「#生活保護を申請します」完全生活保護申請マニュアル【2020最新】



日本国憲法の定めではこうある。

第二十五条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度生活営む権利を有する。は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生向上及び増進に努めなければならない。

次に、生活保護法にはこうある。

第二十四条 保護の実施機関は、保護の開始の申請があつたときは、保護の要否、種類、程度及び方法を決定し、申請者に対して書面をもつて、これを通知しなければならない。 

生活保護を申請すると、親戚などに、申請者の面倒を見れるかどうかの問合せはたしかに行くかもしれないし、生活とは関係ない道楽車などの有価動産の処分は必要かもしれない。しかし、だからといって、生活保護がそれをもって受けられないとか、身内に恥をさらすとか、そういうことは絶対にない。というか、そういうことをする市区町村の福祉窓口は、完全に違法であり、厚生労働省からは、そういうことが無いように、念を押されている。 

具体的には、令和2年9月11日付けで、厚生労働省(社会・援護局保護課)が都道府県指定都市中核市の生活保護担当課に出した『事務連絡』に詳しい。

保護を求めてきた人を、窓口で追い返したり、結局申請に至らないように誘導するような行為は「慎むべき」と書かれている。

法律上認められた保護の申請権を侵害しな いことはもとより、侵害していると疑われるような行為も厳に慎むべきである。

 扶養義務者(親、兄弟、親戚縁者など)が、申請者の扶養が出来るのであれば、生活保護じゃなくて、そっちになんとか面倒を見てもらうようにすること自体は妨げられない。ただし、「窓口に来る前に、親戚縁者に相談したの?」などと申請者に質問して、あたかも、それが受給の要件のように見せかけ、申請の意思をくじく姑息極まりない違法行為が窓口で蔓延しているとみて、事務連絡ではこう釘を刺している。

扶養が保護の要件であるかのごとく説明を行うといった対応は不適切

とにかく、親戚や親兄弟に迷惑をかけたくない。恥ずかしい思いをしたくない。こういう申請者の「最後のプライド」につけ込んで、申請しないように悪魔的なナッジを行使するのは絶対に許されず、決定的な違法行為である。厚生労働省の事務連絡では、無理な扶養紹介をする必要はまったくないと強調している。 

当該扶養義務者が生活保持義務関係にある場合は、本人 に対する直接照会は不要(関係先調査は必要)であり、また、当該扶養義務者が生活 保持義務関係にない場合は、個別に慎重な検討を行い、扶養の可能性が期待できない ものとして取り扱って差しつかえないため、念のため申し添える。 ・被保護者、社会福祉施設入所者、要保護者の生活歴等から特別な事情があり明ら かに扶養ができない者並びに夫の暴力から逃れてきた母子等当該扶養義務者に対 し扶養を求めることにより明らかに要保護者の自立を阻害することになると認め られる者であって、明らかに扶養の履行が期待できない場合 ・長期入院患者、主たる生計維持者ではない非稼働者、未成年者、概ね 70 歳以上の 高齢者等 ・20 年間音信不通である等、明らかに交流が断絶している場合 

このほか、この事務連絡では「生活に困窮する方が、所持金がなく、日々の食費や求職のための交通費等も欠く場合 には、申請後も日々の食費等に事欠く状態が放置されることのないように」早く支給開始をしろ、だとか、 現に住んでいる家、土地については「保有を認める」、通勤用の車も保有を認めるとか、もちろん仕事をしていて収入があっても、足りない部分の支給は申請することが出来る。

厚生労働省のこのパンフレットの生活保護制度の説明によれば、生活保護制度は、働いても、必要な個別の支援制度を受けていても、それでも憲法から規定される「最低生活費」(世帯の人数による)に収入が満たない場合は、その不足分を支給するという制度である。

なにも、金がない、貧乏だ、だから恥を忍んで生活保護だと言うことでは絶対に、無い。むしろそれだと申請の体をなしていないため結局申請出来ずに死ぬしかなくなる。そうではなくて、まず今、自分はどういう状況か。妻や、老親はいるのか。子どもはいるのかいないのか。働いているけど収入はいくらなのか(収入があっても、働いていても、車も家も持っていていい)。そこが問題だ。とにかく、まずは、最低生活費というのにくらべ、自分の収入がどうなっているのかが、出発点であることに留意しよう。ざっくりいうと生活保護で支給されるのは、最低生活費と収入の差額になる。

最低生活費はお住まいの市区町村により決まっている(世帯状況により細かく決まっている)。まずはこれを確認してほしい。

収入も、家も、車も、あってよい。

生活保護に対する私たちの誤った思い込み、デメリットしかないスティグマはいますぐ捨て去り、すべての国民は現に貧困に向かってまっしぐらになっているわけであるから、どうかこの憲法二十五条、からの、生活保護法、からの、この令和2年9月11日の厚労省事務連絡をしっかり読んで、正しく申請をしてもらいたい。

なにしろ、ある貧者が福祉の窓口に「相談」に行ったところ、結局生活保護の支給という手続きに乗らず、飢え死にした事件では、担当者は、相談者が「申請する」と言わなかったという一点を持って自らを免責した。国というのは要はそういうところなのだ。すべての行政サービスは、申請と手続きを通じて初めて受給される。相談とか、つらいからと訴える、泣きつく、所持金を見せる、そういうのは申請とは言わないのである。

だから今日のブログのタイトルは「生活保護を申請します」とした。

 今、先進国、とりわけクッソバカげたネオリベ政策(新自由主義政策、成長神話というオワコン、賞味期限切れの、ほとんどの国民を貧困のどん底に陥れる瑕疵だらけのポンコツイデオロギーに染まった思考停止政策)に染まってしまった日本において、コロナで人々が相次いで自死する事態になっている。しかも女性が多いと。私子ども、全員女性なんですが? 大丈夫なんでしょうか?

具体的には、今女性の自殺率が高率で推移していて、社会の弱者から順に、ひどい自己責任や心の健康を損ねてみるに堪えない(為政者によるあからさまな)人災が相次いで報道されている。

自殺とか生活保護とは少しずれるが、日本を多う貧困の象徴事例。わたしが涙無くして読めなかった最悪の、その事例は12/6毎日新聞が報じた、大阪で三歳児を、面倒を見ていた姉が踏み殺した件である。父親は仕事で家事育児をしない。母親はもともと知的障害があり、家事育児はこの姉にすべて押しつけられていた。姉は三歳児含め3人の妹がいて、ほとんどすべて自分で面倒をみさせられていた。これはコロナとはあまり関係が無いのだが、現代日本の貧困状態を象徴する、まさに待ったなしの普遍的論点をわれわれに提示する事案であり、思わず私は社会福祉士入門テキストをポチってしまったほどだ。

裁判で、25歳のこの「被告人」は言った。自分には自由な時間がまったくなかった。深夜1時にやっと家事育児から解放され、ホット出来た。今、留置所、拘置所で暮らしていて、毎日がとても楽しい。一緒に収監されている人たちは事情を知って「自分を責めないで」と優しく話しかけてくれた。毎日三度御飯が出る。

この若い女性は、牢屋のなかの方が、家より楽しいと言っているのである。

もう完全にこの社会というのは憲法違反の状態を看過出来ないディストピアになっていると言わざるを得ない。3歳児の子どもがどんなに可愛いか。そしてその世話は、どんなにたいへんか。両方それを知っている私は涙無くして読めない。

私はサヨクでも共産党でも何でも無く、単なる「主夫」の1人として、しかも極(ガチ)フェミニストにもかかわらず自民党の党員でさえあり、まったく普通に暮らしていてそう思うのである。

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