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9月, 2020の投稿を表示しています

前野隆司先生の受動的意識仮説について

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前の先生の「受動的意識仮説」について最近勉強したので発表する。 まず私の長年のナゾの数々が、受動的意識仮説によりあらかた解決した。 勉強やダイエットが三日坊主で終わるのはなぜか?例を挙げるまでもない 地位職業を問わず「やらかす」(キレる)のはなぜか?政治家の失言とか芸能人の不倫とか、あおり運転とか自粛警察とか。 地頭がいいというのはどういうことか? 意識、自分、宗教などがなぜ陳腐化するか? そもそも意識があるとして「寝てる」ってどういう状態か? 人間の数兆の細胞を、意識が全部コントロール出来るわけがない そもそも受動的意識仮説は、能動的意識仮説の真反対の考え方。これが出発点だ。能動的意識仮説は、まず意識が先にあって、すべての人間の行動は、「喉渇いた、ジュース飲もう、買いに行こう」というふうに脳内に意識が湧き起こり、その結果脳から指令が出てジュースを買いに行く行動がはじまるというもの。 脳内の因果関係としては、「ジュースを買いに行こうと思う」→買いに行くである。一方受動的意識仮説は、この逆なので、まず買いに行くという行動が起こる。で、「喉渇いた、ジュース買いに行こう」は後付けなのである。 ここで、そんなバカなと思うのは当たり前である。ここで読者に寛容をお願いしたいのだが、そもそもみんな当たり前と思っているたとえばダーウィンの進化論。あれアメリカの4割は信じていないので。じゃあそいつらは人類の進化をどうかんがえているか? もちろん、人は神様(創造主のキリスト)が作った、以上! 当たり前なんてものはこの世に存在しないのでよろしく。 で、じゃあ、なんで、ゼロベース(ジッとしている状態)からジュース買いに行くって、どういう指令で筋肉に信号がいくのかーい? 前野先生の説明によれば、人体の自律神経系統(内臓を動かすなど人間が寝ているときでも働いている系統)からまず信号として脳に喉渇いてるぞと行く。すると別の自律神経回路がじゃあ水分を求める必要があるなとなり、まず目とか、脳内のエピソード記憶などから周辺の自動販売機などのデータを動員して、で、即座に手や足を動かして歩き出すという行動となる。その0.3秒後くらいに、やっと、意識(脳)が、これらの無意識の行動(自律神経由来の行動)は「喉が渇いたからジュースのみに移行」と意味づけるというわけだ。 他にも例がある。動画で言われていた。人間の

波頭亮氏とじゅんちゃんの対談 哲学入門チャンネル

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わたしが尊敬している波頭氏。ホントにえらい。この人は頭がいいだけでなく、社会をよくしていこうときちんと考えている。そしてその結果、絶望してる(涙)。 まあ、普段このブログは、一桁とか、多くても30人ものたくさんの読者の皆さまにご高覧いただいていて感謝なのだが、先日「ヘライザー」をタイトルにもってきただけでどっかでバズって420人もの閲覧数。これはエンタテイメントの力について後ほど考察したので一つのヒントになる。 今日は、近所のチェーン系外食店(価格高め)に行ってきた。驚くべきことに、そこで働いているのは、全員がわたしが卒業した中学校のOGやOBであった。彼らは全員大学生である。 つまり、学生アルバイトだけで、その店は完璧にまわっていた。 で、飲食バイト、学生と聞くとたぶん、さぞかしblackなんだろうと思ったらこれがまったく違う。むしろ、サークルのようなノリである。男女とも仲良く(当たり前だ、年齢も近く全員地元でオナチューなんだから)。 正直、見ていて、まあ制服を着こなして颯爽と接客する様子は、学生時代によく観に行った学生演劇っぽさすら覚えた。今風に言うとコスプレだ。 こういう体験を踏まえて、波頭先生の動画を見て思うことは、たしかに企業は競争をすりゃいい。政府は企業に補助金やら税優遇で、競争の公正をゆがめてはならない。しかし、同時に、こんな学生の大切な居場所であり稼ぎの場になっている企業が、単に競争上の理由であっさり店じまいしたら私はそれは、彼らへのたとえばBIなんかで報いるだけでは済まない気もしている。社会関係資本がそこでは共有されている、生み出されてる。そういう居場所としての仕事場をどうとらえたらいいのか、これは考えるのはとても楽しい。 で、もう一つ、波頭先生が動画で言っていた。私も読んだ、ジョナサン・ハイトのなぜ人は右と左に別れるのか、という本について。結論から言うと、DNAで生まれつきそういうイデオロギー判断をするように組み込まれているという。これは科学的な話しである。 波頭先生は、嘆く。公文書改ざんしたり黒塗り文書出したりはては、議事録を全部なかったことにしたり、記者と毎日夕食したりと言った民主主義の根幹を揺るがすようなトンデモ政権に対して国民とメディアの支持は盤石である。いったいどういうわけか。 私や、この動画チャンネルの主宰者である在野の哲学者じゅんち

竹中平蔵氏のベーシックインカム論を批判する人たちを批判する

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 竹中平蔵氏がベーシックインカム導入、国民一人あたり7万配ったらどうかといっているがいっせいに批判されている。 批判する人たちの主張は、おもに次の2点だ。 7万は少なすぎる 生活保護、厚生年金をなくすのはあり得ない 竹中氏は生活保護、厚生年金も止めて7万にすればいいといったらしい。 私は2004年にファイナンシャルプランナーの勉強をして合格し今も継続教育を受けて、年間1万数千円を上納して資格保持している。それで社会保障とか政府の税金の使途について興味を持って勉強もしてきた。さらには資本主義がポンコツ自動車で、かといって他に乗り移る車もないし、何とか巧くこれに乗り続けないといけない人類の未来も、世界の英知の著作を読んで絶賛共有中なおかつ読んだ本を無料で地域に開放するオープンライブラリーを勝手に作って 拡散中 である。 この結果、このブログのドメインや表題の通り、もうベーシックインカムしかないというのが私の訴えの結論である。 それで言わせてもらいたいが、かつて、これほど政権に近い人物が、ベーシックインカムを唱えたことはなかった。このこと自体をまずまっすぐに評価し、じっくりと味わいたい。うれしさのあまり、仕事が手に付かないほどである。 不肖私、もう10年以上前からBIを言い続けてきた私にとって、まあたしかに小さい政府を施行する新自由主義者もBIをいうのは知っていたにしても、BIはまずもってその本質は、マネーの再分配の政策だということだ。 つまり、政策である。ここで、ぷっと笑ってしまう。政策というのは、法律を作るための方針のようなものだ。BIには法律の整備が必要だ。ではその法律を作る人はだれ?もちろん国会議員だ。だから、政策の実現には法律を作れる国会議員が必要になる。で、今、BIを批判している勢力の人たちって、たぶん野党だろう。そいつら、私の見立てだと小選挙区制が変わるかなにかしないと政権のバトンはぜったいにやってこない、つまり法律になんか関わることは一切出来ない。無理筋(野党支持は無理筋のおとぎ話と思ったから自民党党員に私はなったのである)。そいつらがポジショントークでBIを批判している。まったく、論外である。それは彼らの永田町就職活動なんであって、国民の幸福とは無関係な話だろう(本項の結論としては、社会のバージョンアップのためには赤ん坊つまり次世代が物心つく前から金を渡

幸せとは何か

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  あるユーチューバーはもともと地方のキャバクラ店でとてつもない売上をたたき上げ、一財産を若くして築いた聡明な女性である。  今年3月ころに、お客のひとりと結婚。結婚した理由は浮気しなさそうだというのと、とても好きになったからというもの。ふたりの幸せな新婚ライフは、彼女のYouTubeチャンネルを通じて広くシェアされた。  ところが同年8月には、夫が、夫のSNSで残念な書き込みをして炎上することが度重なる。夫はユーチューバーの配偶者であることを公言している。この炎上を夫はまったく気にしなかったが、妻のほうが精神的にまいってしまう。  ふたりでいるときはとても親密に、いちゃいちゃでれでれしていたし、もちろん夜はふたりで寝た。このことは新婚当初の動画で本人が言っている。彼女は大好きな夫とふれあえることで幸せを感じていた。  ところが、炎上事案が生じてからは、ベッドは別々である。そしてこれも動画で本人が言っているのだが、離婚も視野に入れているようである。この間わずか半年足らず。  いったいなぜこんなことがおこるのだろうか?  もともと生物の成り立ちとして、男は、歳を取ってもやんちゃな男の子のままだったりする。一方女性は、男性より頭がよく、また社会的コミュニケーション能力も優れて紛争を好まない。そういうのはさておき今日はこの二つの動画を紹介したい。 まず、幸せってなんだろうか? 同じ前の先生による動画だが、今度は、人間の意識に関する興味深い視座。

ポランニー、労働や貨幣が商品になじまないことから資本主義の危機を指摘

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 労働を商品にするからこういう動画が登場すると思います。もちろん、動画があるから現実社会にそういう事実があるというのは因果律から言っておかしいんですが、蓋然性がないと言い切れませんよね。まずみて下さい。 ちょっと動画とは趣旨が一見異なるんですけど、要はこの動画は中抜きがおかしいといっている。しかし中抜きもおかしいが他にもおかしいことはある。 私はかれこれ20年以上にわたって、支払われない労働つまり、家事育児をやってきたんですけど違和感と疲弊感しかないです。それはどうしてかというと、そもそも労働というのは商品化されるべきものではないんだろうと。もし、労働が商品なら、私の家事育児労働はなぜ支払われないんでしょうか? オイそこの資本主義、答えろよ! なんでオレの、今日も120分くらいやった、床掃除、皿洗い、ゴミの分別、こどものお世話(スクリーンオフのためのあれこれ)、こどものアルバイト先に提出するための履歴書の作成のサポートや印刷、こういうのなんでだれも1円も払ってくれないんだよ! 説明なんてできっこないんでしょ、私のアンペイドワークがアンペイドの理由を。もちろん正当化だってできません。 じつは説明している人はいるんです、たとえばミード。いろんな未開社会をつぶさに観察した結果言えること、それはその社会が、性差に基づいて、ある種の役割を男にやらせることに、単に決めただけという身も蓋もないこと。要は理由はなくて、ある時点でそう決めたあと、ずーっとその社会がダラダラ全霊踏襲してきただけってこと。オエッ(嘔吐)。 人間が生まれながらにして自由や人権享受出来るんだったら、ベーシックインカムしかないだろうよと。それがないから搾取に甘んじたり、無償のままに甘んじざるを得ないんだよ。 ポンコツ大工のオッサンも、このあと紹介する若い哲学者も、結局同じことを言っている。資本主義のポンコツぶりを言っている。 資本主義のポンコツぶりは端的に言って、ほとんどの経済学者(数式大好きただし自然科学分野へのコンプレックスから来る変態的フェティシズムからの)が説明出来ない、いまのこの国家債務大膨張マネー大増刷にもかかわらず続くナゾの低金利と、一切起こらないトリクルダウンとすべての労働、商品の 低価格化 による格差の拡大。 ポンコツ大工ですら言い出してる。どうする? 少なくとも私は無視出来ない。 昨日に続き

悪の秘密ぼっち「ヘライザー」について

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今日紹介するのはこのチャンネル。ではどうぞ。 なにが気になるって、これなかなかに優れたコンテンツだと思う。最初はぜんぜんピンとこなかった。娘(大学生とか中学生)に見せてみても、「無理」とかいってぜんぜん娘に刺さらない。 私がもともと見ていたチャンネルに、スーパーナブラというのがある。無表情で、女の子がひとり「旅」に出かける。キャンピングカーで。そしてソロキャンプである。その模様を淡々と、センスのいいBGMとキャプションとともに詩的に見せる。 ところがある時期から急に、ナブラさんの動画で、沙耶香さんという別のユーチューバーが、フォーマットをまるパクリしていると怒りだした。 私は訳が分からなかったが、このヘライザーの解説でああそういうことだったのかと分かった。 現在はこういう事態に発展している。 YouTubeで横行している「パクリ」をわかりやすく解説している。これ見ると、収穫逓減の法則がここでもしっかり働いていることがよく分かる。 他にも、ヘライザー嬢はティーンエイジャーと推測されているがなかなかの「作家」がいるのか本人が天才なのかは分からないが、わたしがつい見入ってしまう面白いコンテンツが目白押しで完全に病みつき。内容はもちろん、ビジュアル、声も魅力的。手数のかかるカットや背景など編集に手抜きがない。本当に優れたクリエーターだと思う。 あと2本ほど、セレクトしたので、見てみて下さい。 ビートたけしがある著書のなかで、視聴者がみんな「評論家」みたいになってやれ食べ物を大切にしろだの、こどもが見たら真似して危ないだの、動物がかわいそうだの行ってくると。こっちはエンタテインメントコンテンツを死ぬ思いで作っているのに、見た連中が文句ばっか言うからテレビ局は萎縮してどんどん制約が増える。これじゃ面白いものなんかできないと。で、ビートたけしは結論として、文句言うなら「お前がやってみろ」という。 ヘライザーさんの動画にも、驚くべきことに、あれこれ批判が寄せられるらしい。しかし、わたしが今回、ヘライザーさんの動画を紹介するにあたり、これだけの動画を選んで、ブログに貼り付けて、たとえばうろ覚えの「サヤカ」の漢字が間違っていたから直したりと、とにかく「表現をする」ってのは手間と時間が半端なくかかるのである。それを受け手は、ちょっと気に入らないとコメント欄などで文句を言ってくる。 コメン

日本のこどもは世界一健康だが世界一不幸、ユニセフの報告

ユニセフが毎年一冊公表している「レポートカード」 最新の16 によると、日本のこどもの幸福度は世界において相対的には非常に低く、最下位レベルだという。 対GDP比で教育投資予算がOECD加盟国中でも最低レベルで、女性に無給で家事や育児を押しつけたまま、男性は儲かりもしないむなしい資本主義の搾取労働にかり出され、しかも年々下がり続ける給料から天引きされる高齢者の世話代(年金、高齢者医療費などの社会保障費及び不足分の国債費など)はうなぎ登りだ。その結果、男性稼ぎ手だけでは世帯収入が足りなくなり、女性は無給の家事育児だけではなく、このむなしく未来のない賃労働にもかり出されている。 つまりこどもと会話をする。こどもと時間を過ごす。こどもと遊ぶ。そういうことをする大人はほとんどこの国にはいない。こどもを守らないといけない状況は、もう待ったなしであり、世界的にもこの問題が共有されていることがこのリポートから明らかだ。 このブログのコンセプトは単純明快だ。世界にはマネーがあふれている。投機に使われている部分(金融経済)が、実体経済(私たちの暮らしで使われる貨幣)を大幅に上回っている。いくら基軸通貨国の中央銀行がお金を発行してみたところで、金融経済に吸い込まれていくばかりで、実体経済にはまったく回ってこない。それどころか、投機マネーが土地に目を付けると地価バブルが起こる。その結果家賃価格が高騰。それまでその地域に住んでいた人たちが、家賃高騰で住めなくなるなどの弊害すら起こっている。 しかも、その投機マネーはもちろん、労働者の年金基金なども含まれるものの(そんなのの運用のためにバブルを引き起こして家賃高騰させて若い人の生活が困っちゃうようなのは甚だしい失敗だろう)、人々の個別の生活満足や幸福とは無関係な、少なくともそうしたことを目的とは決してされていない。投機マネーの本質はただひたすらの自己増殖だけである。 そうやって、富める者から先に富めば、あとは放っておいても自然に貧しい者にお金が下りてくるものだというトリクルダウンというファンタジーをどっかの政府のリーダーは言っていたがトリクルダウンは完全に政治目的の「作り話」にすぎない。 こどものことを嫌う心情はわかる。うるさいし、無秩序だし、また自分のよりかわいかったり、出来がよかったりすれば穏やかではいられない。そもそもこどもを持つのに必

カーシェアたのし

 300万も400万もする車を、数時間だけ、好きな時間に気軽に楽しむことができる時代だ。先日トヨタレンタカーでベルファイアかりたらたまたま付いていたアダプティブクルーズコントロール(全車速追従型走行)とレーントレーシングコントロール(車線を読み取ってまん中に来るようにステアリングを機械が制御)を体験し、その凄さに驚嘆した。 次にトヨタレンタカーを使うときに、2020/09/03現在、これらのクルーズコントロールが装備されている車を指定することができない。 私はどうしてもこれらの機能をまた試してみたいと思って、あれこれ調べた結果、なんと近隣のカーシェアで、難題かこれらの機能を搭載した車が借りられることが分かった。 東小金井だが、駅からすぐのところにあるステーションのスズキソリオ。これは全車速ではないがつかえる。たしか30km/h以上かな。レーントレーシングは付いていない。 carecoも、近隣にいくつかステーションがある。ハリアーは50km/h以上から使えるようだ。レーントレーシングも付いている。C-HRは試していないが覗いたらコントロールスイッチが見えたので、この機能を搭載していることは間違いない。 C-HRは時速何キロ以上でクルーズコントロールが働いてくれるだろうか。気になる。 これまでの経験から分かったのは、一言でクルーズコントロールと言っても、時速何キロから効くのかが結構重要だ。なぜなら、東京の市街地では時速40キロ以上出せることってあまりない(幹線道路を除く)。止まっている状態から、スイッチを操作すると動き出してくれる全車速タイプであるかどうかが、ポイントだろう。 トヨタレンタカーはもとより、タイムズカーシェアもcarecoも、どのステーションのどの車は全車速なのか、時速何キロ以上から使えるのか、げんじてんではこうかいしていない。

結婚と家族のこれから

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  これ読んで、わかったこと。 家事はアンペイドワーク 女性のほうが多く家事を担っている 幸福の源泉は長期的で親密な人間関係 相手に配慮し尊重する まあある意味当たり前の話だが、今の日本では結局人々に余裕がなくなり、あれこれぎすぎすして、長期的な親密関係を気づくことが巧く行きにくい環境。 幸福の源泉は本当はオキシトシンの働きで得るのが社会全体にとっては望ましいんだが、いまはそうなっているだろうか? SNSやメディアをみて、その中である特定のスケープゴートを次々と上げて、敵ダーつぶせ-許せない信じられない!排除しろと攻撃する。そういうことに興奮して一時のカタルシスは得られるが、決して幸福にはなれない。ただ、メディアも、ある敵を設定してそれを攻撃したほうが、メディアの商売にはプラスに働くカラタチが悪い。 オキシトシンを出す方法は何も恋愛関係や親密な関係だけから得られるものではもちろんない。知り合いや、知り合いじゃなくても、立ち寄ったお店の人とのちょっとした雑談でも起きる。オキシトシンを出すのは、もちろんキスやハグがいちばんよく知られているところが、そうしたことができない場合は、カラオケ、会話、料理を作って振る舞う、プレゼントを贈る、(同性でも)ふれあう、みんなで食事をする、でもいい。 残念ながらコロナでやりにくいかもしれないけれども、距離を保ったり、お互いの飛沫が飛ばない工夫をすればできるだろう。 結婚と家事育児はいつだって我慢と忍耐の連続で、隙あらば相手に家事なり支払などの責任を押しつけられないか、とか、こどもはさっさと勉強して独立してもらいたいとか、自分がどうのと言うより、家族成員にどうしてもらいたいのか、ということに視点が行きがちだが、これは本人の問題と言うより、結局政府が金をケチりすぎて家計にカネが落ちないような経済政策が長く続いてきたからだ。 どうしてそういう経済政策になるのかというのは、この動画を見よう。 内容を一言で言うと、財務官僚の出世欲で日本は動いている。緊縮財政をとって、国債発行を減らせば出世出来るようになっている。政治家も、反緊縮で、家計にカネを配れというと、財務官僚から都合の悪いネタをマスコミにリーク(たとえば消費税増税を延期した安倍政権の森友問題)されることを恐れてできない。 結局、財務官僚、政治家、アメリカだけでグルグル回っていて、肝心の国民