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11月, 2020の投稿を表示しています

なぜ世界はよい未来に向かって行動出来ないのか

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なぜか。まず政治家の都合。 「増税せずに収入を増やしたいという願望」→成長神話にしがみつくほかに、自分たちの次の当選はおぼつかないという現実。 次に、私たち社会の都合。ひとりひとりが、前世紀に エドワード・バーネイズ により発明された広告による消費プロパガンダにより、「物を買えばあたらしい自分になれる」信仰に骨の髄まで、しかも多世代にわたりどっぷりと浸かったままである。 どうすればいいのか。『ドーナツ経済学が世界を救う 人類と地球のためのパラダイムシフト』(ケイト・ラワース)の示す解決の方向性を見てみよう。 では、どうすれば成長依存を克服し、低成長またはゼロ成長の経済を財政的に無理のないものに出来るのか?  第一には、税の目的を描き直し、北欧諸国で成功しているような高負担高福祉タイプの税制への社会的コンセンサスを醸成すること。その際は、言語フレームの専門家ジョージ・レイコフのアドバイスを忘れず、言葉の選択に気を配りたい。「減税」には反論せず、もっぱら「公正な税」を訴えるのが賢明だ。同じように、公共の「支出」という言葉は、反対派によってしばしば無駄遣いを思い起こさせる言葉として使われている。それも公共の「投資」と言えば、質の高い学校教育や、便利な公共交通など、みんなの幸せを指させる公共財に意識を向けられる。  第二には、非道な税対策を禁止して、税の抜け穴や、租税回避地の利用や、利益移転や、多くの世界的な大富豪や大企業――アマゾンからザラまで大富豪――が微々たる税しか納めないですむ優遇措置を許さないこと。世界の租税回避地には富裕な個人によって少なくとも18兆5000億ドルが隠されている。これは一年間で1560億ドルの税収が失われていることを意味する。それだけの税収があれば、極度の貧困を2回以上、世界から一掃出来る。同時に、多国籍企業は毎年、およそ6600億ドルの収益を、ほとんど税金のかからないオランダ、アイルランド、バミューダ、ルクセンブルクに移している。このような問題の是正に取り組む世界的な団体もある。そのひとつ、公正な税のための世界同盟(グローバル・アライアンス・フォー・タックス・ジャスティスhttps://www.globaltaxjustice.org/)は、企業の透明性や説明責任の向上、国際課税の公正化、国内における累進税制の強化を求める運動を世界各地で展開し

『ドーナツ経済学が世界を救う』ケイト・ラワース 2018

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 この本すばらしい。2018年にでていたのに知らなかった。タイトルがイマイチだ。ドーナツ経済学?興味ないわとなってしまう。しかし内容はすばらしい。 経済学はスッカリ陳腐化して、人々の幸福にも地球環境の持続可能性にも寄与することが出来なくなってしまっている(と私は思っている)。 そうした経済学が、今後どうすれば学問として再び人類の文明の進展に寄与出来るのか。その足がかりを与えてくれる本といえそうだ。 時間が無いので、詳しくはアマゾンの他のすばらしいレビューの数々を読んで、是非とも買って読んで欲しい。 私はKindle版を買って、fireでアレクサに朗読してもらいながら家事をしている。家事は身体を動かすので運動になる。運動しながら、世界的な経済学の最新の知見に触れることが出来て幸せだ。 はじまりからはじまりへ、これは地球環境を人類が最初はそれほど影響を及ぼすことなくスタートしたが、今やスッカリ地球環境から資源を略取して、環境を破壊する歴史への戒めの言葉だが、家事の、皿洗いとか掃除もまた、それを使う前から、使ったあと、元の通りにキレイに戻す、始まりから始まりの運動だった。 いやだから、これに金払ってほしいってこと。地球環境を汚し資源を略取する資本の仕事にはお金が流れ込んで、こういう、環境保護的な地道な市民の活動は一顧だにされない経済ダメだろう。ベーシックインカムしかないだろ。 あと、このほんの六章あたりを読んでいて思ったんだけれども、今、太陽から降り注ぐエネルギー、これに注目するってのがいいかなってこと。というのも、地球というのは閉じた環境で、質量保存であるから、どうしても資源はゼロサムになる。トレードオフ。つまりどういうことかというと、石油とか、コーヒー豆でも、原子力エネルギーでも、そこから便益を取り出して享受すると、一方で、そのコストはどっかにかならず押しつけられていて、その押しつけ先はおもに地球環境になりがちってこと。 人に押しつけてきた時代もあったし、今でも途上国(あるいは先進国のなかでさえ)、経済活動のコストを押しつけられてひどい目に遭っている人はいる。しかし、さすがに人は黙っちゃいない。だから最近では環境(環境は黙ってる)に押しつける。 それじゃダメってことが1つの前提だとすると、じゃあ、どうしたらいいのか、その解の最大は無限に外部からやってくる太陽エネルギー

目撃!! ナッジの失敗「サンドラッグ東小金井梶野町店編」

 ナッジというのは、行動経済学からの理論で、人の意思決定に自然に働きかけて、その人の行動を合理的で正しい方向へ導くこと。 環境省でもPDF を上げていることからも明らかだが、国の政策実行やお店、いろんな施設など、生活のあらゆる場面に今取り入れられている。 今日、近所のサンドラッグで、このナッジがうまく昨日せず失敗している現場を見つけた。 近所にあるサンドラッグでは先日、複数のレジの方向を指し示す「ここにお並び下さい」というシールが、個別レジから少し離れたところの床に貼られた。ほとんどの客はその床のシールの通りに並んで待っている。この列はレジ待ち統合行列である。 これまでは、個別レジの直前の床に、「こちらにお並び下さい」というシールが貼ってあるだけで、客は空いているレジを選んで、そのシールのところに並ぶやり方だった。 今回あたらしく、個別レジから少し離れたところに、レジ待ち統合行列の「基点」のシールが貼られたので、客は空いているレジを待たなくてもよくなった。 自分が早いなと思って並んでも、横のレジの方が早く終わったり、また前の客がもたついて自分の列の進みが遅くなり、最初は混んでいたレジに抜かされるととてつもなくイライラしてしまう。 だから、行列を一本化したのはすばらしい。これはいいや早くやればよかったのにと思って並んでいたところ、オッサンが、これまで通りのレジ前の床に貼ってあるシールを見て、統合行列を完全無視してあるレジの前に並んだ。 それを見た店員が、あちら(統合行列、すでに人がわりと並んでいた)にお並びいただけますか?といってももうダメだ。オッサンは個別レジ前の床に貼ってある「こちらに並べと書いてあるじゃないか」と言うだけだ。 このあと、店員は、「いや、ここじゃなくて、あちらに並んで下さい」。 オッサン「いや、ここにシールが貼ってあるよ、ここに並べと書いてある」 店員「あちらにお願いします。ここじゃありません」 ナッジ失敗だ。なぜ失敗したのかというと、言うまでもないが、サンドラッグが、従来から使っていた個別レジに並べというシールを剥がさなかったからだ。オッサンの言うことは間違っていない。個別レジ前には行列は出来ていない(つまり空いていると見える)。そして、個別レジの床には「ここに並んで下さい」と書いてある。 サンドラッグはナッジに失敗した。どうしたらよかったのか?

国税庁e-taxデスクトップ版インストール時「構成しています」で止まってしまう件…

 あたらしいパソコンを数年ぶりに買ったのでさっそくe-taxデスクトップ版をインストールしてみた。しかしうまくいかない。 インストール終盤、最後の何とかカントかを構成しています、の画面のまま、インジゲーターが進んでいかず、止まってしまう。 国税庁e-taxヘルプデスクに問合せ含め3時間くらいあれこれ試した結果、個人ブログ「なんか適当に色々するアレ」の e-taxソフトがインストール途中で止まる で解決した。 ちなみに、この「色々するアレ」さんのページに至る前に、e-taxのサポートデスクに電話したがこれが悲しい結果になった。つまりあれこれ一通りのこと(すべて無意味で解決に至らない、振る舞いの数々)をさせられた挙げ句に、言われたのは、ネットワーク管理者に連絡してくれ、あるいは、パソコンのセキュリティーソフトの担当者に聞いてくれ(要はマイクロソフト?)である。 もちろん、e-tax歴10年以上の私は当然のことながら何度もマイクロソフトにも聞いたことがある。e-taxがうまくうごかないばあい、マイクロソフトに聞いてくれとたらい回しになることがよくあるのだ。ちなみにマイクロソフトに聞いてももちろん、国税庁に聞いてくれとなるので問題は解決しない。これが日本の「たらい回し」である。TARAI-MAWASHI。 たらい回しにハマった国民は、時間と、電話代などの費用ばかりかかり、心身をすり減らしながら、問題は一向に解決しない(ネトウヨ論客化してみっともなく死んでいくほか無くなった某有名美容外科医のように虚しさが募る場面だ)。 もちろんこれつまりe-taxアプリインストールは遊びじゃなくて、憲法に書いてある国民の義務である納税をしようとしてるだけ。国民が義務を果たすため、国が用意してくれた税金で作ったアプリを使おうとがんばってるだけなのに。使えないし、使えるように最後まで作った国は面倒も見てくれない。 で、 今回の解決に至った理由、解決策はおもに次の3つの手続きによる。 読む前に、この解決策は、あくまで憲法の義務を果たそうとした一般国民が、普通にやれて当たり前なので、わざわざ国のヘルプデスクのマニュアルからも割愛されちょる部分である。だからこのブログをこうしてわざわざ書いても、私のITリテラシーの低さがバレるみたいで本当に恥ずかしいし、みっともないことなのだが、まあ皆さんせっかくの機

この自己啓発動画のどこが問題か?

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 典型的な情弱向け自己啓発動画を見つけたのでいじりたい。 この動画で言われている、エッセンシャル思考(背水の陣)について説明しよう。 「成功のためには、朝から晩までそれだけをやる。それ以外のことは一切やらない」 あとほかに、失敗のとらえ方についても触れている。「失敗は消去法」(すぐ次に行く)。 これはいずれも、これだけ見ればまあその通りかもしれないといえる。しかし、いざ生活のなかに明日から取り入れて、成功を目指すことがほとんどの人に出来ないのはどうしてか。私の場合はこうだ。 朝起きて、成功のためにやろうとしたことを絞って、次々とこなし、失敗したら即座に次の選択肢を試す? そんなコトしたら家族がキレて終わりだろう。成功とか寝ぼけたこと言ってないで、早く皿洗え、支払伝票処理しろ、掃除しろ、猫のエサかってこいと。後段はひどいにせよ、成功=寝ぼけというのはまさに真実だ。 そもそもデフォルトで目的に設定されている「成功」が意味不明。私にとっては「成功」というのは、すでにもう済んだ話だ。具体的には、浪人して大学受験をしてかろうじてまあ受かってそれであらかた燃え尽きた。30年ちかく前の話だ。今、灰。真っ白ふわふわ。江戸時代だったら普通に死んでるこの40代の「余生」を、子どもの成長などめでつつ毎日の家事育児雑事に忙殺されてかろうじて生きているっテコトー。 成功とかはもういい、これでだいたい満足している。だからこのチャンネル登録者数というのが、十万行かないで、数万規模でじりじりしているのではなかろうか? 何かキツいことをやれば巧く行くとか、言っているけど、そんな無理しなくても今のままであらかた楽しいし問題ない人は多いのでは?(古市憲寿) 成功について、わたしが勝手に淡泊になりすぎ? 違う違う。デフレってのは要は社会全体が私みたいになっちゃってる状況だったろう。金利がこれだけ低いのに借りる人誰もいない。商売の見通したたないから。政府中央銀行がせっせと金を入れる株式市場だけが不気味に高騰するだけ。怖! もはや成長も成功ももう無理ってこと。だいたいいまの経済状況のなかで、人も減るし、利益率のおいしいビジネスは世襲や既得権益の大企業が寡占しているし(そういう連中すら今回の感染症のせいで死にそうだ)、成功って、普通に考えて無理だろう。何かやって成功する環境じゃないことくらい分からないならそれは

自民党ではなぜ日本が没落するのか、そして次代のあるべき社会モデルについて

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この在野の研究者、哲学実践家のじゅんちゃんの神回動画をぜひご覧下さい。 この動画で言っていることで補足したいのは、今、労働賃金に課税されるのに、不労所得(金融資産や土地株式の譲渡所得)への課税は、労働賃金への課税にくらべると累進でもなく、20パーセント程度の定率であるという部分。 この課税のやり方は、働いている人からはたくさん税金を取って、不労所得の人は優遇されるので、倫理的に大きな問題をはらんでいます。 しかもさらに問題なのは、なぜ不労所得の人たちへの課税は、勤労所得の人たちへの課税よりも優遇されているのか。その理由が、「リスクプレミア」とか、あとは政治を金で買って自分たちの都合のいいように動く代議士を操作して、税法をいくらでも自由に出来るからだというところ。 まさに民主主義じゃないでしょこれ。 世にいろいろ不幸があって、貧困が最たるものなのだが、民主主義社会ならばあり得ない貧困が今ひろがってる。その原因は間違いなく、逆進性を極めた今の租税のしくみに内在しているとわたしは思っている。 金をリスク資産に投下した人には、リスクプレミアといて、まあ要は、そういうリスクを引き受けたことへの報酬として、配当をもらったり、税が安く済むとか「説明」されるんだけど、そんなのは完全に詭弁だろう。詭弁というのは、道理に合わない、ごまかしの、つまり「屁理屈」のことなんだけれども。 なぜかというと、リスクを引き受けることが出来る(余裕がある)ほど金が有り余っているのなら、そもそも金持ちじゃないかと。労働収入しかなくて、ストックがほとんど無い一般市民はそういう投資をやりたくたって出来るはずがない。今預貯金がない人は特に若年層で増えている。つまり、金持ちで余裕がある連中には税負担は少なくしておいて、明日明後日のために働かざるを得ず、投資なんてことする余裕のない勤労者からは高額な税金を取る。 こんな国家はでたらめだし犯罪的だろう。その結果スッカリ格差が拡大して(トマ・ピケティ)、ずーっとデフレで自殺者、貧困者は増える一方なのに、株や金、不動産は中央銀行までもがその高騰の片棒を担ぐ始末なのでジャブジャブにバブってる。 決定的におかしいんだが、これ理解してもらえないと本当に困る。ちなみに私は自民党の党員(この動画では狂気の沙汰のような行動なのだが)として、こうした真実を少しでも政策に反映出来ないか

Youtubeの広告の観察から分かった「売る物がなくなった」資本主義の砂漠化

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 単に面白いから最近YouTubeめっちゃ見るわけだが、広告がとにかくウザい。月千円の課金の誘惑にもはや負けそうである(金を払えばうざい広告が出なくなる)。 何かウザいかっていったら、広告のほとんどがどういうわけか情弱向けの情報商材か、またはコンプレックス商材、手かざしなどのスピ系、またはネトウヨ向けの歴史歪曲ネタばっかりだ。 これだけ広告が回ってるってことはそれなりに引っかかる人も多いに違いない。ヤバいなそうなると。怖いな。 生きていく上で本当に必要なものってのはあらかた廉価にすぐ手に入るようにはなったが、必ずしもそれでみんなの承認欲求が満たされるかというとそうではない。承認されたい、認められたい、マウンティングしてやりたい、そういう欲求につけ込まれて、ついつい無価値な情報商材やらオンラインサロンなどに手を出し、金を無駄遣いしないようにしないと。 資本主義では、生活必需品はすぐに出回り価格も安くなるが、承認欲求を満たそうとすればきりが無い。こういう領域に金を使うのはバカげているが、広告があふれているところをみるともはや売る物がなくなった資本主義の砂漠的光景が広がっているようにしか見えない。 今はコロナで、もうちょっとましなカタルシスイベントが開かれにくい状況だ(ライブとかスポーツ観戦とか)。で、ネトゲーとか妙な情報商材とかオンラインサロンにハマってしまいがちかもしれない。 止めたほうがいい。 筋トレとか散歩、部屋の掃除、模様替え、図書館での読書。こういうほうがまだいいと思う。十分それで承認欲求を散らせると思う。私の家族は短歌や、読書、絵を描いたりピアノ弾いたり、将棋などで気を紛らわしている。正しい退屈の仕方、退屈力を備えた誇れるべき家族である。 動画は、私の家の近くにある武蔵野プレイス。投稿したのは武蔵野市動画チャンネル(登録者数275人、2020.11.14現在)。これ本当にすばらしいんだけどなー。

ベーシックインカムはここからはじまる

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ベーシックインカムは国が、憲法25条の要請(国民がまともに暮らせるようにする)にしたがい国民全員に無条件で定額を定時に給付する制度のことである。そして、現在資本主義が人間の数が減ってデフレが恒常化し、制度存続に赤信号がともっているなかで私みたいに子どもをたくさんそだてるためにはつまり資本主義の今後の存続のために努力している人間に報いるのに、ベーシックインカムしかないと言うことはずっとわたしが言ってきている。 何しろ今の日本では5000万世帯のうち約半数だったか3分の1は単独世帯である。デカい声で物を言うにはこどもの世話なんてやってたらそれはできない話しなのでいわゆる世論というのは子どもの数が少ない世帯前提で進んでいるように思う。だから、ベーシックインカム月7万じゃやっていけないって騒がれている。実際のところ足りないのはボッチ(ラウドスピーカー)たちの心の寂しさを埋め合わせるなにかであって金じゃない。ボッチが7万もらったって足りるはずがない。金額の多寡ではなく、ボッチに足りないのは孤独を癒やすコミュニティーからのフィードバックだがそこは混同されて語られている。孤独を癒やすコミュニティーは「資本主義の都合により」世界からものすごい勢いで消え去っている。詳細は宮台真司などの社会学者らの研究を参照してほしい。 で、うちのように子どもがたとえば4人いるとしよう。ベーシックインカム、「足りない」7万とはいえ、両親会わせて6人分、つまり6倍、42万円が入ってくる。42万あったらそもそも足りる。足りすぎる。このブログの活動じゃなくて、いよいよ拡散りょくの強い動画に着手する時間も出来るうれしいー!! というわけでベーシックインカムを待望しているのは私のような貧乏子だくさん世帯において最も切実で真剣だ。ところが声は非常に小さい。 さて金を1億人以上の人間に配るというのは書くのは簡単だが実行するのはこれはたいへんな手続きが必要になるだろう。また、手続き以前の話として、そもそも政治的には導入は現在困難である。ところが、ベーシックインカムとまでは行かなくても、少なくともこの憲法25条の国民の権利からの要求に応えることはまもなく出来る気配が私には感じられる。 それはマイナンバーカードの驚くべき普及の加速だ。管政権は2021年度からデジタル庁を設置する。この新省庁の爆誕こそがベーシックインカムの

岐阜の現役高校2年生、3月にはじめて11月で15万人に

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最近、高校生がめちゃくちゃ面白い動画を出してきている。そして、あっという間に何万人ものチャンネル登録者を獲得し、ユーチューバーになっている。 わたしが17歳だったころはどうだったか。わたしが17歳だったのは1980年代の終わりころで、映像メディアは地上波テレビのみ。VHSビデオテープで好みの番組を録画してみるのが主なメディア視聴シュタイルだった。 2000年頃に私は水越伸先生のメディア論の講義をなにかで見て、メディアリテラシーという言葉を知った。メディアリテラシーは、次の4つの技能のこと。 メディアを見ることが出来る(インフラレベル) メディアを理解出来る(たとえば英語圏の人は英語のメディアが理解出来る) 自分も発信出来る(メディア側に立てる) わすれた、たぶん、メディアを俯瞰的に見て真偽を正しく判断出来る知性とかそんなんだったかな?! メディアリテラシーというのが重要なのは知っていて、その中に、「発信力」が含まれることに驚いた。というのも、当時はメディアは第三の権力と言われていて、メディアであること=力(パワー)だったからだ。パワーがあれば、金も、人も、支配下におけ、自分の自由は高まる。そのパワーを獲得するためには、やはりメディアリテラシーを高めることが不可欠だが、発信する力も当然のごとく含まれている。逆にいえば、テレビや新聞など大手メディアではなくて、ミニコミであったとしても、発信出来るわけで、発信出来るってことは権力を手に出来るという意味になる。ここに私はロマンを感じ、ミニコミ誌を作ったりした、実際。あーなつかし。 そして、子どもが生まれて家事育児決算申告などのアンペイドワークに忙殺されること20年。ようやく周りを見渡してみるとどうなっていたか。 表題のような驚くべき事態が眼前に展開していた。17歳とかの素人が、今日収録して公開した動画がわずか数時間で数万人もの人に見られ、月に数十万円の収益を手にするのはめずらしいことではなくなった。同人誌を作って、「力」(フォース)を手に入れようと夢見た若者はもう浦島太郎である(ホントは領太郎だが)。何しろ、20年前なら同人誌を作って、新宿のもさくしゃとか、中野のタコシェとかに持っていったりあるいは、地方小出版という取次に委託販売してもらってちょこちょこ(以下省略)。とにかく、何か表現してそれを実際に受け取ってもらうために膨

「雇用問題研究会」(2) 「日本型雇用」を考える 小熊英二・慶應義塾大学教授 2020.3.23

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先日、電通が社員の一部を「個人事業主」として、彼らには別会社からきちんと業務委託契約を結び、報酬を支払う旨発表した。 社員の人事評価制度とか、転籍とか全部吹っ飛ばして、いきなり個人事業主にして放り出す。さすがは鬼の電通。 私も1995年に入社試験を受けてもちろん落ちたんだが、結局半分はコネ入社が定説で、本当に虚しい気持ちになった。やる気なくなる。コネ入社じゃなくても、とんでもなくすごい人しか社員になってない(OB訪問で知った)。 何が問題かっていったらこういう、人のやる気やマジメにやろうという意気込みをくじく社会の慣習。こういうのばっかりでもうベーシックインカムしかないだろうと。 ベーシックインカムに反対する連中というのは結局、ラッキーにもポジションをゲットした人だけだろう。それこそコネ入社出来た人とか。

とこうそうはけっきょくこくさくなの?!こわすぎる。 

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かなしくなるわ。都構想。経済成長のために、ごみの埋め立て場所の上に建物立ててそこで(アメリカ資本の)カジノ爆誕させるとか。来ない外国人相手に何やるの? オリンピックも中止なのに。 中央政界の勢力争い や覇権争いで、かわいそうな大阪市民の未来が明日どうなるんだろう。経済成長なんて嫌になる。桜田先生のようなひとが、こうやってユーチューバー(二年三年前は完全に無名)のチャンネルに「出演」して広くみんなのところに届く(届いているといえる?!)のは不幸中の幸いだ。 私の解決策は、一個しかない。先ず人々の承認欲求を満たせる場所を政府がたくさん作ったほうがいいだろう。たとえば文化祭とか、運動会(私は無理だが)のようなものを自治体がこまめに開催して金を配る。 ライブパフォーマンスを自治体が金を出して招聘して市民にタダで見せる。カラオケ大会や、マッチングイベント、あるいは散歩のようなものを世代別に市が開催して交流する機会を設ける。参加者にはカネを配る。 コミュニティーセンターや公民館活動、図書館活動にもっと死ぬ気で取り組んでもらいたい。 あと、いわゆる若手の、そこそこ年収が高いサラリーマンからはもっとばく大な額の税金を取るべきだろう。もちろんそういうサラリーマンを思いっきり選別して雇って使っている大企業の法人税も爆上げしてほしい。 私は大企業は、営利企業だからいけてる人だけ採用することは知っている。いけてる人というのは一言でいえば、優生思想+男尊女卑に染めやすい、文武両道のつまりは体育会系の男のことだ。結局そういうのばっかりでやってきたものの、国は成長なんてしなかった。たくさんの人が安心して家族を増やすことができない国は滅ぶ以外にない。 ベーシックインカムしかないってこと。