身近に死にたいという人がいるなら

私は知り合いから死にたいっていわれることがわりとある(たぶん暇人だと思われている?)と思っているが、その都度、自分はその人に対して何もできないということを知るばかりであった。

憚りながらいうと私自身は、生きる意味なんてないって信じてる。そのときそのときで楽しくやり過ごして、せっかくの人生いろいろみてやろうくらいの気持ちなので。大学で哲学を勉強した私からしてこうなんだから、気力を失った鬱病の人に生きる意味なんて…説明できるわけがないし。

気をつけなければならないのは、生きる意味がないからじゃあ死んでいいかっていうとそれは違うってことだろう。そこをいかに説明するかがこれまたむずかしい。生きる意味がないが、死なないで生きるにはどうしたらいいかっていうと、じつはこれは方法がある。金もかからないし、カウンセラーや精神科医も要らない。なにか。歩くこと。

端的に言うと、どんな人でも「行動する」ってことがその死にたいっていう原因の感情を薄めることにけっこう役立つ。散歩はもとより、ちょっとした作業が生きる時間を埋めてくれる。

たとえばこのリンクを読んでみてください。重度の鬱病を患ったが、作業を通じて回復していくリアルドキュメンタリーとなっています。こういうのを読むと作業療法士資格を取りたくなるんだよ。

生きる意味ってありますか? Quora

さて、身近に死にたいという人がいるなら、私と話をしに来ませんか。というか、話しなんてしないでいい、ただ歩くだけでいいです。私はガイドヘルパーという、行動や散歩のプロなんです。本来は身体障がい、知的障がい、精神障がいや発達障害で自立支援医療(精神通院等)の人が外出して余暇を楽しむときに同行する福祉の仕事だが、黙々と歩くだけでなんでこんなにすばらしいのやら。きちんと法律もあって、報酬も払われる、これは国家予算からの仕事です。だからバカにできない。

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