格差の放置は社会的コストの増大と低成長の原因になる

 リチャード・ウィルキンソンのこのTEDを見よう。

格差が人々と社会をむしばんでいき、結局犯罪、貧困、教育の失敗、治安悪化、そしてひいてはその国の相対的な力を減らして、通貨危機すら視野に入ってきかねないほどのヤバイ問題だと全力で指摘。

この中で言及されるある実験は私の印象に残った。学生に実験をする。どのような種類の「作業」がストレスホルモンコルチゾールの増加を最も促すのか、つまり最もストレスを感じるのかというもの。

いちばんストレスに感じた作業は、社会的地位や評価を下げるたぐいの作業だったと。それがどういうふうに行われたのかは分からないけれども、私にはぴんときた。

こういうストレスを「懲罰」として使っている事例がある。交通ルールの違反者に、横断歩道に旗を持ってったたせて、歩道を渡る歩行者の安全を見張る仕事をさせるあれ。

あとまあ、古い資本主義の成長神話に依拠した昭和の出世コースを歩んできたような人(もちろんいまでもいるのだろうが)あるいは、そういう人を父親に持つ若い男性にとっては、平日の昼間、他のお母さんたちもいるなかで公園で子供が遊ぶのを見守ったり子供と遊ぶこと自体、だいぶストレスだろうと思う。

家事育児を若い女性の職業キャリアや、経済的自己実現と引き替えに無理矢理無報酬で押しつけて虐待するのがいまのネオリベのまさに核心的部分だと私は思っている。なぜなら、競争社会では同業の会社が複数存在して利益を競っているとする。ネオリベではなるべく政府は介入しない。競争が苛烈になると、人間の仕事以外の暮らしはなるべく、競争の邪魔にならないように、「片付けられる」。イリイチはこれをシャドウワークといったが、子育て、家事、介護などの家のケアワークはまさにネオリベ男によって女性に押しつけられた仕事にほかならない。

こうした社会の構造は、大学を出るまで男性と同じ教育を受けてきた女性にとっては、いくらそれがシャドウになっていようが、まさに目の前の日々立ち現れる理不尽な現実にほかならない。

話がずれてしまったが、要するにいいたいのは、社会的な低評価の作業はストレスが最大になるという研究について、私は、それが不平等の結果底辺におかれた人におもに担わされ続けていて、それは結局、社会の上位層にも、最終的にはさまざまな負の影響として降りかかるよってこと。



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