技術が進歩したのになぜ家事や労働に私たちが追われ続けているのか

技術が進歩したのになぜ家事や労働に私たちが追われ続けているのか。
Gigazineによれば、それは次の3つの理由からだという(アメリカの社会学者ジュリエット・ショア-氏による考察)

  1. パーキンソンの法則
  2. 経済的地位の再生産
  3. 社会制度
1のパーキンソンの法則は次の通り
仕事の量は、完成のために与えられた時間をすべて満たすまで膨張する
これは仕事に限らず、家事にも該当する。私の経験からいうと、1日予定がない場合、家を片付けたり掃除をはじめる。はじめたときはいくらでも時間があるように思えて、あれもこれもと片っ端から気になったことに着手する。結果としてすべて中途半端か終わらずに夜になり自己嫌悪に陥る。

納期のある仕事とない仕事を考えてみてもこれは歴然としている。納期のない仕事は、単に着手できないか、殊勝にも着手できても決して完遂しない。

私にとって完遂できる仕事は、やらないとマジでやばい内容、たとえば税務申告(やらないと最悪国から処分される)、支払(利子などでふくれあがるばかりか信用を失う)、家族の健康と生命の安全に関わる内容(見守りが必要な公園遊びの随伴や食料、消耗品の補充など)。

これ以外の、まあ長期的にはやったほうがいい課題について取り組むのは極めてむずかしい。その理由はパーキンソンの法則で、与えられた時間の枠がない仕事というのは、決して終わらないのである。終わらない理由は、無限に細かくタスクが、ウジ虫みたいに湧いて出てきて、無間地獄にハマるから。そういう状態は極めて居心地が悪いため、着手自体を忌避するようになる。

2の経済的地位の再生産。これは子どもにも、自分と同じように大学出て就職して稼げるようになってもらうために、(もはやだいぶうさんくさく持続可能性も黄色信号がともっているにもかかわらず)人生のレールの上を走らせるためのすべての活動だ。塾や学校への送り迎えや、利用できるすべての給付制度への申請書類作成作業が含まれる。

3の社会制度。これは法律を変えない限り絶対に変わらない。つまり、1日何時間働くか。就業時間のことだ。今は週40時間が標準になっている。マーケットフロンティアが枯渇し縮小するパイの奪い合いが苛烈を極めるいまの資本主義社会ではすべての営利企業の経営者は、週40時間つまり1日8時間は、従業員を使えると思っている。それを、自社だけ短く短縮するインセンティブはまったくない。万が一そんなことをすれば自分の会社だけ競争上不利になりパイがもらえなくなったら、従業員もろとも路頭に迷いかねない。そういう恐怖心が支配している。この恐怖心を和らげることができるのは、すべてのプレイヤーがしたがうべきルールの変更以外にない、つまり法律の改正だけである。この法律が変わる気配は、日本では同一賃金同一労働とか、ワークライフバランスとか、気配っぽいものはあるが、罰則付きで週4日労働を義務づけとかはまったくない。

結局、技術が進歩しても、社会が回らなくなる様相はとめようがない。人間の本性(パーキンソンの法則)や、経営者の欲望や恐怖心。こういったものから自由で、メタ視点を持つすぐれた立法当事者が、法律を変えることしかないのである。

で、立法はおもに官僚がやっているから、厚生労働省の前にある日すべてのサラリーマンとその妻は結集し、運動することが重要だろう。

フロイトは、人間が不安を解消するために、無意味な反復行動をすることを発見した(糸車の実験)。私たちは、中流階級が消えて全部貧困化する社会の入り口に立っていて、たいへんな不安感にとらわれている。今やるべきことは、通勤電車に乗って職場を行き帰りする日々を送ること=つまり赤ん坊が糸車を投げては拾うような無意味な反復行動による不安の解消ではないだろう。だって赤ん坊じゃないんだから。私たちには幸い、糸車ではなく、議会制民主主義というものがあって、そこに働きかけることで、法律を変えられる。

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