものこされていないからである。そこを無理に働けば、不全感が募って前述の通り不幸になり病を罹患することになる。

心療内科で、ここ数年激増している疾患がある。もちろんそれは鬱病である。これは、別に絶対数が増えたのではなく、受診する人が増えたということらしい。昔から人口の一定数、鬱病はいたが、近年の傾向として、心療内科の敷居が下がり、昔は病院に行かなかった一も、気軽に受診するようになった。鬱病治療薬を売りたい製薬メーカーのプロパガンダが奏功している証だ。まあそれはいいや。

いいたいことは結局、人間にとって、そもそも家事育児と仕事の両立というのは本性に反する無理ゲーだということである。もう絶対に無理な話で、それを無理矢理やらせても医者がよいが増えるばかりで社会全体にとって一ミリもプラスにならない。

なぜなら子どもは、家に帰っても自分でカギを開けて親の帰りを待つライフスタイルになる。これ絶対によくないだろう。どんなことよりもこれはよくない。子どもに話しかけたり、や…

技術が進歩したのになぜ家事や労働に私たちが追われ続けているのか

技術が進歩したのになぜ家事や労働に私たちが追われ続けているのか。
Gigazineによれば、それは次の3つの理由からだという(アメリカの社会学者ジュリエット・ショア-氏による考察)

パーキンソンの法則経済的地位の再生産社会制度 1のパーキンソンの法則は次の通り
仕事の量は、完成のために与えられた時間をすべて満たすまで膨張する これは仕事に限らず、家事にも該当する。私の経験からいうと、1日予定がない場合、家を片付けたり掃除をはじめる。はじめたときはいくらでも時間があるように思えて、あれもこれもと片っ端から気になったことに着手する。結果としてすべて中途半端か終わらずに夜になり自己嫌悪に陥る。

納期のある仕事とない仕事を考えてみてもこれは歴然としている。納期のない仕事は、単に着手できないか、殊勝にも着手できても決して完遂しない。

私にとって完遂できる仕事は、やらないとマジでやばい内容、たとえば税務申告(やらないと最悪国から処分される)、支払(利子などでふくれあがるばかりか信用を失う)、家族の健康と生命の安全に関わる内容(見守りが必要な公園遊びの随伴や食料、消耗品の補充など)。

これ以外の、まあ長期的にはやったほうがいい課題について取り組むのは極めてむずかしい。その理由はパーキンソンの法則で、与えられた時間の枠がない仕事というのは、決して終わらないのである。終わらない理由は、無限に細かくタスクが、ウジ虫みたいに湧いて出てきて、無間地獄にハマるから。そういう状態は極めて居心地が悪いため、着手自体を忌避するようになる。

2の経済的地位の再生産。これは子どもにも、自分と同じように大学出て就職して稼げるようになってもらうために、(もはやだいぶうさんくさく持続可能性も黄色信号がともっているにもかかわらず)人生のレールの上を走らせるためのすべての活動だ。塾や学校への送り迎えや、利用できるすべての給付制度への申請書類作成作業が含まれる。

3の社会制度。これは法律を変えない限り絶対に変わらない。つまり、1日何時間働くか。就業時間のことだ。今は週40時間が標準になっている。マーケットフロンティアが枯渇し縮小するパイの奪い合いが苛烈を極めるいまの資本主義社会ではすべての営利企業の経営者は、週40時間つまり1日8時間は、従業員を使えると思っている。それを、自社だけ短く短縮するインセンティブはまったく…