波頭亮氏とじゅんちゃんの対談 哲学入門チャンネル


わたしが尊敬している波頭氏。ホントにえらい。この人は頭がいいだけでなく、社会をよくしていこうときちんと考えている。そしてその結果、絶望してる(涙)。

まあ、普段このブログは、一桁とか、多くても30人ものたくさんの読者の皆さまにご高覧いただいていて感謝なのだが、先日「ヘライザー」をタイトルにもってきただけでどっかでバズって420人もの閲覧数。これはエンタテイメントの力について後ほど考察したので一つのヒントになる。

今日は、近所のチェーン系外食店(価格高め)に行ってきた。驚くべきことに、そこで働いているのは、全員がわたしが卒業した中学校のOGやOBであった。彼らは全員大学生である。

つまり、学生アルバイトだけで、その店は完璧にまわっていた。

で、飲食バイト、学生と聞くとたぶん、さぞかしblackなんだろうと思ったらこれがまったく違う。むしろ、サークルのようなノリである。男女とも仲良く(当たり前だ、年齢も近く全員地元でオナチューなんだから)。

正直、見ていて、まあ制服を着こなして颯爽と接客する様子は、学生時代によく観に行った学生演劇っぽさすら覚えた。今風に言うとコスプレだ。

こういう体験を踏まえて、波頭先生の動画を見て思うことは、たしかに企業は競争をすりゃいい。政府は企業に補助金やら税優遇で、競争の公正をゆがめてはならない。しかし、同時に、こんな学生の大切な居場所であり稼ぎの場になっている企業が、単に競争上の理由であっさり店じまいしたら私はそれは、彼らへのたとえばBIなんかで報いるだけでは済まない気もしている。社会関係資本がそこでは共有されている、生み出されてる。そういう居場所としての仕事場をどうとらえたらいいのか、これは考えるのはとても楽しい。

で、もう一つ、波頭先生が動画で言っていた。私も読んだ、ジョナサン・ハイトのなぜ人は右と左に別れるのか、という本について。結論から言うと、DNAで生まれつきそういうイデオロギー判断をするように組み込まれているという。これは科学的な話しである。

波頭先生は、嘆く。公文書改ざんしたり黒塗り文書出したりはては、議事録を全部なかったことにしたり、記者と毎日夕食したりと言った民主主義の根幹を揺るがすようなトンデモ政権に対して国民とメディアの支持は盤石である。いったいどういうわけか。

私や、この動画チャンネルの主宰者である在野の哲学者じゅんちゃんも、日々の配信でずっと言っていることなのに、国民の多くはそういうことには一切関心がない。で、「パリピ」よろしく、毎日ウェイウェイ、まあ楽しけりゃそれでいいと。格差が気になるんだったらフォローはずしゃみえなくなるし。家にいれば三度の食事に洗濯、風呂、全部親がやってくれていつまでも居ていい感すら出してくる。政治に足なんか向かうわけがない。

親だって、たしかに子どもがいつまでも家にいるのはそれはそれで世間体とか何とか、あるかと思いきや、今や世間が消失している。世間が消え、消費とくらしだけしかない。都合が悪い情報は新聞もテレビも観なければそれで済む。好きなチャンネルだけ登録してみてりゃ言い。私はたしかに親であるが、子どもは日々、大きくなっている。ところが子どもとの暮らしはそれはそれである種の満足や幸福感が享受出来てなかなかに結構なものだ。あとは政府が金さえ頭数分、BIで撒いてくれたらずっとこのままで居られていい。

とにかく、政治がダメでも、その国民ひとりひとりがたとえば孤独ではない、とか、健康である、とか、そこそこ豊かに暮らせてる、となれば、運動というのは起こらないようになっている。個々の幸せが小さく各人で、日々達成されて、そこに自閉的に満足しているんだから波頭先生がいくら民主主義の危機なのに大丈夫かと言ったところで、あまりに無力だとおっしゃるのもやむを得ない。

ただまあー、今、政治に無関心な大勢の日本人だって、ゆっくり真綿で首を絞められるかのように。宮台先生も言ういわゆる「茹でがエル」状態になっているとしか思えない。そうなる前に私はベーシックインカムはやくカモンカモンてことー。

ベーシックインカムはまあ、このコロナのせいで一気に具体化してきたわけだが、わたしが本日目撃した外食店における「コミュニティ」機能はこれは無視出来ない。若者は、コミュニティーのなかで孤独ではまったくなくそれ故そこそこ幸せで、政治には関心が向かない。それは波頭先生もさじを投げる、まったく普通の道理である。

正直言って、子どもや若者に、政治や社会全体の幸福について考えさせるのは、一工夫いると私はつねづね言っている。それは、若者が熱狂して、一体になれる巨大な音楽イベントとか、国がやらせるサークル活動のような規模(あれ?オリンピっ……ヒイー)のコミケみたいなやつとか。あとは地域地域で、アルバイトコミュニティーを擬似的に何かやるとか。

つまり、何か役割があって、そしてある時間に、ある場所に、気をおけない人たちが集まって、ちょっと何かやると。そう言うのとか。それで、きちんと波頭さん、ひいてはたとえばハンナ・アーレントとか、エーリッヒ・フロムだとか、ハラリが言っているようなことを言わせるみたいなの。それはやり方としてはピースボートの九条ダンスみたいなのじゃなくね。

イベント自体は完璧にパフュームのコンサートとか、劇団四季のオペラ座の怪人のような、苛烈な競争原理によって高く高く磨き上げられた良質のコンテンツである必要がある。ULUTRAだったか、EDMの巨大レイブパーティーみたいなのでも言い。で、申込みサイトや、チケットなどの端っこに、そういう哲学者や歴史家に関心が向くような何かをちょっと書いておくとか? むずう。

必読書です。



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