イギリスのジョー・コックス上院議員と孤独担当大臣

 1986年に、英首相サッチャーが、政府に頼るな、社会は存在しない、自助努力でなんとかしろ、義務を果たさない国民に権利はない、みたいな演説をぶって、新自由主義の幕が開いた。

それから30年。世界は富の過半がわずかな富裕層に占有されるいびつな資本主義がバブルを繰り返す足下で、国民に貧富の格差が拡大し、怨嗟と退廃とニヒリズムが支配するディストピアとなった。

どうする? やばくね?

貧困も、孤独も、自らその状況に陥った者が堂々と状況改善を請求するのはむずかしい。いずれも本人の自助努力不足=恥、負け、弱者のスティグマになるからである。

1986年にサッチャー入魂で誕生し、世界の為政者の心をつかんで離さない新自由主義のイデオロギーによって、恥じ入る貧困者はそれゆえ孤独状態に陥り、孤独なコンパートメントに席を指定された列車の片道切符を持たされ家に引きこもる。その列車の行き先はもちろん、孤独な死。そう社会は設計されたし、いまもそのレールの上を、列車が連なっている。

都民ファーストなどといって、新自由主義的な誤った政策を喧伝し、現在の知事は当選した。一方で、同じ頃、ジョー・コックス上院議員を暗殺した極右の男性は、イギリスファーストと言って凶行に及んだ。

巨大なイデオロギー、国家、集団を『ファースト』ととらえることでたしかに一時、人は気持ちよくなれるし、何かを忘れさせてくれる。もちろん、彼ら彼女らが忘れられるのは、自らの置かれた、看過しようもないほどの強烈な孤独である。

その孤独の闇が深く、底知れないからこそ、そこから彼ら彼女らを浮遊させるのに必要なものには強いエネルギーが必要になる。

なんとかファーストとか、自己責任とか、歴史修正主義とか、全部そういう負のエネルギー、孤独者がすがる負のエネルギーの源になる。政治家はこれを利用して自分たちの地位の保全のために欺瞞の茶番劇を憚ることなく公の場で開陳する。

私たちは、皮肉にも、サッチャーの英国で、ジョー・コックス上院議員が孤独に立ち向かい、何とかしようと立ち上がったまさにさなかに殺されたことをきっかけに、孤独担当大臣が誕生したことの重さを共有すべきである。

日本はどうなっているのか。



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