ウツ病患者には何も届かない


このすばらしい、哲学入門チャンネルじゅんちゃんの動画。まさに神回だ。しかしこれほどの神回、重要で巨視的視座のイデオロギー、すべての文明人は刮目すべきこのコンテンツも、そこら辺の若者、とりわけ、等のネオリベの荒波に遭難し、病んでしまった若者にはまったく届かない。

私の知り合いにはもちろん、20代前半の若者もいるにはいる。ある若者は、わたしが公助こそ重要で、自助、共助は、公助の豊かでやわらかく暖かなベッドなくして、絶対に育たないというのに対し、そんなしっかり公助を充実させて、仮に、生の限界のところまで追い詰められた若者が、公助により回復出来て、「まともな」生活を送れるようになったとして、彼が、わたしがイメージするようなまともな人生を送るようになるかは分からないという。彼に公助で教育や医療、生活サービスを提供しても、それで元気になった彼が、詐欺師になるかも知れない。情弱相手の情報商材屋になるかも知れない。歴史修正主義者になって、キモチイイ系歴史本を量産する薄汚い輩になるかも知れない。

わたしが唱える思想の「オチ」「欠点」を指摘してやったといわんばかりに得意げである。

私は驚きを禁じ得なかった。

なぜなら彼こそが、まさに公助を現に受けている病気療養者だったからだ。

自助ではどうしようもない。核家族化が進展して、地元に頼れる親族もいない。せっかく職業を得ても過酷な競争にくたびれ果てて心を病んだ彼が、私の共助だとか、アマルティア・センの潜在能力の話をしても、矮小な具体例を出して、それによってノーベル経済学賞を受賞したレベルの知性に「勝った」気でいるのである。

まあ、それで終わりなんだが。彼との会話における共助のテーマは。ちなみに彼は私と、気の置けない雑談をすることと、あとは心療内科医との月一回の診断だけが社会との接点となっている。

正直言って私は自分の力不足、これ半端ないと思ったし、偉大な過去の知性が書物にいくらいいこと書いてあったとしても、それは決して彼らに響かない。彼らは本来、「活動」(ハンナ・アーレント)をはじめなければならないはずだが、その武器はそうした書物であるはずだ。もしかしてこれが違うってんだろうか?

まあ彼、ウツ病だから、私に勝ったというより、単に悲観的で「どうせ」思考になってしまっているだけ説もあるにはある。

このブログの人気の投稿

宮台真司まとめ

悪の秘密ぼっち「ヘライザー」について

哲学入門チャンネルのじゅんちゃん、ゆとりfamのいよ