ニーアル ファーガソン著書2冊読書感想文

 ハーバード大学の歴史学者ニーアル・ファーガソン氏の著作を最近読んだので短めに感想を書きたい。



『マネーの進化史』

私の問題意識は、各国の中央銀行がかつて無い規模で通貨を発行して、金がだぶだぶになっているのにもかかわらず、その配分が適切さを欠き、道徳的に看過出来ない貧困や困窮が先進国の至る所で見つかり続けているのはなぜかと言うこと。

この本を読むと、マネーは、極めて少数の国家エリートとか、レントシーカー、株主団体、金融機関、巨大政府系ファンド(年金基金とか)などにその操縦を寡占され来たし、これからもそうであり続けるであろうことがよく分かる。

彼らは何も、世代的に困窮状態に置かれたサイレントマジョリティーだとか、とうの昔から経済的な罰ゲーム(負の外部性、外部不経済)を押しつけてきた気の毒な女性たち(家事育児などを担わされている人)のことを気の毒に思い、何とかしなければという志のもとで仕事しているわけではない。まったくちがう。

そういうわけで、マネーという、人の生き死ににのっぴきならないいわば社会的装置の運転が一部のエリートや世襲政治家、そしてそいつらに言いように操作される博識ではない巨大ファンド運用担当者などのおかげで、引き続き貧困や格差が解消される見通しは期待出来ないことがはっきりした。

何せ私とは比べものにならないほど膨大な文献に当たってきた歴史学者の言うことなんだから、多分そうだろうと思う。

お金を印刷して債務を次世代に押しつけながら、自分たちの当面の権益を守ろうとする政治的な主導勢力がいる。日本では高齢者だし、アメリカでは各種利益団体や誤ったイデオロギー、政治的知識に汚染された政治家、評論家、ロビイストらだ。

まあこれ以上言ってもしょうが無いので、読んでの感想としては、死にたくなってしまったのでTM瞑想のやり方の動画を見てやって、寝ることにした。ふて寝である。

2冊目。『劣化国家』

マネーが当てにならないとなると今度は国家である。国家は、私たちの今の絶望に何らかの光を与えてくれるんだろうか?わらにもすがる思いで読んだ。

著者は、アダム・スミスの『国富論』から、「滅多に引用されることがない」とされる「定常状態」に至った国の末路について説明した。

定常状態というのは、かつて豊かだったが今は成長を止めた国の状態のことである。豊かで、成長は止まったとしても、洗練され、成熟してゆっくり国家みたいなイケてる感じになるかと思いきや、そうではないとスミスは言う。

定常状態の国家では、おもに次のことが起こる。

  • 大多数の人が恐ろしいほどの低賃金に甘んじる
  • 労働者は苦しくて惨め
  • どの階級も憂鬱
  • 腐敗したエリートが法・行政制度を私物化する
  • 「金持ち」「大資本所有者」だけ安全
山本太郎の演説かと思った。まさに今の日本に起きていることそのものだ。まったく、アダム・スミスの先見の明には驚くばかりで、やはり古典とされるものは半端ない。

この本は、現代の国家、とりわけ西洋型の先進各国がさまざまな面で劣化してしまっていることの原因を、民主主義、資本主義、法の支配、市民社会という興味をいだかずにはいられない四つの「ブラックボックス」をじゅんに開けていくことにより、明らかにしようとした。

たしかに、読んだあとで、なるほどそうだわとなるわけだが、さすが歴史学者だけはあって、具体的な対案となると、やはりこれからの課題と言うことで読者に問題提起が投げかけられる形で終わる。もっとも、対案を出せというだけで、聞く耳を持たないヤバい人たちとは私は一緒にされたくないのでいうけれども、対案を出すにも、まずはどういう領域にどんな問題が生じているのかを把握しなければ、対案の建てようもない。したがって、この本に対案や改善の具体策がないからと言って、この本を責めるのはお門違いも甚だしいし、これからの仕事に取りかかることから単に逃げていることになる。

非力ではあるが、私は対案を思いつくことが出来る。

ちょっとしたナッジを利用して、みらいのためにあるいは、今私たちが直面する喫緊の地域の課題解決のために、その問題に直面する市民たちが任意の団体を必要に応じて作って、活動をオーガナイズし、世の中をよくしていく取り組みを始めることだ。一言で言えば、市民による「協働」の活動である。

後半市民社会のところで、良質な公立学校を増やせって左派はよく言うけどそれは間違っているっていろんなデータを元に説明していたので面白かった。むしろ私立の学校をたくさん作らせて、低所得層にはバウチャーチケットを配って通わせたほうがいいらしい。ふうんと思ったんだがこれは最近、市原家有史以来何十年ぶり、2世代ぶりに、始めて「私立高校生」が登場した。その人(まあ三女だが)の様子を観察していて、他の子どもや私が行った公立高校とそんな言うほど違うかなーってちょっと思ってる、日本とアメリカは違うってことか?

ニーアルファーガソンは、先進各国が、高齢者の生活の面倒を見るために、国債を増発してまだ生まれてもいない子どもや未来の世代にその負債を押しつけていると嘆く。日本は特にヤバい。世界でいちばんヤバい。

じつは債務軽減のために取れる政策は限られているとファーガソンは言う。というか、もう決まっているらしい。これを知れてよかった。その方策はみっつある。

  1. 成長率を金利以上に押し上げる(今各国中央銀行がやっているようなこと)
  2. 公的債務を不履行にし民間債務は破産で棒引き
  3. 通貨切り下げとインフレで帳消し
2と、3は残念ながら現実的ではない。だとすると1しかない。だから、各国政府や中央銀行は1をやっているのである。

というかせいぜい出来ることといったら1しかないくらいなものなのだ。人口減少とかあとは技術イノベーションが起こらないなど、もう何十年にもわたる長期的なトレンドの結果としての今の定常状態や、膨大な債務残高がある。

まー一言で言うと、やっぱりもう、戦後のこの民主主義、資本主義と金融財政政策ってのは、この長期トレンドにはもうぜんぜん刃が立たないんだろうとそういうことがますます腑に落ちてまた死にたくなってきたので、さっさとルネサスタ1mg(軽い睡眠導入剤)ので、ねーよおっと。

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