メンタルヘルスのこれまでとこれから

 東大tvの近藤伸介先生の講義動画


程度の差こそあれ精神を病んで、それでまたどこに復帰するのか? その人が本当に幸せを実感できる場所はあるのか?

幼少期に母親などからの適切な保育、養育を得られなかった人たち※が大人になる。そういう大人の一部は、専門家から「パーソナリティー障がい」などとレッテルを貼られる。マスメディアはさらにそれをサイコパスとしてスティグマ化し、社会から排除しようとする。もちろん彼らの言動で大迷惑を被った人たち、たとえばDV被害に遭った、ウソをつかれた、裏切られたなどの被害者たちのことを無視することは出来ない。かといって、彼らをそうやって差別してしまっていいのだろうか?

※いろんな発達障害や自閉的傾向の原因は「母親の愛情不足」というふうに誤診断される時代があった。母原病という。現代ではこれは完全に否定されている。ただ、そうかといって、オキシトシンとか、栄養や自己承認にこたえることなど、最低限やるべきこと(もちろん母親でなくてもお父さんでも保育園でもだれでもできること)がなされない場合に人格障害の種が芽を吹く。DVや毒親による教育虐待などがその典型だろう。

発達障害の人についてもl同じことがいえる。

色分けは確かに救済にとってはまずいちばん最初に必要なプロセスではあるものの、色分けしたらしたで、そのあとの続きの仕事にもきっちり取り組まないといけないと思う。単にサイコパスだー、とか、発達障害人ダーとかいって「名指し」してお終いでは差別と変わらない。その続きの作業にただちに取り組むことが社会に求められている。

東大に限らず世界の心ある精神医学の領域で取り組まれている、その続きのプロセス、彼らを社会に包摂するための仕事に注目していきたい。

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