最後は生活保護がある

生活に困ったら生活保護があるって管総理大臣が述べた。まったくその通りだ。前回の投稿でもまさに私が言ったことであり、私の主張がいかに政府与党と軌を一にしているかがよく分かる。

野党は「生活保護に陥らないために政府が支えないといけない」といいましたけれども、この返しもまずいし、総理の発言に対する世間の物言いもよろしくないと思う。なにがか?

最後は、ベーシックインカムがある

最後は、負の所得税(最低所得補償)がある

生活保護の部分を、ベーシックインカムとか、負の所得税(最低所得補償)とかに言い換えたらどう見えるか? なんかいいと思う。こういう方向を私は目指しています。

で、生活保護のイメージを、今回毀損したのは誰かというと、もちろん野党とか、メディア、金持ちインテリだ。生活保護は「恥」というイメージがあったけれども(今はない、いまは権利)、もう国民には残念ながら生活保護しか残っていない。

管総理は、国民は自助、共助、最後に公助があるといっていた。この言葉の意味はこうである。

自助:生活保護制度について詳しく調べる

共助:生活保護を受給すべき状態に陥っているひとに教える

公助:生活保護の受給申請を受け付けて速やかに給付をはじめる

去年から、厚生労働省などを通じて与党政府はこういうふうに宣伝してきた。ところがメディア、左派ポピュリズム政党などが国民は生活保護を使えるわけがないみたいなことを言って、じつは生活保護を使わないような空気を熱心に醸成してきた。

正直邪魔しないでほしいと思う。

とくに若者は悲惨だ。奨学金という借金を背負って社会に出たとして、どんな未来があるのか? 働けば、自分の身体(または家族関係)を壊すか、環境収奪に加担することになる。働かなければ、本来生活保護で暮らせるし、それがいまの地球温暖化対策のために最も有効なくらしかたなのに、メディアや左派ポピュリズム政党、それに準じる識者のせいで、気持ちにブレーキがかかってしまう。後掲するように、憲法に定められた権利として当然行使出来る生活保護受給請求を、メディアや左派ポピュリズム政党と富裕なインテリたちはそれを妨害し、貧困=生活保護のスティグマを拡散して、勇気ある私たち市民の仲間、生活保護受給者を「汚辱」してきた。まったく許しがたい。

とにかく私たち市民の共助について、具体的に考え行動するときである。共助の活動は、政府から要請されているのであって、それはもちろん、もう経済回して二酸化炭素を出すことが出来ないので、皆さん家でジッと生活保護で暮らして下さい、ということの共有と、すでに受給している人たちを見習うことだ。

まずそのためには自分の住んでいる自治体の福祉担当窓口に行って、最低生活費を教えてもらおう(世帯により異なる)。あなたの最低生活費が収入よりも高額であるならば、あなたは暮らせていないという状態になり、国は憲法に基づいてただちに差額を補償し、あなたが暮らせるようにする責務がある。ちなみに、いまあなたがまったく問題ないとしても、窓口にいって最低生活費を聞くことはもちろん出来る。

憲法25条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

貧乏と貧困は違う。貧乏はおもに物質的欠乏を意味する。しかし日本では生活保護制度があるので、生きる死ぬの物質欠乏状態に陥ることはむしろ困難である。貧乏でも楽しい我が家、ということがいわれるように、物質的欠乏は社会関係の豊穣が埋め合わせてくれる、些細な問題になっている。良かったそれは(まあグローバルサウスとかにくらべたらっていう意味だが)。

問題は貧困である。貧困は、社会関係の欠乏を意味する。たった一人で、貧乏暮らしはいちばん堪える。いまからみんなで仲間になって、この大目標、生活保護で地球に優しい、世界一のニート国家になるべく活動をはじめようではないか。

管総理はそのレールを敷いた。つまり、歴代総理大臣として初めて、具体的な年限を定めて二酸化炭素排出ゼロを宣言したし、生活保護の利用を推奨した初めての自民党総裁である。じつは竹中平蔵は、マルクスの熱心な研究者でもある。マルクスは資本論以後、いろいろな研究をして、脱成長とコミュニティーの重要さに気がついた。一見新自由主義的に見える竹中平蔵、管総理だけれども、それは圧力団体に忖度しての選挙対策に過ぎない。本当は地球と私たち一般国民のことを真剣に考えてくれるマルクス主義者に違いない。

とにかくいずれにしても、困ったら生活保護と堂々と言ってくれた。野党は、給付金を配れば「恥ずかしく汚辱にまみれた生活保護に人生を堕さなくて済む」とでもいいたいのだろうか。繰り返しになるがこれこそ新自由主義的だと断罪するほか無いし、生活保護に対して無礼極まりない。生活保護は制度であり国民の権利だ。それ以上でもそれ以下でもない。変なスティグマでイメージダウンを図るのはやめて欲しい。

残念だが、後数年もすれば、団塊の世代が退去して75歳以上になる。医療費が爆上がりし、借金で将来世代にどうのこうのなどと言ってられなくなるだろう(高齢者に支持される政府与党は、なりふり構わずじゃんじゃん国債で高齢者を支える)。そうなったら若い私たちの保護費も削られてしまいかねない。それに、給与からの社会保障関係の天引きは反道徳的な数字に達するに違いない。多くの若者は労働意欲を喪失(ベーシックインカムもらったら動労意欲を喪失するというバカがいるが科学的にそれは否定されている)し、生活保護しかなくなる。早く保護を受給し、既得権益化することが急がれる。生活保護汚辱キャンペーンはじつは世代間闘争でもある。

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